舞台袖にて
2曲目の演奏が終わったところで、ようやく実行委員の生徒が動いた。恐らく後ろに控えるダンス部が催促したのだろう。
実行委員は篤志たちを強制的に舞台袖へと引っ張っていく。3人とも抵抗せず、素直に従った。美里が歌いたいと切望した2曲を歌い切り、もう思い残すことはなかった。
娘の名を叫ぶ美里の母親の声だけが体育館に響いていた。
舞台袖で篤志たちを待ち構えていたのは、ステージ責任者である音楽教師の近藤だった。見た目は線の細い優男だが、今の彼は腕を組んでそれなりの迫力を持って篤志たちを睨んでいる。
先に捕まっていた浩二も並ばせられて、近藤の口から出てきたのは説教だった。
「何をしたか分かってるのか?」
4人とも俯いたまま沈黙した。近藤は嘆息すると、今度は腰に手をあてる。
「ステージ発表を希望していた人は多い。抽選で外れた人だっている。それなのに、正当な手順を踏まないで勝手に演奏したら、外れた生徒はどう思うだろうな」
「すみませんでした」
篤志の言葉をきっかけに4人とも頭を下げる。近藤は美里に目を付けた。
「しかも、他校の生徒まで連れ込んで。どこの生徒だ?」
「……坂城高校です」
近藤は呆れたように眉根を上げた。
「賢い学校じゃないか。坂城の生徒さんなら分かるだろ。なんでこんなことしたんだ」
「それは……」
言い訳をしようとする美里を庇うように、篤志は一歩前へと出た。
「俺が無理やり誘ったんです」
「村上が?」
真偽を確かめるように、近藤から篤志の瞳の奥まで覗き込んでくる。
「芹沢さんの歌を聞いて、どうしてもボーカルは芹沢さんしか考えられなくて……」
「でも、その発表の場はここじゃないよな?」
篤志は頷くしかなかった。そして深く頭を下げる。
「本当にすみませんでした」
すみませんでした、と蒼空も頭を下げた。それを見て美里と浩二も頭を下げる。
近藤がさらに何かを言おうと口を開きかけて、その言葉は乱入してきた声に阻まれた。
「待って下さい」
篤志たちも近藤も声のする裏口の方を振り返る。入って来たのは先ほどまで客席にいた美里の母親だった。
「芹沢先生!」
近藤が目を見開いて声を上げた。美里の母親は篤司を庇うようにして近藤と対峙する。
「近藤先生、今回のことは私が提案したんです」
「え? 芹沢先生が?」
頭にクエスチョンマークが浮かんだのは、近藤だけでなく篤司たちも同じだった。
驚いている面々をよそに、美里の母親は静かに続けた。
「娘に発表の場を与えたかったんです。先生もご存じの通り、坂城高校には軽音部がありません。そこにちょうど村上くんと山下くんが来て、娘にバンドの話を持ちかけてきてくれたんです。だから、私が文化祭で発表させてもらえるようお願いしました」
「そうか、芹沢先生の娘さんでしたか……。でも、困りますよ。そんな勝手な……」
近藤よりも美里の母親の方が立場が上のようで、その返答はたどたどしい。美里の母親の態度はきっぱりしたものだった。
「ええ、教育者として軽率でした。申し訳ありません」
「お母さん……」
美里が見つめる中、美里の母親は深く頭を下げた。予想もしなかった展開に、篤志も蒼空も口を挟めず黙っている。
近藤は困り顔のまま言った。
「とりあえず、進行には影響が出ていないようなのでいいですけど、また何かあったら私じゃ対処しきれませんからね」
「申し訳ありませんでした。生徒の皆さんも」
美里の母親は実行委員や控えている出演者たちに向かって頭を下げた。
「お前たちももういいから行きなさい。二度とこんな真似はするなよ」
「はい」
近藤に促されて、実行委員たちの鋭い視線を背中に受けながら、三人と美里の母親は裏口から外に出た。
今の騒動は外にいる生徒にまで知られていたようで、裏口の近くにいた生徒たちに好奇の目で見られた。その視線を避けるために、篤志たちは練習していた校舎の裏まで移動する。校舎裏に着いたところで振り返ると美里の姿だけがなかった。
「美里!?」
蒼空も美里の母親もすぐ異変に気づき、美里の名前を呼びながら辺りを必死に探す。
「もう成仏したのか?」
蒼空の言葉に篤志も不安が募る。ライブをすることに必死で、伝えなくてはならないことを伝えられていない。焦りで鼓動も速くなる。
すると、不意に歌声が聞こえてきた。声源を探していると、美里が忽然と姿を現した。
「まだ成仏してなかったんだな」
ほっとして篤志がそう声をかける。美里も特に落胆した様子もなく平然としている。
「うん。まだみたい」
「やっぱり路上ライブをやらないとダメなのかな」
篤志が次なる提案をしたところで、「美里」と美里の母親が呼びかけた。3人の空気に緊張が走る。
最初に動いたのは篤志だった。
「さっきはありがとうございました」
「ありがとうございました」
一緒に蒼空も礼を言う。そして2人は美里を見た。美里は母親を見つめて固まったまま何も言わない。美里の母親の方が先に口を開いた。
「歌、ずいぶん上手くなってたのね」
「……この状態になってから、毎日のように歌ってたから……」
問いかけられて、ようやく美里が口を開いた。たどたどしく、間はあるものの数か月ぶりにする親子の会話だった。




