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前半はリリアン、後半はザック視点です。
入団試験を受けに行ったティアが帰ってきた。なんだかすごく疲れている気がするのだけれど、大丈夫だろうか。ザックが気になったのか声をかけた。
「ティア、大丈夫?その…試験は…」
「あぁ大丈夫。ちょっと癖のある人達と話して疲れただけ…無事合格したよ。」
苦笑いしながらティアが言った。
「ほんと!わー、よかったぁ!落ちて落ち込んでるのかと思って心配になっちゃったわ!」
「ちょっと姉さん……でもよかった。お祝いしよっか!」
「そんなお祝いするほどじゃないよ…」
ティアの意見は無視してザックと準備をし、その日は小さなお祝いをした。お祝いの席で試験での出来事を聞く。まさかあの銀髪の騎士がティアの上司になるとは思わなかった。第一印象があまりよくないので心配だが、ティアは大丈夫だと言うので見守ることにする。
話の中で1番驚いたのは、騎士団の寮に入ることを拒否したということだ。確かに騎士の中でも貴族などで寮を利用しない人はいるらしいが、新人がそんなことしていいのか。さすがに私達を心配してくれているとはいえ、駄目だろう。ザックも思ったようで意見してみると、1か月寮で共に生活すれば良いと許可が降りたそうだ。なんでもティアが配属された隊は少数派で、騎士団の中でも管轄が少し違うとか…詳しくは聞けないようなので納得するしかない。
そして朝、ティアは私達のことを心配しつつ荷物を持って出発した。何度も振り返るティアに、さすがに私達は笑いが止まらなかった。
「姉さん、そろそろ仕事行かないと遅刻するよ。」
「わかってるってー!」
急いで片付けて私は仕事へと向かう。カフェに着くとミラさんとダンさんが準備を始めていた。最近、ミラさんとパンに野菜をはさんで朝食を作り提供し始めたので、前よりも早く出勤している。自警団の人達などが食べに来てくれて、宣伝してくれたおかげか、こちらも人気が出てきた。
「おはようございまーす!」
「おはよう、リリアンちゃん!」
「おはよう。」
「今日も1日頑張りましょー!」
「ふふふ、そうね。よろしくね。」
急いで店の準備とパンの準備を始める。すると、ドアの開く音がした。
「おはよう。もう大丈夫かぁ?」
「あっ、おはようございます!大丈夫ですよ。どうぞ入ってください!」
入ってきたのはティアに騎士団の入団試験を勧めてくれた自警団で隊長職を務めるオニールさんだ。面倒見の良い豪快なおじさんである。
「今日からティアは騎士様か。勧めておいてなんだが、いなくなると俺の仕事は増えちまうな。」
「ふふふ、他にもたくさんの部下さんがいるじゃないですか。」
「あいつらは5人でティア1人分ってとこだな。ティアは武術も話術も後処理も天下一品だからな。」
「そんなに評価してくれているんですね。ありがとうございます。」
惜しいことしたかな、と言いながら朝食をとるオニールさんが面白かった。ティアは例え信用していない人のためでも仕事となると完璧にこなす。オニールさんのことはどこまで信用していたのだろう。しかし、そんなことは聞けない。
ティアの過去を聞いた時、盗賊を見にいったのは父親か確認するため、武術が得意なのは幼い頃から習っていたため、話術が得意なのも博識なのも貴族として生きていたため、王都で魔法省にも臆せず入ったり、セレーナの屋敷も平然としていたのは見慣れていたため。不思議に思っていたこと全てが納得できた。
そして、私達家族以外の人に口調が堅かったのは信用できないから。ティアは私達と同じく大切な人を失くしているけれど、傷の受け方が少し違った。絶対の信頼を持っていた人に裏切られたのだから、簡単に人を信用出来なくなるのは当たり前だと思った。だから、私達の生活を助けてくれる人達だけでも信用しようなんて口が裂けても言えない。
