ようやく通じた想い
「バンドはいつ組んだの?」
「5月の終わりぐらい。公園で歌ってたら篤志が私の歌に興味を持ってくれて、あと学校で練習してた蒼空のギターが上手かったから私がスカウトしたの」
篤志は蒼空を見た。考えてみれば、蒼空が来た日は気持ちが荒れていて、いつ知り合ったのかということも聞いていなかった。
「あの歌は美里が作ったの?」
「うん」
「素敵な曲だったわ。あなたにあんな才能があったなんて知らなかった……お母さん、美里のことちゃんと見られてなかったのね」
美里の母親が悲しそうに笑う。美里の母親の無念が表情からも読み取れた。篤志の思っていた通り、美里も美里の母親もお互いを気にしながら理解できていなかっただけなのだ。
「……お母さんは私のこと……嫌いなんだと思ってた」
「どうして!?」
美里の本音を聞いて、美里の母親は声を荒げた。その剣幕に圧倒されて、美里の言葉も弱々しくなる。
「だって、どんなに頑張っても歌で褒めてもらったことなんてなかったし、私が死んだ後も平気そうな顔してて涙一つ流してなかったから……」
「馬鹿な子!」
美里の母親が泣きながら美里に抱きついた。美里は困惑した表情で母親を見つめる。
「嫌いなわけないでしょう! 大事な大事な娘だもの!」
「でも……」
「あなたがいなくなって泣かなかったわけないでしょう!ただ、美智子もいるし、私がいつまでも泣いているわけにはいかなかったから、あなたにはそういう風に見えたのかもしれないわね」
そして体を離すと美里の目を見て言う。その瞳には込み上げてくる感情が溢れだしていた。
「歌を褒めてあげなかったのは後悔してるわ。美里には一流を目指してほしいと思って厳しくしすぎたわね。あなたは今日みたいに、ただ楽しく歌いたかっただけなのよね」
ごめんなさい、と何度も呟きながら、美里の胸で美里の母親は泣き崩れた。
「お母さん……」
震える母親の背中にそっと手を回し、数年ぶりにその体温に触れる。途端に堪えていた感情が溢れだし、涙が美里の頬を伝った。
「ごめんなさい。私、お母さんの気持ち全然わかってなかった」
「私もあなたにちゃんと伝えてあげられていなかった。ごめんね。ごめんなさい」
2人はお互いに同じ言葉を繰り返して泣き続けた。ようやく分かりあえた親子。だが時はすでに遅かった。
2人の感情が落ち着いてくると、美里は母親から身体を話して篤志の方を向いた。
「篤志、お母さんを呼んでくれてありがとう。おかげでこうして仲直りすることができた」
急に話を振られて、篤志は恥ずかしそうに頭をかいた。
「いや、俺はチラシを置いただけで、本当に来てもらえるとは思ってなかったし……」
篤志としては自分が何かをした、という実感はない。真実を話したあの日の様子では、美里の母親は篤志の話を信じている様子ではなかった。なぜ急に来る気になったのかは篤志にも皆目見当がつかない。
「あの時」と美里の母親が口を開いた。
「あの時弾いてくれた曲が、昔美里が自分で作って歌っていた曲に似ていたのよ。それでもしかしたらって思ってね」
「そうだったんですか……」
あの時歌ったのはたったワンフレーズ。普通の人なら、聞いただけで誰が作った曲か分かるようなものではない。美里のことをちゃんと見てやれなかったと言いつつも、やはり娘のことはしっかり見ていたのだ。
全ての誤解が解けたところで美里の母親が美里に尋ねる。
「美里はまだここにいられるの?」
「うーん、たぶん? ちょっといつまでかはわからないけど……」
「じゃあ今日は家に来たら? せっかくだから美里の歌がもっと聞きたいわ」
「うん。でもその前にちょっと2人と話して行っていいかな?」
篤志と美里の視線が合う。その瞬間、先ほどのステージで歌っていた歌詞を思い出して、篤志の体温は一気に上昇した。
