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辻褄の合わない事実

 翌日、篤志の話を全く信じていない蒼空を無理やり引っ張って、篤志は再び美里の家の前に来ていた。“芹沢”と書かれた表札と上品な造りの建物を見て、蒼空の表情が少し引き締まる。

「いくぞ」

 篤志がゆっくりとインターホンを押した。機械越しに神経質そうな声が聞こえてきて、篤志はやや緊張しながら名乗る。

 昨日とは違い、静かに玄関の扉が開くと美里の母親が篤志たちを迎えてくれた。その表情は相変わらず頑なで、蒼空も少し緊張したように背筋を伸ばす。母親について通された部屋で、蒼空の目は黒い仏壇に釘付けになった。失礼のない程度に足を急がせて仏壇に近づき、そこで笑っている遺影を見つめてその場に立ち尽くす。

「嘘だろ……」

 ふと零れた本音に篤志も俯いた。昨日、説明されたとはいえ、いまだに信じられる事実ではない。

 美里の母親がお茶を運んできたのを見て、写真を見つめたまま動けなくなっている蒼空に声をかける。蒼空も金縛り状態から解放されて、二人はようやく線香をあげた。

「美里が男の子とバンドを組んでたなんて知らなかったわ」

 母親が二人の前にお茶を置いていく。二人とも何を話したらいいのか分からず、黙ったまま目の前の緑色の液体を見つめていた。

「美里とはいつからバンドを組んでいるの?」

 何も話さない二人に母親が問いかけた。どう話したらいいのか、答えに窮した篤志の横で蒼空が淡々と答える。

「出会ったのは去年です。バンドと言っても受験がありましたので、月に一回か二回ほど息抜きにする程度でした」

「そう……。あの頃、美里の帰りが遅かったのはそういうことだったのね。まだ本調子じゃないのに、ずいぶん心配したわ」

 ちらりと母親の表情をうかがうと、非難がましく二人をにらんでいる。篤志は首を縮めて再び頭を下げた。

 でも、と美里の母親は目を伏せた。「やっぱりあの子、音楽がやりたかったのね……」

 意味深な言葉に二人は顔を見合わせると、美里の母親を見た。母親は悲しそうにどこか一点を見つめている。

「あの子、歌えないでしょう? バンドでは何をやってたのかしら?」

 またしても篤志たちは二人で目を合わせた。美里の死亡時期といい、今の話といい、篤志たちの知っている美里とは辻褄の合わないところが多い。二人を繋げる唯一の物は遺影だけだ。

「歌えない、というのは?」

 思い切って尋ねた蒼空の問いに美里の母親は眉をひそめた。

「美里は中学の時に声帯を除去してしまって、声を出すことさえ困難だったのよ? 普通の会話もひどい重労働で、歌うなんてとてもできるような状態ではなかったわ」

 篤志は蒼空を見た。蒼空も戸惑ったように篤志の方を見ている。四月にはこの世にいなかったばかりか、もっと前から歌えるはずもなかったと言う。しかし、篤志たちと四か月の間ともに過ごした美里は、明るく爽やかな、それでいて力強い声で楽しそうに歌っていた。

「あなたたち、本当に美里とバンドを組んでたの?」

 母親の声音は明らかに篤志たちを警戒していた。だからと言って、本当のことを話しても信じてもらえるはずがない。むしろ不謹慎だと余計に信頼してもらえなくなるだろう。

 何とかこの場を納めなくてはという焦りだけで、篤志は咄嗟に口を開いていた。

「ど、どうりで! 実は練習中も美里さんは口数が少なかったので、演奏について何を思っているか分からないことが多かったんですよ」

 篤志の説明に蒼空も援護射撃を放つ。

「楽器はキーボードです。俺の家にあったやつを使ってました」

「そう……」

 信じたのかどうかは分からない。母親はそれだけ呟くと力なく肩を落とした。篤志と蒼空は手に汗を握りながら次の言葉を待つ。

「……美里はどうでした?」

「すごく人の心を惹きつける演奏でした。作る曲も」

「そうですか……」

 そう言って母親は再び目を伏せた。ポーカーフェイスが張り付いたその顔からは、何を思っているのか読み取れない。その後も冷や冷やしながら会話を続けたが、母親の表情が崩れることはなかった。


「なんか美里と違って怖い人だったな」

 家を出て開口一番に蒼空が言った。篤志もそれには同調する。見ず知らずの高校生相手とはいえ、それだけではない威圧感を感じた。記憶を遡ってみるが、思い当たる理由もない。

「実感ないけど、とりあえずバンドはもう終わりってことだよな」

 蒼空が言った。篤志は言うべき言葉が何も思いつかず、ただ黙って蒼空を見つめる。蒼空はため息を一つつくと、篤志を置いて歩き出した。篤志もその後ろをついて歩く。

 考えても辻褄が合わないことばかりで、思考回路がおかしくなりそうだった。美里は四月に亡くなっていた。それどころか、中学生の時には歌も歌えない状態だったと言う。この情報が正しいとすると、つい先日まで一緒にバンドの練習をしていた美里は――そこまで考えて、篤志はある一つの可能性に思い当たり足を止めた。有り得ないとは思うが、これまでの話はきれいに繋がる。

「どうした?」

 後ろから聞こえていた足音が止まり、不審に思った蒼空が振り返る。果たして蒼空はこの話を信じるだろうか。馬鹿らしいと飽きれるだろうか。

「あのさ」

 意を決して顔を上げた瞬間、視界に入ってきた姿に驚愕して篤志は固まった。不思議そうな顔でこちらを見ている蒼空の向こうに、篤志の可能性を決定づける人物が立っている。

「美里っ!」

 蒼空も後ろを振り返った。いつもと同じ制服姿の美里が、塀に背中を預けて悲しそうに微笑んでいる。近寄ろうとするが、先ほどまでの話が引っ掛かり二人とも足が止まってしまう。

「ここにいるってことは、全部わかっちゃったんだ」

 美里が二人に向き直って寂しそうに笑った。その姿はとても死んだ人間だとは思えない。

「どういうことだよ!」

 蒼空が一歩詰め寄る。その後ろで、篤志は自分の考えが正しいことを確信していた。

「幽霊……なのか?」

「は!?」

 蒼空が目を怒らせて篤志を見る。そして振り返ると美里の反応を待った。

 美里は――静かに頷いた。

「公園に行こっか。そこで全部話すね」

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