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神がつくりし世界で  作者: 小日向 史煌
第3章 進むべき道
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ティア視点

ティアの過去の前編です。


※残酷な描写がございますので、ご注意ください。

 


 ズワーダ王国はユーレン大陸の中で2番目に大きな国で、武に優れる者が多いため有名な武将を多く輩出する国である。父は剣術を大変得意とし、第2騎士団団長を務めるほどであった。母はズワーダ王国の中で最も美しく凛々しい女性と称されるほどの人で、幼い頃より注目を集めていた。

 そんな2人は貴族の中では珍しい恋愛結婚をし、私が産まれた。母と同じ紅色の艶やかな髪と、父の鋭い金色の瞳を持つ美しい女の子が産まれたと噂は一気に広がり、産まれたばかりの赤子に求婚してきた者もいたそうだ。

 そんな私はアルティアと名ずけられ、ドレーン伯爵家の長女として大切に育てられた。



 しかし周囲の期待を裏切り、美しく慎ましやかな淑女ではなく、武に魅せられた凛々しい女性に成長していった。使用人達は心配していたが、両親はやりたいものを見つけたのだからと肯定的であったため、歳の近い王子達と共に剣術を習う日々を送っていた。


 あの頃はとても楽しかった。

 家では家庭教師との勉強や裁縫などがあるけど、美しく優しい大好きなお母様とお喋りやお菓子作りをして、王宮に行けばお父様や第1騎士団団長様、その部下の方などが王子達と共に剣術を教えてくれる。なんて充実した毎日だったんだろう。




 そんな毎日が崩れ去ったのは、私が周りに淑女についてを毎日のように言い聞かされるようになった17歳の頃だった。



 11代現国王の弟である公爵様は、騎士団の総指揮をとられるほど武術が得意で、お父様の上司にあたるお方だ。私も小さい頃から可愛がってもらっていて、優しく勇敢な方だと尊敬していた。


「今日も模擬戦をして頂いたのだ。やはりとてもお強いな、良い刺激になる。」


 とよくお父様は夕食時に言っていた。それから暫くして、お母様が元気を無くされている気がした。お父様とどうしたのかと聞いてみても「なんでもないのです。」と言うだけだった。その理由を知ったのは、事件が起こってからだった。



 お母様が亡くなったのである。


 亡骸は藪の中に捨てられていた。それは手首には強く握られた痕があり、身体には斬り付けられた後のある無残な姿だった。

 お父様は只々その亡骸を抱きしめながら泣き喚いていた。それは、実の娘から見ても痛々しいほどに。そして、必ず犯人を見つけ出してやるとお母様に誓っていた。それからは、ほとんど家にも帰らずひたすら犯人を探していた。お父様の気持ちが痛いほどわかるから。どうせなら私が敵討ちをしたいくらいだったから。お父様を止めることなんて出来なかった…でも止めるべきだったのかもしれない。



 ずっと帰って来なかったお父様が突然帰ってきた。使用人達は帰ってきたお父様を見て大騒ぎだ。何故なら、人が変わってしまったように常に整えられていた髪は乱れ、髭が生え、目は虚ろだったのである。私も慌てて駆け寄った。


「お父様!?どうなさったのですか!」


 私の問いかけで私を見つけたのだろう。目が合った瞬間、少しだけ生気が戻った気がした。そして、ゆっくりと私を抱きしめる。


「アルティア…すまない。父さんが馬鹿だったのだ。妻の苦しみも気づかず、あいつの企みも気づかず。愚か者だったのだ。」

「お父様!あいつとは…犯人がわかったのですか!?どこのどいつです。私がーー」

「アルティア…こんな父さんを許してくれ。愛しているよ。私の可愛いアルティア。」


 そう言うとお父様の温もりが消え、私の目の前には走り出し馬に騎乗したお父様がいた。


「お父様!お父さまあああああああ!」



 そして、お父様までもが私の前から姿を消した。





 お父様を最後に見た次の日、貴族中に驚きの一報が入った。それは『王弟である公爵の死去』であった。

 まさかと思った。あのお父様の言っていた言葉を思い出しながら、身体が震えだす。まさか、まさかお父様が公爵様を…ということは公爵様がお母様を?


 体の力が抜け切った私は、地面にへたり込んでしまった。それを部屋に入ってきた侍女が見て、驚いて駆け寄ってくる。大丈夫、と言いながらも手を借りてソファへ座り直すと、侍女が遠慮がちに述べた。


「お嬢様にお会いしたいという方が来ておりますが、帰ってもらいますか?ご主人様の部下らしいのですが…」

「お通ししてちょうだい。」

「かしこまりました。」


 その後部屋へ通された騎士は、何度か稽古をつけてもらった事のあるお父様の部下だった。騎士は礼をとった後、苦痛に歪められたような顔で大丈夫ですか、と私を気遣った。その言葉で、彼は何かを知っていると確信した私は単刀直入に問う。


「大丈夫です。どうぞ全てをお話しください。」


 その言葉に少し躊躇したものの、彼は話し始めた。お父様と共に調査していたという彼が話した内容は、到底私達家族が納得できるものではなかった。


 お母様が亡くなる半年前、お母様の元気がなくなってきた頃でもある。王弟は30代後半になっても、その美貌が健在であった母に愛人になれと持ちかけた。普通の夫人であれは、王弟からの命令に背けるものはいないが、お母様は拒否をした。それでも言い寄ってくる王弟に抗議しようとすれば、お父様や私を持ち出して脅したのだという。それは、権力という力を最大限に使った脅しである。それでも拒絶するお母様に、あの日、王弟は力ずくで迫った。あの手首の痕はその時のもののようだ。身の危険を感じたお母様は、つけていた髪飾りを相手の手に突き刺し逃げたが、王弟はそのことに怒りお母様を切り殺したという。


 その後、お父様が王弟の手の怪我を心配して声をかければ「少し猫にひっかかれたのだ。」と笑ったのだそうだ。そして、調べていくうちに悍ましい事実が明るみとなった。お父様は、信頼していた王弟の酷い裏切りに怒り、気付いてやれなかった自分自身にも怒り、我を失っていたという。そして、少し目を離した隙にいなくなり、見つけた時には、王弟を切り殺した後だったという。声をかけようとして、走り去ってしまったと彼は苦しそうに手を握りしめた。


 私は、ただ呆然と聞くしかなかった。あんなに尊敬し信頼していた王弟に、お父様は裏切られ、お母様は苦しめられ殺された。そして、お父様はそんな相手を殺めてしまった。今まで築いていたもの全てに裏切られたのだ。お父様の苦しみは、私の比ではないだろう。あの日、お父様は決意して行かれたのだ。それを非難することができようか。私なら、きっと同じことをしていたかもしれない。でも、残された私はどうすれば良いのだろう。大好きな両親を失い、仇を失ってしまった。


 ふと気付いた。あぁ、お父様が王弟を殺めたということは、何が理由であっても家族が皆処罰をくらい、家はお取り潰しになるだろう。王族であった者を殺めたのなら処刑で間違いはない。私は、お母様の元に行けるではないか。心配する必要はないのか。そう思うと、笑えてきてしまった。唖然とする騎士が見たものは、涙を流しながら笑う紅色の髪をした女神のように儚くも美しいアルティアだった。



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