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「ハイドさああああん!これ頼まれた本です。」
勢いよくドアから飛び込み、ハイドさんの座る机まで一直線。勢いそのままに机に本を置く。ちなみに、ヴェルモートさんから言われたハイドさんへの伝言は言っていないのだけど、その何日か後から極端に本の量が減った。もしかしたらヴェルモートさんに、何か言われたのかもしれない。とかちょっと期待してまう自分が嫌だ。本当に嫌だ。
「ありがとう…というか、どうしたんだい?そんな勢いよく飛び込んできて。」
ちょっと引き気味なハイドさんが、息を切らしている私に紅茶を入れてくれた。ふぅ、生き返ります。
「私、すぐに相談したいことがあって!」
「相談?何かな?」
「戦がまだあった頃、精霊使いも戦場に出ていたって言ってましたよね?どんな戦い方をしていたのか教えて下さい!」
私の言葉を聞いてハイドさんの表情が険しくなる。精霊好きのハイドさんだから、精霊が戦場で戦うことを好んではいない。それでも、私は知りたい。短い沈黙の後、ハイドさんがゆっくり私の前のソファに移動してきた。
「どうしてそんなことを知りたいのか聞いてもいいかい?」
こうやって否定せず、話をまず聞いてくれるのがハイドさんの優しいところだ。
「私、守られる側ではなくて、守る側になりたいんです。」
どう伝えればいいのかわからなくて、理由にならないような言葉になってしまったが、それでもハイドさんは先を促すように頷いてくれる。
「ハイドさんなら耳に入っていると思うんですけど、今、国を脅かそうとする者が集まっているって聞きました。きっとティアとかも前線に行くだろうと思います。その時、私はまた王都で待っていなくちゃいけないのは嫌なんです。だから、そのための力として精霊に力を貸して欲しい。」
ハイドさんが止めていた息を吐き出すように息を漏らし、私の目を真剣に見つめる。
「力を持つということは、それ相応の覚悟が必要だよ。きっと君を大切に思ってるティアさんや身近な人に反対されると思う。それでもかい?」
「…はい。それでも、2度と見ているだけの存在にはなりたくないんです。」
「……わかった。そこまで言うなら教えるよ。あぁ、きっと僕はティアさんに恨まれるんだろうなぁ。」
真剣な表情から一転、戯けて笑うハイドさんに安堵しつつ、ハイドさんの言葉を胸に焼き付ける。そう、絶対ティアやザック、セレーナだって反対するだろう。それに、力を振るうということは、倒される相手がいるということだってわかっている。それでも、私が守れるなら守りたいと思うから。ティア達にだけ嫌な思いを抱えて欲しくないから。
「よろしくお願いします。」
「わかった。まぁ、どうせ僕が反対したところで、精霊達は君の意思に従うから止められないんだけどね。」
ちょっと困ったように頬をかくハイドさんの目は、我儘を言う子供を見るような目だった。それは呆れながらも温かい目だ。
「さて、それじゃあまずは…他の精霊との相性を見ようか。」
「他の精霊との相性?」
「そうだよ。だってリリアンは精霊使いになってから試してないだろう?」
「?」
じゃあ行こう、と言って連れてこられたのは外だった。ここで何をするのだろうか。
「他の精霊との相性っていうのはね、リリアンの精霊達の属性以外の精霊とも加護契約できるかってことさ。」
「えっ?でも3体でも多いほうなんですよね?」
初めて精霊と契約した日のハイドさんの言葉を思い出す。
「そうだね。でも、ほとんどの精霊使いは相性確認をして、それでも加護契約ができなくて最大契約数がわかるのさ。リリアンは何もしないで3体と契約しただろ?だから驚いたってわけ。」
「なるほど、なんとなくわかりました。」
そう言うが早いか、始めようとするハイドさんを1度止めて、精霊達を呼ぶ。精霊について学んでいてずっと思っていたのだが、やっぱりなんとなく精霊を増やすのは浮気している気分になるんだよね。
「みんな、勝手に決めちゃってごめんね。でも…」
「私達の事は気にしなくていいわ。リリアンの意思が私達精霊の意思よ。」
そう言って微笑むディーナの横では、カリシアとトールが頷いてくれた。みんなが許してくれるならとハイドさんの方を見ると、なんだか嬉しそうに笑ってた。…ハイドさんって精霊との友情関係を見るの好きそうだよねぇ。
始めよう、と言って松明に火をつける。こちらを見て合図を送ってくるハイドさんに頷き返し、事前に教えられた呪文を唱える。
「尊き精霊よ、其方の力を我に見せ、我の前に姿を現せ、我が名はリリアン、祖を愛する者なり。」
私が呪文を唱え終わっても、辺りはなにも変わることがなかった。
「うーん、やっぱり私はみんなだけだったのかな。それでも全然不満はないしね。」
「来る…」
「え?」
私の言葉に被るようにトールが発した言葉の後、突然火が上がり強風が吹き荒れた。風が火を巻き上げ、大きな炎となる。松明を持っていたハイドさんも突然のことで松明を落としかけた。
「な、なに…なにが起こっているの。」
『あなたが呼んだのではないか。』
「え?」
『あははは、呼んだのに驚いてるの?』
「なに?」
