23
ティア視点です
剣を抜いた警護の者に最初に追いついたのは、瞬発力の高いケインだった。剣を抜き、相手からの一撃を受け流す。その間に追いつき、私は作物を運んできた者達を守るように立ち、ネロとケインが応戦する状態となった。騎士団だと判断すると相手の御者も戦闘に加わった。これで6対3である。負傷しているとの情報であったが、そんなことを感じさせない動きで、1対1なら勝てたかもしれないが、このままでは全滅するかもしれない。相手の攻撃を凌ぐばかりで、攻め込めない。
「君たち、その荷物をどこに運ぶつもりだい。」
「うるせぇ、黙って死ね!」
「オラァァァ!」
複数を相手に話しかけているケインもケインなのだが、無言で斬りかかるネロも恐ろしい。そんな事を考えてる暇などないのに考えてしまう私も私だけれど。しかしこのまま守りながら戦うのは無理がある。
「時間をかせぎます。このまま王都の方向へ走ってください。大丈夫、絶対に追わせません。」
「わ、わ、わかりました。」
余程怖いのだろう、頭を一生懸命振っている。なるべく安心できるように微笑むと、引きつりながらも笑い返してくれた。力の弱い者を守るのが私の仕事だ。意を決して距離をあけて構えている相手に向かって走りこむ、それと同時に作物の乗った馬車も走り出した。
「くそ、逃げやがった!見た者を生かしとく訳にはいかねぇ!」
「行かせはしないわ!」
走り出そうとする相手へ突っ込む。寸前でかわすが体勢が崩れた相手に剣を振り上げる。相手は血を噴き出しながらも斬りかかってくる。その根性は敵ながらあっぱれである。他の相手も背後から斬りかかってくる。一方をかわしながら、剣を受け止め、蹴り入れる。骨の折れる感触を感じるが、気にせず斬りつける。崩れていく相手を横目に、残っている者の剣を受けながら弾き飛ばした。
手に武器がなくなった相手は、背を向けて走りだすが逃すわけにはいかない。負傷している相手を捕まえるのは簡単なことで、大事な証言を取れるかもしれないので、自害しないように布を噛ませ、拘束する。他の2人も片付いたようで、見回して見ると生きているのは1人のようだ。相手が強いほど、生きて拘束するのは難しい。貴重な証言者になるので傷の応急処置をしていると、王子直下の騎士が応援としてやってきた。ケインが大まかな出来事を説明している間に、ネロと応援の騎士が後処理を行う。私は拘束者を引き渡した。
「無事でよかったな。先ほど作物を積んだ馬車を保護したぞ。」
「ありがとうございます。無事逃がせてよかったです。」
「とても感謝していたぞ。よくやったな。」
「はい。」
そう言うと拘束者を連れて運搬用の馬車に連れて行った。それを見送り、後処理の手伝いをしにネロ達のもとへ向かう。やはり荷台には剣や弓等が積まれており、数からしてもかなりの人数が使おうとしていたのかもしれない。他にもズワーダ王国からも運んでいるということは、軍団になるのではないか。今何が起こっているのか、早く突き止めなくてはならない。
王宮に戻ったのは、荷馬車を追いかけ王都を出た次の日の真夜中となった。こんな血塗れの制服で王都の中を歩くのは気がひけるのでちょうどよかった。常備してある制服に着替えようと騎士団の借りたままの寮へ行く途中、精霊省の入り口から人影が飛び出してきた。
「ティア!」
「リリアン?」
走って近づいてきたのはリリアンだった。心配そうな顔で走ってきたリリアンが私を見て驚愕する。しまった…血がついたままだ。
「大丈夫、私の血じゃないよ。」
「あぁ、よかった。」
泣きそうな顔でへたり込むリリアンに血がつかないように気をつけながら近づき立たせる。
「伝言は頼んでおいたはずだけど。それにしてもこんな真夜中に危ないでしょ。」
「ごめんなさい。あっ、伝言は受けたわ!でも心配で…ハイドさんに頼んで泊めてもらったの。」
「心配かけてごめんね、でも大丈夫よ。それにこれが私の仕事だから。」
そう言うとリリアンが私の手を握りしめ、勢いよく顔を上げた。
「そうだよね…うん、ごめん。今度からは心配でも家で待ってる。ティアが決めたことだもんね!応援するってザックと決めたんだもんね。」
