君の言葉が今も僕の背中を押すから
ポート南駅から20分歩いたところに須々木霊園はある。比較的新しい霊園のため、きれいな墓や少しデザインに凝った墓が多い。
澄んだ青い夏空の下、篤志は白い石畳の上を歩いていた。いくつも墓石が並ぶ中を進み、一つの墓石の前で立ち止まる。刻まれている文字は”芹沢家之墓”
その場にしゃがみ込み、篤志は持って来た花と一枚のCDをそっと供えた。そして両手を合わせると、墓の中で眠る人物を思って静かに目を閉じる。ここに来るのも久しぶりだった。美里が姿を消してから何度も探しに来たが、受験生になってからは来ていない。美里の家族とも、もう何年も会っていなかった。
美里がいなくなってから6年もの月日が流れた。篤志も蒼空も来年の春には大学を卒業する。
篤志は腰をかがめたまま、墓石に刻まれた文字を優しく指でなぞった。
「美里、久しぶりだな」
風が優しく篤志の頬をなでる。まるで美里が返事をしたかのようだった。
「今日は報告があってさ。俺たち今度インディーズデビューすることになったんだ」
辺りは静かだ。盆も終わったこの時期はお参りにくる人もほとんどいない。
篤志は話を続けた。
「驚きだよな。ギターを始めたころは、自分がプロになるなんて思いもしなかったよ。
それもこれも、全部美里が逃げるなって言ってくれたからだよ。美里が言ってくれなかったら俺、きっとどこかで挫折して諦めてた。全部お前のおかげだ」
あの日の美里の声が篤志の耳に蘇る。全てはあの時から始まった気がする。好きなら逃げるな――あの言葉が、篤志の背中を押し続けてきた
「それでさ、恩人のお前の曲をアルバムに入れさせてもらったんだ。勝手かもしれないけど、美里もたくさんの人に聞いてもらいたいって言うと思ったから……。バンド用にアレンジはしてあるけど、原曲の雰囲気は変えないようにしたつもりだよ」
そう言って篤志はiPodをポケットから取り出すと再生ボタンを押して墓石の上に置いた。
静かに時が流れるのを感じる。
「美里、お前がいなくなってから色々あったんだぜ?」
6年という長い時間を経て、篤司も蒼空も彼らを取り巻く環境も変わった。
篤司と蒼空は一度バンドを解散した。その間に蒼空は浩二たちと再びバンドを組み、二年に進級してから篤志も加わった。メンバーの変遷はあったが、大学に入ってからもバンド活動を続け、とうとうインディーズデビューするまでにいたった。
篤志の家では親の猛反対にあい揉めに揉めたが、それは美里の前でする話ではない。
音楽活動だけではない。篤司も蒼空も大学生になった。篤司は難関と言われる国立大に、蒼空も中堅と言われる私立大学にそれぞれ進学した。
蒼空は高校二年の時に彼女ができたが、大学進学に際して別れた。今は同じゼミだった先輩と付き合っている。
「お前が聞いたらなんて言うんだろうな」
驚くだろうか、それとも『蒼空はモテるもんね』とか言って納得するのだろうか。
「でも、俺と蒼空で決めた一つだけ変わらないことがあるんだ」
篤司の答えを待っているのか風が静かになる。篤司は墓に触れていた手を引くと、本人を前にしているかのように真剣な眼差しで墓石を見つめた。
「俺と蒼空で決めたこと。美里の思いを伝えること。美里がいた証を残していくこと。それだけはこの先ずっと変わらないから」
バンドを再開したときに2人で決めた誓い。時間が経って美里との記憶が遠い過去のものになっても思いだけは歌い継いでいく。
「自己満足かもしれないけど、俺たちだけは美里っていうすごい歌い手がいたことを忘れないから」
風が強く吹き抜けた。まるで篤司の言葉に頷いたようだった。
これにてこの物語は終了となります。
最後まで読んでいただきましてありがとうございました。




