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ティア視点
ティアの過去の後編です。
次の日、私は国王の呼び出しにより王宮を訪れた。王宮へ行くため屋敷を出る際、使用人全員が見送りに来た。
「みんな迷惑をかけます。家族を代表して謝るわ。」
「いいえ、とんでもありません。私達は皆、迷惑なんて思っておりません。」
筆頭執事が言うと、皆が頷いてくれた。中には涙を流すものさえいた。
「皆の次なる就職先へ紹介状など書いてやれなくてごめんなさい。どうか幸せになってちょうだい。」
「お嬢様…」
「皆、今までありがとう。…それでは行きましょうか。」
そうしてみんなに見送られ、私は今、大きな扉の前に立っている。この先には国王が待っているのだろう。それでも怖さなどない。これからお母様の元へと行けるのだから。
ギギギィと歴史を感じさせる重厚感のある音がして、ドアが開けられた。その先に、王座には国王、そしてその横には第1王子、壇上の下には第1騎士団団長が立っていた。それぞれの顔は強張っており、この中で1番緊張していないのは私ではないかと思わせる。ゆっくりと国王の前まで行き、淑女の礼をとる。
「アルティア・ドレーンでございます。」
「アルティア…呼び出したのは他でもない。王弟のことだ。」
「はい。」
「ドレーン伯爵家には本当に申し訳なかったと思っている。」
私は驚いて下げていた頭を思いきり上げてしまった。国のトップである国王は、国の代表であるのだから簡単に頭を下げ謝罪などしてはいけない。それなのに、王は躊躇することなく頭を下げたのだ。
「国王様、頭をお上げくださいませ。国王様ともあろうお方がわたくしのような者に頭を下げてはなりません。」
「下げさせてくれ。いや、下げるだけでは許されるはずもない。あやつの企みに気づけず、大切な友を貶めてしまったのだ。アルティア、すまぬ。」
そう言う国王は、もはや国王ではなく、お父様の友として顔を歪めていた。しかし、もう誰も信用できなくなっていた私にとってはどうでもよいことだった。
「もうよいのです。母が亡くなり、父が消えてしまったのが現実。そして、公爵様を父が殺めてしまったのも現実に起きてしまったことなのです。どうぞ、処罰を…」
頭を下げた私の元に王子が駆け寄ってくる。そして、私の肩を抱きながら国王へと叫ぶ。
「父上!どうかアルティアへの処罰はしないでください!」
「…そうしたいが、そうもいかぬ。」
「父上!」
非難めいた王子の声が響き渡る。私は今か今かと処罰が下るのを待っていた。しかし、国王が述べたのは私の予想に反したものだった。
「アルティア、私も君を処刑したくないのだ。だから、処刑したことにして、名前を変え、この国を出て生きてくれはしないか。国外までは責任を持って送り、生活の基盤が出来るまで騎士をつける。お金も道具も準備いたす。だからーー」
「わたくしに生きろと言うのですか?」
国王の言葉を遮るなど不敬極まりないことをしてでも問わねばならない内容だった。私に1人でこの世界にいろと言うのか。お母様のもとへは行けないというのか。私の質問に絶句している3人に問いかけ続ける。
「お母様もお父様もいない。誰が裏切り者になるかもわからない。このような世界で私に生きろと…そうおっしゃるのですか。」
「アルティア…」
「なぜ、なぜ!?私をお母様のもとへ行かせてくれないのですか!これ以上私に苦痛を味合わせて何になるのですか!」
「落ち着くんだ、アルティア!」
王子は困惑した表情をし、騎士団長は私を必死で押さえ込む。国王は私をただ見つめるだけだった。