私を心配してくれる存在が出来たことを嬉しく思う。こうやってリリアンやザックなどに空っぽな心を埋めてもらっているから、私は立っていられる。腹の立つことばかりのこの世界でも、もう少し生きようと思える。あの時、国王が処罰してくれなかったことを恨んでいたけれど、今は感謝している。お母様のもとへと逃げず、お父様に向き合おうとすることができている。裏切られることが怖くて人を信じられなくなった私に、温かい手を差し伸ばし、決して裏切らないと信じたい人ができたから。これは大きな変化だと思う。その温かい手を握り返す。
「ありがとう、リリアン。」
「うん。」
そしてリリアンをハイドさんの研究室まで送り、着替えをすまし、みんながいるであろう騎士団の詰め所へ向かう。すでに団員や隊長が集まっていた。
「お待たせして申し訳ありません。」
「いや、構わない。では、情報のすり合わせをしよう。」
それぞれの情報をまとめると、私達の追いかけた荷台の荷物は騎士団の倉庫に備蓄していた装備の横流し品であった。拘束した警護の男は、今のところ何も吐いていないようだ。これでは流出先がわからない。隊長達は、誰が裏で動いているかを調査していた。自警団の報告を握り潰せる位置で働いている者で、国に反抗している者。
国に反抗している者とは、今エレントル王国では順当に第1王子のウィリアム様が次期国王になるという意見が主であるが、闇魔術を使う者を国王には出来ないと、第2王子を次期国王として主張している者のことをいう。
もしかしたら国を危機に落とし入れ、その隙に第2王子を祭り立てるつもりの者の仕業かもしれない。その様な者の中から何人か絞り込んだようだが、騎士団の装備の横流しができるものとなると、より絞り込むことができた。
情報の擦り合わせにより、絞り込めた疑いのある者の裏をとることと拘束者から運び先を聞き出すことが最優先事項となった。それぞれ指示を受け動き出す。私は拘束者への聞き取りを志願し、牢へ向かう。
牢は騎士団本部の地下にある。騎士団の牢には尋問される者しかいない。他の罪人は王宮より離れたところにある収容所で過ごす。地下の牢は光が届かないため湿っぽく、鼻につくような臭いが立ち込める。こんな場所に誰が好んで来るものか。このようなことがない限り、2度と入りたくはない。
誰も収容されていない檻が並ぶ中、1番手前に拘束者がいた。怪我の処置はされているが、グッタリと壁によしかかり座っている。
「こんばんは、傷の具合はどうですか?」
私の声に反応し顔を上げた男は、私の顔を見るなり顔をしかめた。ゆっくりと檻の中に入り、咬まされている布を外す。飛びかかられないように警戒していたが、そのような体力も残っていないようだ。ただ私の顔を睨みつけるだけである。
「あなたの名前は何?」
「…」
「答えていただかないと、何て呼べばいいのかわかりません。」
「…」
これは長くなりそうだ。全く話す気がない。思わずため息が漏れそうになるのを、グッと堪える。
「貴方と剣を合わせて気になったのですが、剣術を習っていましたか?」
その言葉にピクッと男が反応した。やはりそうなのだろう。それぞれ個性はあったが、しっかり型にはまっていたものもあった。それがとても気になったのだ。
「貴方はズワーダ王国出身ですか?」
「…」
先程とは違い反応がない。だんまりを決め込まれては進めないのだがどうしたらよいだろう。睨み合っていると、牢のドアを開く音がして、2人分の足音が聞こえてきた。軽く身構えると現れたのはよく知る2人であった。
「ティア、私が代わろう。」
「ウィリアム様?それにヴェルモート隊長までどうして…」
そう言いかけてハッと気付いた。ウィリアム様は闇魔術の使い手である。闇魔術ならば聞き出すことができるだろう。素早く檻から出て場所を譲る。ヴェルモート隊長を盗み見ると、いつもよりも不安げな表情なのが気になる。
「ヴェルモート隊長…」
「お前は牢から出ていろ。」
「!…ですが。」
「いいから出ていろ。」
「…了解しました。」
冴えない表情の2人が心配になったのだが、出ているように命令をされれば従うほかない。ウィリアム様を見れば、いつもより堅い笑顔を向け頷かれた。私にはどうすることもできないので仕方なく従い、私は牢を出た。




