これが最後
9月某日、とうとう北條祭当日を迎えた。前日は結局、美里が姿を現さなかったので、最終調整ができていない。今日も美里に知らせてあるのは出演時間だけで、詳しい待ち合わせの時間と場所を連絡できていなかった。
出演は15時頃だがそれよりも前に集まって練習をしておきたい。篤志と蒼空は北條祭の始まる10時から校門の近くで美里の姿を探していた。
「美里、来るよな?」
「さすがに来るだろ。これに出なきゃ、美里は成仏できねーんだから」
時刻はすでに12時を回ろうとしている。焦る篤志とは対照的に、蒼空は落ち着いたものだった。
時計の針が12時を過ぎたところでようやく美里がやってきた。いつもと同じオリジナルの制服姿で、拍子抜けするぐらい普段通りの笑顔で歩いてくる。
「お待たせ。ごめんね、何時ぐらいに来たらいいのか分かんなくて」
色々と言いたいことはあったが、篤志が口を開く前に蒼空が場所を移動することを提案した。校門は混み合っているので練習などできる状態ではない。体育館もそろそろステージ発表が始まるので人の出入りが激しく、近寄るのは困難だ。
ひとまず校舎裏に避難し、人通りの少ないところを選んで落ち着いた。
「さすが文化祭。人が多いね」
「これからステージも始まるし、今がピークだろ」
平然と会話を続ける美里と蒼空を見ながら、篤志は明らかに不満な表情を浮かべていた。昨日あんな大変な思いをしたのに、蒼空は何も言わない。篤志にはそれが不思議で仕方なかった。
「じゃあ練習するか」
ギターを鳴らし始める蒼空に篤志は待ったをかける。昨日のことをはっきりさせないことには気が済まなかった。
「美里、何で昨日来なかったんだよ」
美里は確かに「わかった」と言った。そうでなければ篤志も美里の家に乗り込んだりしない。
美里は篤志から逃げるように顔を背けた。聞こえてきたのは、普段からは考えられないほど小さな声。
「やっぱり会うのは怖いよ。本当に嫌われてたら……きついし」
声を詰まらせながら語るその言葉は美里の本心だろう。寂しそうに笑うのを見て、篤志は胸が痛んだ。
「篤志、ありがとう。お母さんとのことまで気にしてくれて
でも、大丈夫だよ。これが終われば、ちゃんと成仏できるから」
その場を盛り下げまいと、美里が無理やり笑う。篤志ははっと息を飲んだ。
発表が終われば美里はいなくなる。二度と会えなくなる。今まで練習に夢中で頭から抜け落ちていたが、成仏するというのはそういうことだ。
篤志は蒼空の様子を見た。蒼空は成仏するということをしっかり受け止めている。昨日のことで美里を責めなかったのも、今日が最後になるかもしれないことを理解していたからだ。
肩を落とした篤志に、美里が優しく、努めて明るく話しかける。
「始めよっか」
「……ああ」
いつだって一番分かっていないのは自分だ――篤志は握っていた拳に力を込めた。
美里のために最高の演奏にしよう、そう篤志は改めて決意した。
本番まで30分を切り、浩二が呼びに来てくれた。浩二は美里を見ると分かりやすいほどドギマギしながら、軽音部がスタンバイしている場所まで案内する。裏口から体育館に入ると、軽音部がパフォーマンスをしている最中だった。
暗い中ステージ袖まで移動すると、浩二は篤志にそっと近寄った。
「俺たちの出番は最後に回してもらった。終わったらすぐはけるから、村上たちは勝手に乱入しろ。ただ、後ろにダンス部がいるから、あんまり長い時間はとれないぞ」
「わかってる。ありがとな」
演奏時間が短いであろうことは予想していたので、曲順も変えてある。全部を演奏する気はない。美里が一番歌いたがっていたオリジナル曲を優先させた。
演奏が終わり、バンドマンたちが客席に手を振りながら舞台袖へと戻ってくる。
「がんばれよ!」
篤志の背中を叩くと、浩二は自分のステージへと駆けていった。
演奏の終わったグループがはけていくと、舞台袖で控えている出演者は篤志たち三人だけになった。体育館に入ってから袖でスタンバイをするまで、誰も話をしていない。
そっと蒼空が篤志に近づいた。
「緊張してる?」
「少し」
篤志が答えると、今度は篤志の隣にいる美里に同じことを問いかけた。
「緊張してる?」
「全然」
舞台の明かりで薄ら見える美里の表情は、本番前の緊張を楽しんでいる。全く動じていない様子を見て、蒼空は小さく吹きだした。
「らしいな」
篤志もつられて笑顔になる。相手の都合などお構いなしに振り回す美里らしい。それは決して不愉快ではなく、結果的には巻き込まれた方まで笑顔にしてしまう。こんな不思議な女はきっともう出会えない。
「美里」
篤志は隣に並んでいる美里に囁いた。ステージを見つめていた美里が首を傾げて振り返る。
「これは美里のために用意したステージだから、悔いのないように好きに歌え。何かあったら俺らでフォローするから」
「ありがとう。頼りにしてる」
美里は心底嬉しそうに微笑んだ。
浩二たちの演奏が終わり、会場が喝采に包まれる。予定通り、浩二たちは観客の対応もそこそこに舞台袖へと駆け戻って来た。
「よし、最高のステージにしようぜ!」
蒼空が篤志と美里の肩を叩いた。
「おう!」