美里の母親も察して「わかったわ。校門のところで待ってるから」そう言ってその場を後にした。
美里は篤志たちに向き合うと、まず最初に出てきたのは感謝の言葉だった。
「ありがとう」
「ううん。俺たちも楽しかったし」
何気なく答える蒼空に対し、篤志は上手く話すこともできなかった。美里は気にせず話を続ける。
「本当に2人には感謝してる。特に篤志」
再び美里と目が合い、篤志は慌てて俯いた。その様子を蒼空が寂しそうに見つめている。
蒼空が気分を変えるように言った。
「また路上の打ち合わせもしなくちゃだな」
「そ、そうだな。路上でやるにはまだ練習が必要だし」
篤志もその言葉にのっかる。まだ次の目標がある。
蒼空は篤志に笑顔で答えると、空を見上げて思い切り伸びをした。清々しい青空。今の蒼空の心を表しているようだ。
「そうと決まれば、俺はもう帰るぜ。またな」
これ以上この場にいるのは野暮というものだ。篤志たちが引き止める暇もなく、蒼空はさっさとその場を離れた。
残された篤志と美里の間に沈黙が流れる。何か言わなくてはならないはずなのだが、変に緊張して言葉が出てこない。
沈黙を破ったのは美里だった。
「歌詞、勝手に変えちゃってごめんね」
「あ、いや、全然平気」
「あれ、篤志のことだからね」
「へ?」
呆けた篤志の声にも動じず、穏やかな表情のまま美里が言う。
「2曲目の歌詞。篤志のことを想って歌ったんだからね」
「え……」
照れたように篤志を見つめる美里。初めてのシチュエーションに戸惑い、篤志は完全に固まっていた。
「篤志が好き。本当に大好き。別れたくないよ……」
美里が震える声で言う。目には再び涙が滲んでいる。その涙を見た瞬間、篤志の体は勝手に動いていた。篤志が恐る恐るその体を抱きしめる。
「俺も美里が好きだ……何で生きているうちに出会えなかったんだろうな……」
抱きしめる身体はこんなに温かい。今、生きている他の誰とも変わらないのに、ここにいる大切な人はすでにこの世の人ではないのだ。お互いの感情は生きていて、確かに愛しているのに、神はなぜこんな残酷なことを仕組んだのだろう。
篤志も美里も涙が止まらなかった。お互いの存在を確かめあうように強く抱きしめあう。
涙で顔を濡らしたまま、美里が下から篤志の顔を覗き込んだ。
「ねえ、もういつ消えちゃうか分かんないから……キスして?」
何度もやられてきた美里の上目づかい。やはり最後まで本人は無自覚なのだろう。
篤志は漫画や雑誌で得た知識を総動員して、美里の頬を優しく撫でた。そしてゆっくりと顔を近づけていく。
初めてのキスは温かく、どうしても幽霊とは思えなかった。そのことに再び涙が流れる。
「よかった。ファーストキスもできないまま死にたくなかったから」
美里がまた篤志に抱きつく。今度は泣くこともなく、二人は静かに抱き合ったままお互いの温もりを確かめあっていた。
不意に人の足音が聞こえ、篤志はしがみつく美里の体をそっとはがした。不安そうに見つめる美里に優しく微笑む。
「お母さん待ってるんだろ?」
「え? あ、うん」
「まだ路上もあるし、また明日から公園で打ち合わせしようぜ」
明るく言ったつもりだったが、一瞬、美里が泣きそうに見えた。
「……うん」
慌てる篤志だったが、美里は一度目を伏せると、無理やり笑って顔を上げた。
「じゃあね!」
「あ、ああ、また明日な!」
手を振りながら歩いていく美里を、篤志はいつまでも、その姿が見えなくなるまで見送った。
それが美里を見た最後だった。
翌日、練習場所の公園に美里は現れなかった。美里の家に行くと朝から何度呼びかけても現れないという。それから何日も公園や美里の家で美里を探したが姿を現すことは二度となかった。




