最初で最後のステージ
舞台上では司会を務める放送委員の男子生徒が次の団体を紹介しようといている。その前に無理やり演奏を始めてしまう算段だった。3人は走って舞台上に飛び出す。
「続いては……え?」
司会者がステージの異変に気付いたのと、その手からマイクが奪われるのはほとんど同時だった。司会者が見当違いに自分の手元を見つめている横で、浩二が高らかに紹介する。
「実は、もう一組聞いてほしいバンドがあります!マリーゴールド!」
ステージでスタンバイしていた3人の視線が浩二に集まる。当の本人はへらへら笑いながら司会者を舞台袖に引っ張りこもうとしていた。
いくぞ――声を出していないのに、蒼空の目が何を言っているか伝わって来た。篤志がギターを叩いて始まりのタイミングをとる。1曲目は美里と初めて出会ったときに歌っていた曲。美里が最初に歌いたいと選んだ。
篤志と蒼空が前奏を奏でる。整えられた爽やかな風景に美里の歌が加わる――はずだった。
不審に思って2人とも美里を見遣る。美里はある一点を見つめて固まっていた。視線の先を追うと、そこにいた人物に残りの2人も目が釘付けになった。体育館の一番後ろ。生徒たちから一歩引いたところに美里の母親の姿があった。
「来てくれたのか……」
篤志は演奏の手を止めた。美里の様子を伺うと、怖気づいてしまってとても歌い出せる雰囲気ではない。
「好きなら逃げるなよ」
美里の肩がびくりと揺れた。恐る恐る篤志の方を振り返る。
「音楽だけじゃない。好きな人ともちゃんと向き合え。いつか絶対に後悔するから」
そうだろ、と美里を見つめる。美里に言われた言葉そのままだ。言った本人だからこそ、この言葉の意味を誰よりも分かっている。
美里はゆっくりと前に向き直ると、後ろからも分かるようにしっかりと頷いた。篤志は蒼空に目で合図を送る。再び蒼空の音で曲を弾きなおした。
前奏が終わり、美里の歌パートに入って篤志は顔を上げた。歌詞が変わっている。
美里が歌うのは家族への感謝、母親への思い、歌への思い。言葉では直接伝えられなかった本当の気持ちが込められていた。
美里の歌声は会場を魅了した。突如として現れた乱入者であるにもかかわらず、会場にいる誰も3人を止めようとはしなかった。観客の中には自分と重ね合わせたのか、涙を流している者もいる。司会者でさえも職務を放棄して、その歌声に聞き惚れていた。
歌い終わると、自然に万雷の拍手が沸き起こった。皆、ステージに立っているのが、未許可の出演者だということを忘れていた。
その勢いのまま、次の曲へ移ろうとしたところで「美里!」という叫び声が聞こえた。声の主は見なくても分かる。この会場で美里のことを知っているのは、篤志と蒼空の他には1人だけだ。
「美里!」
気が付けば美里の母親は観客を無理やり掻きわけて、ステージの前まできていた。間近で娘の姿を見つめると、震える声で確認する。
「本当に……美里なの?」
美里は戸惑ったように篤志の方を振り返った。篤志は後押しするように力強く頷いてみせる。美里はステージの前に進み出て膝をついた。
「お母さん……」
美里の声を聞いた母親は美里の手を握ると、縋るようにして人目も憚らずそのまま泣き出した。
「あんた今までどこにいたの!? どれだけ心配したと……」
興奮している母親とは対照的に、美里の心は穏やかだった。母親の言葉をさえぎって美里は冷静に現実を伝える。
「お母さん、篤志たちから聞いたでしょ? 私はもういないの」
「冗談を言うのはやめて! 今こうしているじゃない!」
駄々をこねる子供のように、美里の母親は何度も首を横に振る。見ていて痛々しかった。
「お母さん!」
美里の強めの声に驚いて母親は言葉を止めた。美里は柔らかな笑みを浮かべて、初めて母親と向き合う。
「たくさん迷惑をかけてごめんなさい。でも、私はお母さんのこと嫌いだったわけじゃないの。私にもやりたいことがあったの」
「やりたい、こと……?」
「私の歌をたくさんの人に聞いてもらうこと。見てて、私の夢が叶うところを」
美里はそっと母親の手を外すと再び立ち上がった。もとの場所に立ち、篤志と蒼空にそれぞれアイコンタクトを送る。
「次は私と篤志で作った曲です。聞いてください」
今度は篤志の合図で演奏が始まる。前奏の後に加わったメロディーは、やはり歌詞が変わっていた。それは家族への歌ではなく、篤志との出会いから感謝の気持ち、そして美里の想いが込められていた。
“この先私が消えてしまっても
二人に別れが訪れても
心は突き抜け 風のようにそよぎ
いつまでもあなたを守り続ける
あなたの心を闇が襲えば
私が光を灯すわ
出会った夜からこの胸に宿る
温もりだけは消えないから”
篤志は顔を上げられなかった。頬を伝う涙が止まらない。
美里が最後に歌ったのは、篤志に宛てたラブソングだった。




