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あれからザックに精霊を紹介した。最初はとても驚いていたけれど、アース村でのことなどを話すと納得していた。なんでも、あの川の事故は助かるにしては不自然すぎだと思っていたらしい。何故か「姉さんがいつも迷惑ばかりかけてすいません」と頭を下げ、精霊がザックを労わるという不思議な光景を見ることとなった。みんなして私を何だと思っているのだ!
また、精霊省でハイドさんの仕事の補佐をする事になった。精霊使いは王族の保護下に入る為、精霊省に所属しなくてはならないとか。それでも申請すればある程度の自由は保障されるそうなので、このままザック達と暮らせるようにハイドさんが申請してくれた。
しかし、1年程働いたカフェでの仕事は辞めなくてはいけなくなり、ミラさん夫婦に伝えると、寂しくなるわ、と肩を落とした。こんな風に思ってくれる人が出来たことも嬉しいことだ。夫婦には感謝してもしたりない程助けてもらった。少しでも恩返しが出来るように、新しく入る人が慣れるまでは手伝わせてもらうことにした。
最後の日、自警団の人達や町の人がたくさん会いに来てくれて、カフェを辞めたくないと思った。ダンさんなんて可愛くデコレーションしたケーキを作ってくれて、無口なダンさんが「頑張れよ」と言ってくれた時には我慢出来なくて泣くという失態までしてしまった。本当に私は王都でも多くの人に助けられていると実感した日になった。
ハイドさんの補佐をするようになり、王宮の敷地内を歩いていると、最初は緊張で気づかなかったが気になるものがたくさんあり探究心がくすぐられる。それでも前の様に飛びつかないのは、たくさんいる周りの目を気にしてだ。なんせ王宮で働く者は歩くだけでも品があり優雅で、私は毎日ビクビクしている。ハイドさんに言うと「僕も平民出だから気持ちはわかるよ」というのだけど、私からすればハイドさんも優雅ですと言いたい。そんな訳で、私は目立たないようにひっそりと働いていた。1か月経ちティアが戻ってきてからは、家でしかティアに会うことがない程である。
ハイドさんの補佐としての仕事は、指示された本や資料を誰でも入ることが許されている王宮図書館から借りてきたり、仕事の依頼を本部からもらいハイドさんに伝えたりと簡単な仕事が多い。精霊好きなハイドさんは、昼に精霊とのお茶会をするので、それに同席しながら精霊について学ぶ。
精霊使いの仕事は、ハイドさんのように歴史を調べたり、原因不明な出来事が起きると精霊絡みかもしれないので調査に出向いたりするそうだ。戦のあった昔は、戦闘員としても動いていたそうである。
「おはようございます!」
「おはよう、リリアンさん。今日も元気だね。」
「うふふ、天気がいいですしねーって、あれ、ハイドさん?」
ハイドさんの声は聞こえるのに、全く姿が見えない。というか昨日まであんなに机の上に本なんてなかったのに。
「ハイドさん、また帰りませんでしたね?」
「え、あ、いやー。はははは…」
研究に没頭すると帰るのも忘れるハイドさんは、私が補佐に入るまでは注意する人もいなかったため、寝ずに研究するのが日常茶飯事だったようだ。私が来てからは、煩く注意されるからか切り上げて帰ることが多くなった。何故効率が下がるのに寝ないのか、理解に苦しむ。
「もう!笑って誤魔化さないでください。その本返してきていいものは返してきます。片付けてる間でも隣の部屋で仮眠をとっていてください!」
「…わかったよ。じゃあ片付けを頼もうかな。」
そう言いながら、ずれた眼鏡を直しつつ隣の部屋へとのそのそ歩いていく。それを見送ってから、私は部屋の片付けを始めた。こんなに本を持って来て!図書館は王宮の前を通り抜けなくちゃいけないから往復したくないのに。いっぺんにいけるかな。いや、往復するより1度に持って行くほうが精神的疲労は少ないな…頑張るかー!
そして現在、私はとても後悔している。専門書って何故こんなに分厚くて重たいのだろうか。…前が見にくい。よろけながらも落とさないように慎重にって、腕がきつくなってきた。今日に限って誰も通らないのか。いや、声をかけられても困るからいいのか。そんなことを考えていると、突然視界が開け、腕が軽くなった。
「何をしている。」
声のした方へ顔を向けると、黒の騎士服に銀色の髪、整った顔に茜色の瞳、まさか、この無駄に色気を撒き散らす男は…
「ヴェルモートさん?」
「こんな状態で運んでいては通行人が危険だ。」
精霊に会ったあの日から2ヶ月ほど経っているのだが、あの日以来会うこともなかったのに。何故久しぶりに会った一言めから不機嫌な顔で怒られているのだろう。
「も、申し訳ありません。」
今日も変わらない不機嫌な顔で、見下ろされている。本当に何を考えているのかわからない人だな。それでも、本を取り上げられたおかげでだいぶ腕も楽になった。
「図書館へ本を返すところだったんです。腕も楽になりましたので、返していただいて大丈夫です。ありがとうございました。」
腕を伸ばし本を取ろうとすると、本を持ったままヴェルモートさんが歩き出した。えっ、何故無視して歩き出すの!?
「あ、あの!どこへ持っていくんですか?」
「図書館へ持って行くと言っただろう。」
「えっ、いや、言いましたけど…ってちょっと待ってー!」
私の言葉も聞かず黙って図書館方向へ進んでいく。もしかして運んでくれてるのかな。長い足で歩いていく彼に追いつくには、小走りになる私を通り過ぎる人は不思議そうに眺めていく。確かに王宮で走っている人になんか出会うこともないだろう。でも、それは前を歩く彼に言って欲しい。そんな早く歩かなくてもいいだろうと。
遠いと思っていた図書館にあっという間に着いた。少し走っただけなのに息が上がった私は、運動不足だと実感していた。貸し出しをするカウンターに本を置いた彼が振り向く。やっと向き合った気がするんですけど。そんなことより運んでくれたお礼言わなきゃ!
「ありがとうございました。助かりました。」
「ハイドに言っておけ、女が運べる量を借りろと。」
「え?」
その一言を告げて去っていった彼の後ろ姿を、王宮司書に声をかけられるまで見つめていた。あれはなんだろう。口調は酷いが、気遣ってくれたのかな。本当は優しいとか?いや、でも顔は不機嫌そうなままで怖いし。ふっと彼が笑った顔を思い出した。ただ精霊省に付いてきていいと言っただけなのに緩んだ顔が。
王宮に通うようになってからヴェルモートさんの噂話も幾つか聞いた。あの歳、あの地位、あの顔で婚約者がまだおらず、王宮で働く者の中でも人気度ナンバー1を誇るらしい。常に不機嫌そうだが、武術に長け、部下の面倒見もいいのでかっこいいとか。王子にいじられているのを目撃した者が、なんだか可愛いだとか。
でも、あまり内面についての噂は聞かない。優しいのが分かりずらいとか…って私は何評価してるの!ギャップの威力でその前の嫌な態度を帳消ししそうになったではないか。そんな事を考えてバタバタしている私を、可哀想な子を見る目で王宮司書が見ていたなんて私は知るはずもなかった。




