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セレーナの友人の所へは夕刻になってからということで、あの後は時間になるまでカフェでお話しをしていた。セレーナはさぼった授業が最後のようで、ティアに迎えの方は大丈夫か、と聞かれると連絡しておいたとの事であった。その連絡方法も魔法で、セレーナのように風魔術を使える人は、風に言葉をのせて相手へ伝えるらしい。伝えたい者にのみ聞こえるらしく、大変便利なようだが仕組みは聞いてもよくわからなかった。
私は村での話を、セレーナは領地や家族の話を、ティアは大抵聞き役に徹している。同年代の女の子だけでのおしゃべりはとても有意義だったが、ザックには話す相手ができたのだろうかと心配になる。きっと、セレーナの言っていたザックの様子だといないのだろうな。
あっという間に夕刻になった。店を出ると、一台の大きくて立派な馬車が店の横に止まっていた。私達に気づいて御者がこちらまでやって来る。
「お嬢様、わたくしが寮までお送り致します。」
「よろしくね、ニック。」
ニックと呼ばれた者は20代後半くらいの男性で、体格が良く、帯剣をしており御者のようには到底思えなかった。私達が2人の会話を聞いていると、御者のニックがこちらににこりと笑った。男らしい勇ましい顔がふわっと近づき易いものへと変わるようであった。そして、私の疑問を汲み取るかのように自己紹介を始めた。
「わたくしは護衛も兼任しておりますニックと申します。どうぞよろしくお願いいたします。」
「あ、よろしくお願いします。」
なるほど、護衛もできると言われると納得である。セレーナを見ると軽く微笑まれ、馬車へと促された。セレーナだけ馬車に乗り、現地集合だと思っていた私は慌てて自分では丁寧だと思う言葉でお断りしたのだが、一緒に乗りたいだの、その方が早いだの、たくさんの理由を述べるセレーナに負けてしまった。ティアを見ると、早々に諦めたようである。話してて思ったけれど、セレーナは中々の頑固者なようだ。
その後、馬車に乗り込み魔法省管轄の寮へ向かった。馬車に乗る時、ニックの出した手にセレーナが手を添えながら乗り込む姿が優雅で見惚れてしまったのだが、ティアは手を借りず乗り込み(何故か男性のように颯爽と乗り込んでいた…とても似合う)私はそんな2人を見た後では緊張してしまって、ニックに大丈夫ですよ、と声をかけられるという思い出したくもない醜態を晒してしまった。
寮に着くと、あらかじめ連絡してあったらしく警備の受付もすんなり通ることができた。やはり貴族の名前は信頼度が違うのだなと思ったが、よく来るの、とセレーナが言ったので納得した。貴族というよりセレーナへの信頼で通れたわけだ。
馬車の中で寮について教えてもらった。セレーナによると、この寮は『ロ』の形をしていて、中央には中庭のようなところがある。寮を使う人は、独身で家を持たない者らしいが、ほとんどは街に家を借りたりして住んでいるそうだ。その中で、通勤が簡単だという面倒くさがりや、魔術研究の合間に寝る為に使う者などが寮に住んでいる。因みに、セレーナの友人は前者だそうだ。1階が研究者や男性、2階が女性、3階が候補生や訳ありの人ということだから、3階にいるんじゃないかと私達は思っている。寮の階段横には必ず警備員のが控えている。特に3階は、魔術がまだ使えない者ばかりなので、自分の身を守れないからと警備が厳しいらしい。住んでる者にはありがたいが、私達にとっては迷惑極まりない。
友人の部屋までたどり着きノックをすると、すぐに返事が帰ってきた。ドアから現われたのは、薄ピンクのショートヘアに淡い紫がかった瞳をした女性であった。
「「あ!」」
何故か女性とティアの声が重なる。私とセレーナが首を傾げていると、女性は廊下を確認してから、まず入って、と入室を促した。部屋にはベッドにテーブル、椅子、小さなキッチンがあり、その部屋の他にお風呂とトイレがあるシンプルな作りであった。私が部屋の様子をさりげなく見ていると
「セレーナ、どうしてこの人達が一緒なの?」
「あら!知り合いでしたの?」
とすごい剣幕の女性と呑気なセレーナの会話が耳に入ってきた。私は知り合いではないし、ティアの知り合いかとティアを見てみると、少し呆れた視線が向けられていた。
「リリアン、覚えてないの?魔法省にいた受付の女性でしょ?」
その言葉と共に女性を見てみたが、あの時はザックの事ばかり気にしていて思い出せない。もう一度ティアを見ると、ため息をつかれてしまった。
「エリン、彼女達は最近入った候補生のザックという方を探しているんですって。だから協力してあげて?」
「あのね、セレーナ。彼女達が親族かわからないでしょうが。そんな人に教えてあげることはできないの。私は守る側の人間なのよ?」
これは、無理かもしれない。エリンという彼女の言い分は正しいのだから。
「いいえ!信用できます!私が保証しますわ!!」
「何を根拠に言ってるの?」
「それは…私の勘ですわ!」
「「「え…」」」
やっぱりこの子は少し変だと思う。勘だと言っているのに自信に溢れているのは何故だろう。すると、エリンが身体の中の空気を全て出してしまっているのではないかというほどのため息を吐いた。
「本当にあなたは頑固ね。わかったわ、今回は認めましょう。でもセレーナ、あなたの責任にもなるから覚悟しなさい。」
「わかっているわ。」
「それで、あなた達はザック君の場所を知りたいのよね?」
いきなりこちらに向いて話しかけられたので驚いてしまったが、チャンスを逃すわけにはいかない。
「はい、部屋の場所が聞きたいです。」
「部屋は3階の階段を上がって右の端の部屋よ。でも、部屋に直接行くのは無理ね。許可が必要だわ。」
「許可ですか?」
「えぇ、警備員が通してくれないもの。明日私が魔法省で許可書をもらってくるから、少し待てるかしら?」
「もちろんです!」
私達の返事を受けて、初めて笑顔を向けてくれた。その顔は、お姉さんが困った妹に向けるような笑顔だった。その後、このまますぐに帰るのは怪しいから少しお茶をいただくことになった。エリンはセレーナの3つ上の19歳で、学校である事がきっかけでセレーナに出会ったそうだ。セレーナ曰く、頼りになるお姉さんなんだそうで、私にとってのティアのようなのだと思った。エリンに魔法省での話などを聞いていると、急に大きな叫び声と共に大きな揺れに襲われた。
「なに?」
「上の階からかしら?」
「あの声は…」
「…ザックの声?」
私とティアは咄嗟に駆け出しドアへと向かう。そんな私達に向かってエリンが叫んだ。
「待ちなさい!階段からは上がれないわ!」
「なんで!」
「3階は魔力の制御ができない人がいるから、魔力が暴走しているのがわかると、その部屋の周りと3階全体に二重の結界が張られるようになってる。だから、あなた達が行っても上がれない。もちろん私達も結界の術式がわからないから入れない。」
「そんな。ザックがこんな側で苦しんでるのに……私はまた見ているだけなの。」
「リリアン…」
どんどん絶望の波が押し寄せてくる。私を呑み込もうとやってくる。それを押し返したのは怒りであった。何故ザックが苦しまなくちゃいけないのかという怒り、この状況への怒り、1番は何もできない自分への怒り。もうただ状況に流されて後悔なんてしたくない。そう思った途端ドアの反対にある窓へと体が勝手に動き出した。後ろからは3人の声が聞こえるが構ってなんていられない。窓を開け、私は2階の窓から飛び出した。