男の声と女の笑い声が聞こえてくる。…もしかして精霊が来てくれたの!?ハイドさんを見るも、ただ見つめ返されるだけ。これは私がやらなきゃだめなのね。
「私はリリアンといいます。是非私に力を貸して欲しいのです。」
『力だと?もうあなたは3体もの精霊と契約しているようではないか。それでもまだ欲しいのか。』
「私は倒す力ではなく、守る力として力が欲しいのです。みんなには承諾を貰いました。だから、よかったら私に協力してくれませんか?」
顔の見えない声だけの存在に必死に語りかける。私の気持ちが伝わるように。
『3体もの精霊に愛されながら、それでも私を呼べるとは。永く生きていて初めて…いや違うか。まぁ、いい。あなたは面白い存在の様だし、興味が湧いた。様子を見るということで加護を与えよう。』
「わぁ!ありがとうございます!」
どこにいるかわからないが、いちを頭を下げる。見えてはいるのかな?そんなことを思っていると、再び笑い声が聞こえる。
『うふふふふ、あたしはいつも1人だから賑やかなところに憧れているの。精霊では珍しいって他の精霊には馬鹿にされるけど、あなたはどう思う?』
「私も賑やかなところ大好きよ。だって、1人は寂しいもの。」
『そう思う?あたしもそう。じゃあ、あなたのところは賑やか?』
「ええ、とっても賑やかよ。」
『なら、あたしも仲間に入る!』
そんな声と共に柔らかな風が吹き込み、遊ぶように私の髪が持ち上がった。
「嬉しい!じゃあよろしくね!」
『あははははは!うん!』
「我は精霊の加護を受け、其方を守ると誓おう。」
すると光が増し、その光の中から真っ赤な髪の青年と艶のある白髪の少女が現れた。
「私の名はフリード。火の上位精霊だ。」
「あたしはシル!風の精霊だよ!」
「フリード、シル、よろしくね。」
私の周りを5体の精霊が飛ぶ。なんとも幻想的な光景に息が漏れる。協力してくれたハイドさんにお礼を言おうと振り返ると、何故か手を顎にあて、考え込んでいた。
「ハイドさん?」
「え?あぁいや、素晴らしいね。5体もの精霊と契約できた精霊使いは初めて見たよ。」
「そうなんですか?ありがとうございます。」
笑顔を浮かべて答えた後、またもや考え始めるハイドさんに声をかけようとした時、周りが騒がしくなった。その中にはティアやヴェルモートさんの姿もある。
「リリアン!」
「ティア?どうしたの、何かあったの?」
緊張した面持ちで近づいてくるティアに不安が煽られる。まさか、敵が攻めてきたとか?どうしよう、まだ全然戦えないのに。そんな心配をする私は、次のティアの言葉で拍子抜けしてしまった。
「今、こちら側で大きな炎が上がったでしょ。その原因究明に来たんだけど、何かわかる?」
「へ?」
その後、事情を話した私とハイドさんはヴェルモートさんにそれは厳しく怒られた。なんでも、何が起こるかわからない相性確認の儀式は申請をして、許可を貰わなくてはいけないんだとか。ハイドさんに何故しなかったか問い詰めると、苦笑いで誤魔化された。なんだかさっきからハイドさんの様子が変な気がするんだけど。と、よそ見をしていると、再びヴェルモートさんの逆鱗に触れたようだ。
「やっと説教が終わった…怖かった。」
精魂尽きるとはこのことだ。久しぶりに説教を受け、心は瀕死状態である。
「ところで、なんで急に相性確認なんてしたの?リリアンはもう3体も契約してたじゃない。」
ティアが思い出したかのように聞いてくる。どうしようか…いつかは私の気持ちを伝えなくちゃいけないけど、ティアはすぐ納得などしてくれそうにない。精霊達との戦い方だって練習したいし、今知られたら、止められてやりたい事ができないに決まってる。なら、どうやって誤魔化そうか。返す言葉に困っていると、突然、私達の間にハイドさんが割り込んできた。
「ティアさん、ちょっと用事があるから僕と付き合ってくれない?」
「え、今ですか?いや、ちょっと…」
「いいから、いいから。」
「え、待っ……」
そのままハイドさんに引っ張られるようにしてティアは連れて行かれた。…助けてくれたのかな?それにしては強引すぎる気がするんですけど。
「何やってるんだ、あいつは。」
「ひぃぃ!」
突然上から降ってきた声に驚いて、悲鳴を上げてしまった。そうだよ、まだ説教を受けたばかりのヴェルモートさんがいたじゃないか。すっかり忘れてた。ハイドさん、どうせならヴェルモートさんも連れて行って欲しかったぁ。私の悲痛な願いがハイドさんに届くことはなかった。
リリアンの精霊
◎火の上位精霊フリード
お兄ちゃん的な性格の持ち主で、火の精霊の割りに落ち着き払っている。
リリアンには3体の精霊と契約しているのに、後から2体も呼べたという珍しい存在を近くで観察したいという想いのみで加護を与えた。
◎風の上位精霊シル
いつもニコニコ笑っている女の子。精霊に囲まれる賑やかなリリアンの呼び出しを聞き、飛んできたよう。精霊にしては珍しく寂しがりや。
登場の際は強風をふかしていたが、柔らかな風を好む、優しい子でもある。
ちなみに、気付いていただけた方もいるかもしれませんが、ハイドさんのリリアンの呼び方が呼び捨てになっています!
結構月日が流れていたので、その間に仲良くなれたのですね。よかったよかった。




