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リリアン視点に戻ります
ティアが血塗れで帰ってきた夜から、あっという間に月日は流れた。王宮の中はあの日を境に慌ただしくなった。何人かの貴族が処罰を受け、段位を剥奪され、王宮内の人事が変わったのだ。ティアに聞くと、あの日に起きた出来事により反乱分子が摘発されたとのことだった。簡単に告げられたが、実際は王宮を大きく揺るがす事件であった。なんせ第1王子自らが動き、犯人を特定、直下の騎士が捕縛したのである。国王の許可をとっての行動であったが、王子が闇魔術を使えるということが広まった。私も知った時は動揺してしまったが、ザックが言うには使う者によっては良い魔術であるということだった。希少価値の高い魔術だからこそ、しっかり理解しなくては魔術師を傷つけることになるんだと熱く語るザックに、成長したことへの感動を覚えたのは言うまでもない。
ティアも仕事上あまり情報を教えてくれる事はないが、日常での出来事を話す様子からすると、第1王子や隊のみんなのことを信用し始めている気がする。とても良い傾向だとザックと話しているのだが、本人は自覚がないようだ。まぁ、それ程些細な変化ではあるのだけど、過去も知り、毎日見ている私達からしたら大きな変化である。少しずつでもティアが頼ることのできる人が増えるといいと思う。
そして私はというと、特に変わりもない毎日を送っている。ザックやティアが前向きに進み、顔付きが変わってきたのを見て、少々焦ってはいるのだが…精霊達が焦る必要はないと言ってくれる。昔から私を見ている彼らは、私にとっては良き理解者であり、良き相談相手にもなっている。もちろんザック達も良き理解者なのだが、それぞれがいい意味で忙しい毎日を送るようになったので、精霊に頼り気味だ。
「はぁ…」
「あら、大きなため息ですね?」
「え!?」
いつものように本を王宮図書館から借りて精霊省に戻る途中、話しかけられる事などないところで話しかけられた。驚いて振り返ると、そこには緩く巻かれた金髪に浅緑色の少し垂れた瞳を覗かせる可憐な少女が立っていた。
「セレーナ!どうしてここに?」
「ふふふ、忘れてしまったのですか?今日からわたくしも王宮魔術師ですよ。」
「あ、忘れてた!今日からだよねー!」
そうだった、毎日変化がないと周りの変化を見逃しやすいなぁ。今日からザックも魔法学校5年生になる。ということは、卒業したセレーナが王宮にくるのも今日ではないか。
セレーナが王宮魔術師になると聞いたのは数日前のお茶会でのことだった。珍しくザックとティア、セレーナの4人が揃った日、セレーナが報告してきたのである。魔術師の中にも様々な仕事の種類があり、魔法省の中で魔石などの生活に必要な魔術の開発をする者。新たな術を研究する者など多種多様だ。王宮魔術師は、騎士団のように王族に仕える魔術師で花形でもある。普段は魔術の研究をしているが、依頼があれば様々な町へと赴き魔術で解決する。戦になれば行かなくてはいけない仕事でもあった。
「そっかぁ。セレーナはすごい魔術師だったんだね!私、全然魔術について知らないから気づかなくてごめんね。」
「いいえ、わたくしの器量は少し多いくらいで、凄くなんてないのです。それならザックなんて器量がとても大きいですから、立派な王宮魔術師になれると思いますわ!」
「そうなのね、ザックも凄いじゃない。」
「…セレーナさん。」
私やティアに比べて、ザックの表情は暗い。というか、セレーナを心配しているような表情だ。そんなザックに向かってセレーナは微笑みかける。
「大丈夫ですわ。そんな心配しないでくださいな。」
「だけど…」
「ザック、何か心配なことがあるの?」
私が問いかけると、セレーナが少し困った顔をしながらザックを見つめる。いつの間にそんなに仲が良くなったのかな。やっぱり学年は違うけれど、色々と教えてもらっていたようだから仲が深まったのかしら…っと、思考がずれてしまった。
「わたくしの器量が王宮魔術師の方より低いから心配なのでしょう?」
「えっ、じゃあなんでセレーナは王宮魔術師に?」
「それは…わたくしが光魔術を使えるからですわ。」
「光魔術をつかえるのか。」
