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あれから数日経ち、私は自警団やリリアン、ザックに見送られ騎士団入団試験を受けるため、騎士団の訓練場にやって来た。どう見ても貴族だとわかる刺繍がされた戦う気があるのかというような服装の者や一般市民からの応募なのだろうとわかる簡素な格好の者もいる。因みにティアは後者である。女であり、整った顔やスタイルを持つティアを周りの者はジロジロと見るが、慣れている本人は何も気にしない。その中から馬鹿なのか勇敢なのか、1人の貴族がティアのもとへとやって来た。
「お嬢さん、私はエインゲール伯爵家の次男でクリストフ・エインゲールと申します。貴方のような美しい女性には初めてお会いいたしました。是非お名前を教えて頂けませんか。」
まぁまぁ整った顔が胡散臭く笑いかける。きっと、女性に困った事がないのだろう。何故か自信に溢れている。だから貴族なんて信用ならないのだ。こいつは何しに来ているのだ、呆れてため息が漏れそうになるのを耐える。
「ご丁寧にありがとうございます。しかし、私は名乗るほどの者ではございませんので。」
「そんな意地悪を仰らないでください。私は貴方が気に入ってしまったのです。」
とんだ迷惑でしかないやつだ。本当にその自信は何処からやってくるのか。
「後ほどわかると思いますよ。」
そう言い残して去る。なんといっても、私はティアという名前しかないのだから、後で呼ばれればわかるだろう。私から告げてやるつもりなんてない。
すると、訓練場の奥が騒がしくなり直ぐに静まり返った。始まるようだ、少し高くなったところへと白の騎士服を着た騎士が2人立った。
「これから入団試験を行う!まずは武力を見る!名を呼ばれたものから前に来て模擬戦をしてもらう!」
皆の表情が険しくなる。まずは皆の応援に答えなければ。必ずこのチャンスを掴んでみせる。
何組もの模擬戦が行われていく。入団試験に挑むくらいなので、それぞれの実力は高い。その中で差になるのは経験値からか、やはり貴族よりも一般から来た者のほうが有利に見える。
「次、クリストフ・エインゲール!ティア!両者前へ!」
なんの因果か目の前には先程の馬鹿男であった。それでも油断は禁物、本気でいく。相手は私だと知るとニヤリと笑った。
「へぇー、ティアちゃんって言うんだね。女性と戦うのは嫌だけど、まぁお手柔らかにね!」
先程と口調が違う。舐められているか、でもそれはこちらにとっては都合がいい。女だと油断した者を何度も倒してきた。最初は剣を極めたいと思う者として憤りを感じていたが、お父様は武器になると褒めてくれたのだ。だから、もう躊躇などしない。
私はゆっくりと剣を構え、開始の合図と共に走り出した。その後は一瞬の出来事のようだった。突進してくるティアへ向かって相手は剣を振り下ろす。それを剣で受け止めながら外へと流し、柄頭でみね打ちをする。バランスを崩した相手の首元へと剣を持っていこうとして突然訓練場に叫び声が響いた。
「やめっ!」
その声でティアの動きはピタリと止まり、声のする方をみる。訓練場の入り口、そこにいたのは見覚えのある男だった。
「ヴェルモート様!?いかがなさいましたか?」
試験官の1人が男のもとへと駆け寄る。その男は、ティアを見てから試験官を見た。
「この者の実力では、ここにいる者達では相手にならないだろう。大事な戦力を失うかもしれないぞ。…私が相手をしよう。」
「ヴェルモート様がですか!?」
「あぁ。」
試験官に有無を言わせぬまま、男は目の前までやってくる。いつの間にか対戦相手のクリストフはいなくなっていた。
「あなたは…」
「ほぉ、覚えていたか?」
覚えているもなにも、リリアンの腕を掴んだ愚か者を忘れるわけがない。第1王子直下の騎士を表す黒の騎士服に銀色の輝く髪、茜色の瞳、男の色気を嫌でも撒き散らす整った顔。王都へ来る際に魔毒にやられた猪に襲われた町で出会った男だ。無意識に相手を睨みつける。
「よし、始めよう。」
男の合図と共に間合いを詰める。剣が合わさり蹴りを入れる、わかっていたように避けられ、剣が横からやってくる。それを剣で受け止める。周りで見ている者達は呼吸も忘れ、その戦いに魅入っていた。このような戦いなどそうお目にかかれるものではない。それほど凄まじい技の出し合いとなっていた。2人の実力が普通とはかけ離れていると誰もが思った。
その長い戦いの決着はティアの剣が折れたことによりヴェルモートの勝ちとなった。やっぱり剣の重さでは勝てないか…これは女だから、かな。折れた剣を眺めていると、息も切れていない男の声がかけられた。
「凄い実力の持ち主だな。そこまでいくのに凄まじい鍛練を重ねてきたのだろう。」
「…どうも。」
その後、学力などの試験が行われ、無事?入団試験が終わった。結果は…合格だった。しかし…
「何故私が第1王子直下の騎士団に入らなけらばならないのでしょうか。」
目の前を歩く銀髪の男の後ろをにらみつける。
「お前の実力を認めたからだ。うちの団は実力重視だからな。今回も1人しか引き抜けなかった。」
