新メンバーの登場
1週間ぶりの公園はなぜか新鮮に見えた。木々の緑もいつもより輝いて見える。いつもの広場まで行き定位置を覗いてみたが、珍しく美里はまだ到着していなかった。
今までは篤志が来る頃にはすでに美里が練習をしていて、広場まで近づいたところでその歌声が聞こえていた。まだテスト期間だと思っているのではないか、という不安はあったが、とりあえず手近なベンチに腰をかけて楽譜をチェックする。この1週間で全く練習をしていなかったわけではないが、やはり量としては圧倒的に少ないので鈍っていないかが心配だ。
篤志が軽く弾く真似をしているところへ、ようやく美里がやってきた。
「篤志! お疲れ!」
そう言いながら近づいてくる美里の右手は誰かを連れている。木の影や美里と重なってよく分からなかったが、はっきりとその人物の姿を捉えると篤志は息をのんだ。
「早かったね。どうだった?」
「あ、うん。まあまあ」
答えながらも篤志の気はそぞろだった。美里はそんな篤志の様子に首を傾げてから、その視線が自分が連れてきた人物に注がれていることに気づき、篤志にもその人物が見えるよう横に移動する。
「実は新メンバーを見つけてきたんだ。やっぱり2人よりも3人の方が演奏にも幅が出ると思うし、何より楽器が増やせるしね」
美里は嬉しそうに話しているが、篤志の耳にはその半分の言葉しか入ってこない。視線は新メンバーに釘付けだった。
「紹介するね。横山蒼空くん。篤志と同じ北条の1年生だって」
「知ってるよ」
言葉をかぶせたのは蒼空だった。人好きのする笑顔で篤志を見つめている。
「同じクラスだから」
「そうなの?」
美里は目を丸くして蒼空を見つめた。出会ってまだ日が浅いはずだが、蒼空と美里が並んだ姿は違和感がない。篤志はただそれを他人事のように眺めていた。
ふいに蒼空が話題を篤志に向けた。
「村上君もギターやってたんだね。知らなかったよ。よろしく」
親しげに差しのべられた手を、篤志は戸惑いながらも握った。その横で美里は満足そうに笑っている。
「もともと、もう1人欲しいとは思ってたんだ。増やすなら篤志も知ってる人の方がいいと思って探してたら彼を見つけたの。でもクラスまで同じだとは思わなかったわ」
俺だけじゃ不安だってことか――篤志の中で負の感情がじわじわと広がる。
そんな篤志の心の様子など知らない美里は、蒼空に向き直りいつも持ち歩いているノートを開いて見せた。
「横山君、これからよろしくね。今、私たちがやってるのは……」
美里は蒼空に今の練習状況と今後の予定、そして最終目標について説明を始めた。全て目の前で行われている光景にもかかわらず、時折もれてくる2人の声が遠くに聞こえる。足元から暗い穴に引きずり込まれていくような不安定な心地がして、篤志はその場に立っているのがやっとだった。
そんな篤志を救ったのは蒼空だった。正確に言うと蒼空のギターレベル。
「俺、高校に入ってから始めたから、まだ全然なんだ。簡単な曲のコピーぐらいならできるからバンドも組んだけど、やっぱりやるからにはオリジナルやりたいし。それで辞めたんだ」
ギターの紐に肩を通しながら蒼空が説明するのを、美里は興味深そうに相槌を打ちながら聞いていた。一方の篤志はすでに浩二から聞かされていた情報だったので、流れてくるがままに話を耳で受け止める。
蒼空は自己申告通り、初心者用のコピー曲だったらすぐに弾けるが、少し難易度の高い曲になるともう少し覚えなくてはならない事がある。それでも、初めて2カ月で、しかも篤志のようにギター漬けになっていたわけではないことを考えると、上達のスピードとしてはかなり早い。
ひとまずは自分の方がギターの腕は上だということで、篤志はなんとか自分の立ち位置を確保した思いだった。しかし、これからこの3人で練習をしていくことへの不安が払拭されたわけではなかった。