その後、セレーナが光魔術について教えてくれた。光魔術は細胞を活性化させる魔術で、怪我などを治すことができる魔術だという。しかし、病気などは活性化させても治るどころか酷くなることもあり、治すことができないんだとか。闇魔術同様、使える者が少なく貴重なため、王宮魔術師になるのだそうだ。
「すごいねぇ、人を助けることができる魔術なんて。」
「そんなことありませんわ。…怪我だけしか治せないのですもの。」
「セレーナ?」
突然暗い表情をしたセレーナに困惑していると、ザックが急にセレーナの手を握りしめた。そんな行動に驚いている私とティアを置いてきぼりにして、ザックがいつもよりも強い言葉を発した。
「大丈夫!それでも人を救える事には変わりないんだから!自信持っていいんだよ。」
「ザック…」
セレーナが塞ぎ込んでいた顔を上げると、我に返ったようにザックが顔を真っ赤にして慌てだし、手を離した。それを見ていた私とティアは堪えきれず噴き出す。それにつられてセレーナも笑い出した。真っ赤になりながら小さくなっているザックを見て、大人になっていく弟を寂しく思う反面、頼もしくも感じた。もしかしたらセレーナが抱えているものは、以前セレーナのお母様が言っていたことに関係するのかもしれないが、今はザックが支えてくれるのではないだろうか。それを私達が助けてあげればいい。2人の関係の行方も、姉である私は気になってしまうところだが。
「リリアン?」
「ん?あ、なんでもない。」
あの時の事を思い出してちょっと顔が緩んでしまった。危ない危ない。
「それでリリアンは何故ため息なんかついていたのですか?」
「え?うーん、私、なんだか成長できていない気がするんだよね。」
再び歩きながら話しを続ける。近頃はティアが忙しくしている。ティア曰く、黒魔法と関係があるものが動いているんだとか。詳しくはわからないけれど、この前の事件といい、国に何らかの脅威が迫っているのかもしれない。それなのに、私は何も変わらないのだ。このままでは何も役に立てないのではないかと不安でならない。
「成長…ですか。何を成長しているとするかの判断が難しいですからね。リリアンはどうなりたいのですか?」
「どうなりたいか…ちゃんと考えたことがないかもしれない。」
言われて気付いたけれど、私はどうしたいのだろう。ザックを救えたことに満足して、アース村での出来事から前を向こうとしたことに少し自信を持って、王都で生活できるようになったことに喜んで、精霊使いになったことで少しは役に立てると思った。
確かにアース村にいた頃よりは成長をしたと思う。旅をしたことで様々な体験をして、知識も増えたと思う。自分のことだけじゃなく、周りに目を向けられるようにもなった。でも、それだけじゃだめだと思う自分がいる。
ふとアース村が襲われた直後を思い出した。自分が無力だと実感して絶望したあの時。あれは、私がいてもどうしようも出来ないと感じたからでもあった。両親のように身体をはって守る事も出来ない。ティアのように戦う事も出来ない。ザックの魔力が爆発した事で村は助かった、そう思うと私は何もできないではないかと感じたのだ。
あぁ、私は守られるのではなく、守れるようになりたいのか。立ち向かえるだけの力と心が欲しいのだ。力を持つティアやザックが羨ましかった。必要とされる力を持つセレーナが羨ましかった。だから焦っていたのだ。ならば、私も精霊に力を借りて守る側に立てばいい。それだけの力を与えられるチャンスがあるのだから、自分から掴みにいかなくちゃいけない。なんだか吹っ切れた気がする。
「セレーナありがとう!私、頑張ってみる!」
「?…よくわからないですけど、いつものリリアンに戻ってよかったですわ。」
優しく笑いかけてくれるセレーナに笑い返す。こうしてはいられない、ハイドさんに相談してみよう。
「じゃあセレーナ、私ちょっと急ぐね!昼に精霊とお茶会してるから暇ならいつでも来てねー!」
「ちょっとリリアン。廊下を走っては…って、ふふふ、行ってしまいましたわ。」
その後、たまたま通りかかったティアとヴェルモート隊長が走っている事を注意しようとしたがリリアンは止まることなく走り抜けていった。
「お前の家族は落ち着きがないな。」
「それが彼女のいいところでもあります。」
「…」




