親子の確執
篤志が持ち帰った吉報は、3人を触発するのに十分な材料だった。
「それでさ、思ったんだけど、俺たちバンドの名前決めてないよな」
あの後、浩二にバンド名を尋ねられて気がついた。たぶん、心のどこかで実質リーダーの美里が言いだすだろうと悠長に構えていたのだと思う。そして当の美里は路上ライブをするという目標に夢中で、初歩的なところを忘れていた。
バンドを組んだら一番最初に決めたくなるバンド名を今の今まで忘れているとは、つくづく変わったバンドだ。
「そういやそうだな」
「全然考えてなかった」
美里はともかく意外にも蒼空も忘れていたらしい。
「何かいい案ないかな? せっかくだし名前つけようよ」
すると美里が控えめに手を上げた。
「あの、マリーゴールド、とかどうかな……」
「マリーゴールドって花? 何か意味があるの?」
「花言葉が”友情”なの。マイナスな意味も多いけど、直訳は”聖母マリアの金色の花”。私はキリスト教ってわけじゃないけど、こんな特殊な出会いは何か神的な力が導いてくれたんじゃないかなって」
「確かに。俺たちの出会いは普通じゃないもんな。何かに導かれて生まれた友情か……ぴったりだな」
美里の言葉を引き取って蒼空が賛同する。篤志も反対する理由はなかった。
「じゃあ決まりね! それでは改めて、マリーゴールド! 北條祭デビューに向けてがんばりましょー!」
3人とも1週間のブランクを埋めようと夢中になって練習した。ブランクといっても、1週間程度は試験前も同じように練習を休んでいたので、すぐに取り戻せる。だが、本番まで2週間という短さが3人を焦らせていた。
練習は順調に進んでいた。その一方で、篤志には気になっていることがあった。
時間はあっという間に流れ、気がつけば本番が2日後にせまっていた。曲はすでに完成している。あとは緊張せずに演奏できるか、それだけにかかっていた。
篤志は美里といつもの道を歩いていた。美里の正体が分かってからも、以前のように一緒に帰る習慣が続いている。他愛もない会話をしながら歩いていたが、分岐に差し掛かったところで篤志は気になっていたことを口にした。
「なあ、家族には会わないのか?」
美里の表情が分かりやすいほどに硬くなる。この2週間、篤志たちは一度もこの話題には触れなかった。
「会わないよ。何で?」
「いや、やっぱり最後に挨拶ぐらいした方がいいんじゃないかと思って……」
「挨拶って何? もう死んでるから必要ないでしょ」
よほど会いたくないのか口調がきつい。自分が幽霊であることを告白した時以外に、自分のことを死んでると投げやりに言ったことはなかった。
それでも篤志は怯まずに続ける。美里が必ず向き合わなくてはならない問題だという直感があった。
「そうじゃなくて、お母さんと仲直りした方がいいよ」
「そんなの!」と美里は勢い込んだ。「向こうが望んでるはずないじゃん。娘がいなくなっても涙一つ流さないんだよ? 嫌われてるにきまってる」
「そんなわけあるか!」
今まで一度として大きな声を出したことのない篤志が声を荒げた。反射的に美里の肩が小さく上がる。瞠目して篤志を見つめた。
「大事な自分の娘だぞ? 悲しくない親なんているはずないだろ」
「でも、例外だってあるでしょ? 私の場合は喧嘩したままだったから……」
「それでもだよ。嫌いな娘のために高い金かけて入院なんてさせないよ」
美里は唇を噛んで俯いた。美里も母親に嫌われてるとは信じたくない。心のどこかで希望を捨てられずにいる。
「仲違いしたままで終わったことを後悔してるのはお母さんも同じだと思うぜ?」
「どうして篤志に分かるのよ」
「分かんないけど……でも、お前もお母さんも本音を言えてない気がする。それでお互いに憎みあってると思ってる。
成仏する前に一度きちんと自分の気持ちを伝えた方がいい。それはお前のためでもあるし、お母さんのためでもあると思うぞ」
美里はそれ以上反発しなかった。黙ったまま篤志の言葉を聞いている。
