目指せ北條祭
少しずつ沈み始めた夕陽が、沈黙する三人を温かく包み込む。篤志も蒼空も美里の話を必死に受け止めようとしていた。
沈黙を破ったのは美里の小さな叫び声だった。
「あ!」
情報の整理に必死になっていた二人が顔を上げると、ベンチに座っている美里の姿が透明になっていくところだった。
「美里!?」
慌てて立ち上がりうろたえる二人とは対照的に、美里はいつものように歌い始めた。すると美里の身体がみるみるうちにもとに戻っていく。
「本当なんだ……」
「だから言ってるじゃん」
唇を尖らせて美里は拗ねたようにそっぽを向く。実際に美里が消えるところを目の当たりにして、篤志たちも美里の存在を現実として受け止めざるを得なかった。
「でもさ、早く成仏したいのは分かるけど、そんなに急ぐ必要ないんじゃないの?」
蒼空の何気ない問いに、美里は不安そうな顔を浮かべた。
「そうもいかないの。最近、実体化してる時間が短くなってて……」
「どういうことだ? それって成仏しそうなんじゃないのか?」
「違うと思う。実体化してない時も見えてないだけで、私自身はそこにいるんだ。だから成仏とは違う。
何て言うのかな。そのままでいると生きてる人達に嫉妬して悪いものになっちゃいそうな……」
「怨霊みたいな?」
「たぶん……」
それを聞いて蒼空は腕を組むと何かを考え始めた。
「美里はどうしたい?」
篤志が尋ねると美里は少し考えてから言った。
「私は……私の歌を聴いてもらいたい」
「路上ライブは間に合わなしなあ……どうする?」
そう言って篤志は蒼空を見る。篤志の相談を受けて、考え込んでいた蒼空は顔を上げた。
「分かった」
「え、わかったって?」
「北條祭に出よう」
篤志も美里も予想していなかった角度からの提案に目を丸くする。
「でも、文化祭のステージはもう募集締め切ってるだろ」
一番注目の集まるステージ発表は人気が高いため、毎年一学期に参加希望団体を募り抽選で決める。一昨日の時点ですでにそのプログラムを浩二が配っていたことを考えると、今年のステージ発表に入り込む余地はない。
「軽音部の友達がいるからそこに無理やり入れてもらう」
「そんな無茶な……」
「一度出ちまえばこっちのもんだよ。美里を怨霊になんてしたくないだろ」
美里を盾に取られてしまえば篤志は何も言えない。上手くいくのか甚だ疑問ではあったが、他に案が思いつかない以上蒼空に委ねるしかなかった。
「そんなことして蒼空たちは大丈夫なの?」
心配そうに尋ねる美里に蒼空は「何とでもなるさ」と篤志を見た。篤志も観念して、美里を安心させるために笑って見せる。
「文化祭は再来週だ。あと二週間、休んだ分もみっちり練習するぞ」
蒼空の仕切りで大混乱の一日が終わった。結局、美里のために良案を思いついたのは蒼空だ。
――美里がいなくなってからも彼女のことを考えていたのは自分なのに……
篤志は何もできなかった自分の不甲斐なさに落ち込んでいた。
しかし、いつまでも落ち込んでいるわけにもいかない。今、優先すべきは美里を北條祭のステージで歌わせてやることだ。それまでは自分のことで沈んでいるべきではない。
翌日、篤志は学校が終わるとすぐに教室を飛び出そうとした。ようやく合わせ始めたところで一週間も休んでしまったのは痛い。一刻も早く練習を始めて、再来週の本番に備えたかった。
教室を出ようとした篤志は後ろから腕を掴まれてつんのめった。
「うわっ! って北島か」
犯人が浩二だと分かると篤志の体から一気に力が抜けた。
一方の浩二は怒りをはらんだ目で篤志を睨んでいる。
「村上、お前バンド組んでるんだってな。それも横山と」
「え、どこでそれを?」
「横山に聞いた」
篤志は浩二の怒りから逃れるように顔を逸らした。浩二が蒼空のことをよく思っていないのは聞いていた。何度も勧誘していた篤志がその蒼空と組んでいたら当然浩二としては面白くないだろう。
「何で俺とは組めなくて、横山とはバンドやってるんだよ」
「……成り行きだよ。もとは全然別のやつとバンド組んでたんだけど、そいつが蒼空を連れて来たんだ。俺だってぶっちゃけ蒼空は苦手だったから、そんなことでもなきゃ組まないよ」
「そうかよ」
浩二は口を閉じた。篤志は沈黙に耐えられず、そっと浩二の様子を伺った。
「村上たち、北條祭でステージ使いたいんだろ」
「蒼空に聞いたのか」
「正確には頼まれた。最後に無理やり突っ込んでくれないかって」
軽音部に友達がいると言っていたのは浩二たちのことだったのか、と篤志は意外に思っていた。円満な退部の仕方ではなかったようだし、聡い蒼空が浩二の気持ちに気づいていないはずがない。変な気を使わせないために”友達”と言っていただけで、恐らく蒼空は地に頭をつけてでも頼みこむつもりだったのだろう。
篤志は少しでも落ち込んだ自分を恥じた。蒼空も美里を救う道を必死に探していたのだ。たとえそれで自分が嫌われ役になっても構わない、それぐらいの気概で。
「俺からも頼む。俺たちには、このステージしかないんだ」
「そんなことして、俺たちが来年からステージを使えなくなったらどうしてくれるんだよ」
「知らなかったことにすればいい。北島たちの演奏が終わったら入れ違いで俺たちが出ていく。何か聞かれたら知らなかったって言ってくれればいいから」
「でもなあ……」
それでも浩二は渋っている。ここまできたら押すしかない。この役は蒼空よりも篤志の方がやりやすいはずだ。
「ボーカルがすごくいいんだ。浩二にも聞いてもらいたい。俺たちのバンドを」
浩二は本心を探るように篤志の顔をじっと見つめている。そして小さく息を吐くと「わかった」と片手を上げた。
「ただし、俺たちは知らない体でいくからな。上手くいかなくても俺たちのせいにするなよ」
「わかってる!ありがとう!」
「大したバンドじゃなかったら、こっちに入ってもらうからな」
そう言って浩二はその場をあとにした。篤志はその後ろ姿を神でも見るかのように神聖な気持ちで見送る。その顔には満面の笑みが咲いていた。