そう言いながら黙々と進んでいく。今私達が歩いているのは王宮の廊下で、廊下ですれ違う侍女達は皆、目の前の男を見て頬染めながら道を譲り、その背後にいる私に気づくと怪訝な顔をする。わかりやすくて笑いそうになる。どこの国でも出世株のいい男は女性達の格好の獲物になるのだな。そんな事を考えていると急に立派な扉の前で男が止まった。両脇で警備する騎士に声を掛け扉を開けてもらう。
扉の先には予想通りの人物がいた。
「ウィリアム様、新たな入団者から腕の立つものを引き抜いてきました。」
その声に応えるように振り向いたのは、美しい黒髪を持つ優しい笑顔の美青年だった。ヴェルモート隊長(不本意だが)は細身だが筋肉は鍛えていると感じられるほどには付いており、顔も男性的だ。一方、目の前の黒髪の男は、それで剣を持てるのかと思うほど細身に見え、顔もとても整っているが、相手に警戒心を抱かせないような柔らかな顔をしている。しかし、1番目に入るものはこの世界では珍しい漆黒の瞳である。珍しい理由…それは黒い瞳を持つものは闇魔術を使えるからである。
闇魔術は精神に影響を与えるものだ。これは呪いや人を操るなど恐ろしいものが有名ではあるが、尋問をする際に相手を傷付ける必要がないため、真実を吐かせるために使われたりなど正式に認められた魔術でもある。精神を病んだものを救う手立てにも使えるのだから、魔術を使う者の善悪で全ては決まるようなものだ。それでも、恐れられて迫害を受ける者も多くいると聞く。もしかしたら目の前の男もそうかもしれない。
ウィリアム様と呼ばれた男は振り返ると1度驚いた顔をして、すぐに笑顔に戻った。
「ほぉ、なんと美しい女性なんだろうね。それでレオと互角とは、素晴らしいね。私はエレントル王国第1王子のウィリアムだ。これからよろしく頼むよ。」
そう言う男は、王族だと納得させられるような威厳のある立ち姿で、つい忠誠心もないのに膝を付きそうになった。相手に呑まれてはいけないと自分を奮い立たせ、相手の瞳を真っ直ぐ見つめ返し、それから頭を下げる。
「騎士の振る舞いをまだよく存じておりませんので、このような振る舞い、どうぞご容赦ください。私はティアと申します。誠に勝手ながら申します、私のような一般市民からきた者を王子様直下の騎士団に入れる意図をお教えください。」
「おい、お前!」
慌ててヴェルモート隊長が駆け寄ってくる。それを気にせず返事を待っていると、いきなり笑い声が聞こえてきた。顔を上げると、必死に笑いを堪えるように手で顔を覆う王子がいた。
「ふ、くくく…そうか、意図か…くく…。まぁ別にないが腕が立つ…それは重要視しているかな。他の騎士団と違って、俺の指示だけで色々動いてもらうからね。足を引っ張るような人を入れたら隊が全滅しかねない。忠誠を誓ってくれたら嬉しいけれど、仕事をしっかりこなしてくれるなら強制はしない。あぁ心配しないで、勝手に動かすと言っても、国や民のためになることしかしない。不満なら抜けていい。俺より民の方が忠誠を誓いやすいだろ?」
急に話し方も、一人称も変わった。こちらが素なのだろう。でも、王子の言うことには好都合だし、黒魔法の調査に1番近いであろう隊に入れるのも好都合だ。隣で不機嫌そうな男の部下になるのは気に入らないが、妥協点だろう。
「わかりました。お受けします。」
「よかったよかった!じゃあよろしく頼むよ。ところでレオ、お前今回は自己紹介したのか?」
「あ、あぁ忘れてた。」
「またか…その面倒くさがるところなんとかしろ。」
私を置いて2人で会話する様子を見ると、この隊長も外では猫を被ってるようだ。何故か似たようなタイプが揃ってしまっているような気がする。
「じゃあ、まぁ、隊長のレオナルド・ヴェルモートだ。気付いたとは思うが、俺も年齢で舐められる訳にいかないから、外ではあんな感じた。合わせておいてくれ。」
「…はぁ。」
こんな感じで大丈夫なのだろうか。このようなスタートになるとは全く思わなかった。
新しく登場しました2人の人物…やっと男性が出てきましたね。いや、ザックも男性ではあるんですけどね(汗
◎レオナルド・ヴェルモート
年齢:20歳(ティアと同い年)
見た目:肩につかないほどの長さの銀髪に茜色の瞳の男性的な整った顔、身長は高く、筋肉がわかる程度の細マッチョ
役職:第1王子直下の騎士団隊長
武力:エレントル王国国内でも5本の指に入る実力者。また母親が魔術師のため器量も高く、火と風がつかえる
補足:ズワーダ王国に面するエレントル王国の北に位置するヴェルモート侯爵家の次男。
侯爵は国境を守るため、王公認の自警団を持つ。兄スパルクスが自衛団団長を務め、父と兄に剣術などを習った。
◎ウィリアム・エレントル
年齢:21歳
見た目:黒髪黒目。柔らかく整った綺麗な顔をし、常に笑顔。身長はレオナルドより少し小さい程度
役職:エレントル王国第1王子
武力:剣の腕は一般騎士よりもあり、器量も高い、水、土、闇がつかえる。
補足:外では優しい王子だが、実際は腹黒であり、レオナルドをいじるのが楽しい。防衛省の監督を務める。因みに弟がおり、弟は魔法省を担当