「明日、蒼空にも声かけるから一緒にお前の家に行くぞ。それでちゃんと自分のことを話せ」
「……わかった」
美里が頷いたのを確認すると、篤志はひとまず安堵した。あとは美里に任せるしかない。
篤志は美里に念を押してその日は帰宅した。
翌日、篤志と蒼空は美里の家の前にいた。
「来ねえな」
塀に背を預けたまま蒼空が呟いた。篤志の中でも焦りが募る。学校から真っ直ぐ美里の家に来たが、待てど暮らせど美里が来ない。
「あいつっ」
篤志は苦々しげに呟くと門に手をかけた。蒼空が慌てて身体を起こし、その手を止める。
「何するんだよ」
「俺たちだけで行こう。おばさんに事情を説明して、明日の北條祭に来てもらう」
「はあ?」
蒼空は本気で呆れた顔をした。篤志も無茶は承知だ。しかし美里が来ない以上、他に方法がない。
「幽霊の話をして信じるかよ。不謹慎ないたずらだと思われて終わりだよ」
「でも、ほっとけない。もしかしたら、美里が成仏できない理由は母親との関係が引っ掛かってるからかもしれないだろ」
はっとして蒼空は口を閉じた。蒼空も美里の母親に会ってから2人の確執には不自然なものを感じていた。
しばらく考えてから、「あー」とか「うー」とか唸った挙句、蒼空は「わかったよ」と言って抑えていた手を下ろした。
「ありがとう」
礼を言って、篤志は門を開けた。
3度目の訪問ともなると、美里の母親も2人をスムーズに仏壇のある部屋まで案内した。2人は仏壇の前に正座すると、昨日まで見ていた美里の顔を見ながら線香を上げた。
「今日はどうしたのかしら」
美里の母親に話を振られて、篤志は言葉に詰まった。隣の蒼空は端から話す気がない。最初から順番に言葉を選びながら篤志は現状を説明した。美里が幽霊になっていること、成仏するために路上ライブの練習をしていること、明後日の北條祭で発表すること。
篤志たちの説明を聞いている間、母親は終始眉間に皺を寄せて黙っていた。篤志の話が終わると、皺を解すように眉間に指をあてたまま顔を伏せる。顔が見えない以上、その表情から心情を読み取ることもできない。
長い沈黙をおいて、ようやく美里の母親が口を開いた。
「こういう冗談でからかうのはやめて」
最初に出てきた言葉だった。予想通りとはいえ篤志は落胆した。
美里の母親は憤懣やるかたないといった様子で続ける。
「不謹慎よ。今すぐ出て行ってちょうだい。二度とここには来ないで」
明らかに怒っている美里の母親の様子を見て、蒼空は見たことかと渋い顔をした。篤志はめげずに再度説得を試みる。
「もちろん簡単に信じてもらえないのはわかっています。でも本当なんです!」
そして立ち上がると部屋を見回しながら叫んだ。
「美里! 約束しただろ! 出てこい!」
しかし返事はない。美里も姿を現さない。篤志はその場で立ち尽くしたまま反応を待った。だが、静まり返った空気が変わることはなかった。
潮時だと判断した蒼空は、篤志の服の裾を引いて座るよう促した。篤志はそれを無視して、突然横に置いておいたギターを取り出す。突然の行動に蒼空も美里の母親もギョッとして、黙ったまま成り行きを見守っていた。
篤志は肩からギターを掛けると、美里が最初に会ったときに歌っていた歌を歌い始めた。
「篤志やめろ!」
我に返った蒼空が怒鳴った。篤志も大人しく演奏をやめて、力なくその場に腰を下ろした。
「急にこんな話をして申し訳ありませんでした。俺たちはもう帰ります。二度とこちらには伺いません」
背筋を正して蒼空は頭を下げた。そして立ち上がると、なかなか立ち上がらない篤志を無理やり引っ張り上げる。篤志は最後の気力でなんとか踏み止まり、鞄からチラシだけ取り出して机の上に置いた。
「北條祭には絶対に来ます! 絶対に来ますから会いにきてください! お願いします」
「篤志!」
蒼空に怒られて篤志も渋々部屋を出た。出る直前に部屋を振り返ったが、美里の母親はチラシを見つめたまま、手に取るわけでもなく微動だにしていなかった。