人を信じるよりも、人を疑って生きるほうが精神的負担は大きい。ティアはずっと苦しかったはずだ。だからこそ、私達を守ることで安心感を得ているのだと思う。私達がティアに救われたように、ティアの安定剤となって支えてあげることがティアへの恩返しであり、救うことになると信じている。傷を持ったもの同士が助け合って前を向けるのならそれでいい。そんな相手に出会えたことを感謝している。
そんなことを考えるようになれるなんて。また一歩お母さんお父さんに見せられるような自分に成長できただろうか。そんなことを考えていると、またドアの開く音が聞こえる。
「いらっしゃいませ!」
「おはよっす。」「おはよーさん。」
「おはようございます!」
少しずつ賑わいが増してきた店内で、生き生きと働く私を暖かな太陽が包み込む。こんな小さな幸せが、胸が苦しくなるほど嬉しく感じられるなんて…やっぱり少しは成長できたのかもしれない。
****
学校の門をくぐりながら、姉さんは間に合っただろうか、ティアは大丈夫だろうか、と考える。僕の中心には家族しかいない。
村で起こった事件の時、お母さんが自分の代わりに死んで、お父さんも意識がない状態で、僕は何もできず立っているだけ。それが無性に腹が立って、目の前のやつらが憎くて、身体の中が熱くなった。その後のことはあんまり覚えていない。ただ、頭に僕を呼ぶ姉さんの声が響いてくるだけ。
それが消えたと思ったら、僕は知らないベットで寝ていた。隣に立つ白ずくめの男が王都へ連れてきたと言った。何故と聞けば、僕には魔力があると言うではないか。両親は一般人と変わらない器だったのに、何故。器量は突然変異もあるが、遺伝が多いと習ったのに、何故だろう。嫌な気持ちがグルグルしてる。命がけで守ってくれた両親に対して何を疑っているんだろう。でも、自分はあまり母に似ていないではないか。中性的な顔?それだって…あぁ、何も考えたくない。
それからは言われた通りに学校へ行った。周りで話しかけてくる人達がいるけれど、どうでもいい。勉強だって、どうでもいい。僕は何故ここにいる。何故生かされた。そんなことばかりの自分に嫌気がさす。
夜になれば、あの時の夢ばかり。たまに身体が熱くなって意識が飛ぶ。もしかして僕はこんな日々を送らなくちゃいけないのだろうか。虚しくなってきた。
すると久しぶりの声が聞こえる。姉さんの声?ティアの声?そんなはずないと思う。僕は1人だから。でも、声が大きくなる。薄っすら目を開けると、膜の外には変わらない姉さんがいた。すぅと身体が軽くなり、すぐに重くなった。姉さんがきつく抱きしめたからだ。正直、懐かしくて嬉しかった。でも、僕は今までと同じ弟としていられない。力も…もしかしたら本当の姉弟じゃないかもしれない。そう思ったのに、姉さんは変わらず僕を抱きしめた。
心が温かい。姉さんの心が染み込んでくるようだ。何故僕は今までの家族を否定してきたのだろう。あんなに愛してくれていた両親を疑ったのだろう。もし、本当の親じゃなくたって愛してくれていたことに変わりはないじゃないか。お父さんお母さんの息子として誇っていい、誇らしくならなくてはいけない、そう思えた。
目の前に少しずつ鮮やかな色がついていくようだった。僕は2人の息子で、こんな優しい2人の姉がいる。その人達が僕を誇れるように、次は守れるように。使える力は手に入れなくちゃいけない。そう決めた。
あの後、姉さんにお父さんから預かった手紙をもらった。読むのを戸惑ったけれど、前に進むと決めたから、僕は次の日に読んだ。
ふっと過去に想いを巡らせていると、後ろから声がかかった。
「おはようございます、ザック。」
「おはようございます、セレーナさん。」
僕達を王都で助けてくれた女性。魔力の制御を出来るまで教え続けてくれて、いつも優しく微笑んでくれる。彼女には学校でも私生活でも助けられた。今日も優しく微笑みかけてくれる。
「あら、そちらは?」
「あぁ、これですか?」
手に握られていたのはお父さんからの手紙。僕は笑顔で彼女に伝える。
「これは、僕にとってのお守りです。」