国王は昔の事を思い出していた。庭先で息子達と共に剣を習うアルティア、厳しい中にも愛しさが溢れた瞳で見守っているドレーン伯爵、笑いの絶えないあの空間に職務を抜けて何度行ったことか…もう2度と戻れない空間。せめて、友人の娘にだけは生きて欲しかった。それがどれだけ彼女を苦しめるとしても、生きて欲しかったのだ。国王は死んでゆく多くの者達を見てきた。戦により亡くなるもの、病により亡くなるもの、理不尽に殺されたもの…見てきたからこそ思うのだ、生きていなければ何もできない、変われはしないのだ。だからこそ、アルティアには生きてほしい。何かが彼女を救ってくれはしないかと、身勝手に願う。
国王の前では、騎士団長に押さえられ、力なく座り込んだアルティアがこちらを睨んでいた。私を怨んでくれても構わないと思う。それが彼女の生きる原動力となるのならば。
こうしてズワーダ王国からドレーン伯爵家はなくなった。『王弟である公爵を伯爵自らが殺害、逃亡した罪で段位を剥奪され、一人娘は処刑された。』これが国民の知る情報である。しかし、国王と第1王子、国の中核、騎士の数人だけが事実を知り悔しい想いを心に留めたまま1人の娘を見送った。
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「それから私は1年程付き添いの騎士に生きる術を習って、その後は色々な町を転々としてた。そしてアース村でみんなに会った。」
私は長い話を黙って聞いていた2人に微笑みかける。人を信じることを辞めた私に声をかけてくれたのは不思議な夫婦だった。断わっても気にもかけず、ニコニコしながら家へと招き入れる夫婦に逆に心配になったものだ。夫婦の子供のほうがしっかりしていたけれど、何故か私を泊めてくれて、そのまま一緒に住むことになった。いつも前向きで毎日を楽しく生きる彼らを羨ましいと何度も思った。この家族は信じたいと思えた。私はこの家族に心を救われていった。そして、ずっと考えないようにしていた逃亡したお父様を探そうと決めたのだ。
「まだ貴族とかを信じることはできない。でも、リリアンやザック、おじさん達のおかげで町の人のことを信じたいって思えるようにはなってきてると思うの。」
「ティア…」
リリアンが私の手をそっと握る。本人は気づいていないけれど、不安に思うと手に触れるのはリリアンの癖だと思う。だから、安心できるように握り返しリリアンとザックの瞳を見る。おじさんとも同じ空色の瞳に伝わるように。
「私、騎士の入団試験を受けようかと思う。幾つかの町にいた時も黒魔法を使う者に襲われたことがあってね、アース村の出来事で父も魔毒にやられているんじゃないかって思ったの。最近、騎士団が黒魔法の被害現場に調査に来ているし、それなら、父を探すことができるかもしれない。」
「もしかして、だからあの時盗賊の顔を見に行ったの?」
「…うん。」
「でも、もし見つかったとしてもティアの望むようにはならないかもしれないよ。ティアがまだ苦しむ必要があるの?」
ザックがリリアンと私の手に、手を添えて聞いてくる。本当に優しく温かい姉弟だ。
「そうだとしても、私が父を止める。きっと母もそんな父を見ていたくないと思うから。せめて、娘の私が……でも、逃亡した身の私のことがばれたら2人に迷惑をかけてしまうかもしれないから。」
「迷惑をかけるっていう心配ならいらないわ!だって、私達は家族だもの!」
「そうだよ!支えてもらった分、今度は僕達が支えるよ!」
「でも…」
もしこの子達に私のせいで何かあったらと思うと恐ろしい。やっと再び前を向こうとしているのに。それでも、笑顔で私を見つめる2人に勇気づけられて、私は頷いた。
「ありがとう、2人とも!」
「でも、信用できない王族とか貴族を守るのは平気なの?」
「ちょっと姉さん!言い方があるだろう!?」
「大丈夫だよ、ザック。実際そうだし!でも、職務として守るのは平気。まっ、忠誠心はないけどね。」
そう言って笑う私にリリアンが釣られて笑い出す。ザックは、ティアまで恐ろしいことを…と肩を落としていた。
さぁ、私の挑戦も今から始まる。前のような孤独感も恐怖感もない、今は頼もしい味方がついているから。




