芹沢美里との対面
ポート南駅から15分ほど歩くと閑静な住宅街に行き当たる。この辺りの住宅は篤志の住んでいるマンションとは違い、医者や弁護士といった少し裕福な家庭が多い。今、篤志が目の前にしている家も外装からして、篤志よりも一つ上の階級の家族が住んでいるのであろうことが想像できた。西洋的で凝ったデザインが施されたレンガ造りの家は、玄関から門までの道が丁寧に手入れされたガーデニングで飾り付けられている。
校門で捉まえた女子生徒――遠藤美穂の案内で篤志は美里の家の前に来ていた。先ほどの女子生徒との会話が脳裏によみがえり、篤志は唾を飲み込んだ。
――芹沢さんは亡くなりましたよ。この四月に
「この時間はまだ誰も帰ってないと思いますよ。確か共働きだったはずですから」
美穂に言われても篤志はその場を離れる決心がつかなかった。四月に死んでいるのなら、ここに住んでいたのは篤志の探している美里ではないはずだ。そう分かっていても、確認するのが怖い。
「うちに何か用ですか?」
突然、後ろから刺々しい声をかけられた。二人は慌てて振り返る。
「あら、遠藤さん?」
「おば様……」
振り返ると険しい表情をした女性が二人を見つめていた。ほっそりしていて神経質そうな顔をしているが、よく見ると美里の面影がある。
母親の視線を受けて美穂は急いで一歩前に出ると、手で篤志の方を示した。
「あの、芹沢さんの知り合いだというので……」
「美里の? 失礼ですけど、どちら様?」
「村上篤志といいます。あの、美里さんとはバンドを組んでいまして、急に連絡が取れなくなってしまったので……」
母親は真偽を確かめるように篤志を上から下までじっくり観察している。その視線に圧倒されて篤志は言葉を途中で止めた。一通り確かめると、母親は篤志を無視して家の中へ入っていく。話を聞いてもらえないのだと落胆していると、玄関の扉に手をかけたところで母親が振り返った。
「どうぞ、中に入って」
篤志は美穂を見た。美穂は首を振ると「私は塾があるので失礼します」と母親に頭を下げて去っていった。仕方なく篤志は一人で母親の後に続いた。
案内されたのは洋風な外観からは想像がつかなかった畳部屋。一歩足を踏み入れると、真っ先に目についたのは黒光りする豪華な仏壇だった。何かに引き寄せられるように仏壇に近づくと、中央に飾られている写真が目に入る。少し腰をかがめて確認すると、そこに写っていたのは笑顔の美里だった。
有り得ないと思っていた可能性が、現実となって容赦なく篤志の目の前に落とされた。
「喉の腫瘍だったわ。亡くなったのは今年の四月よ」
入口に目を向けると、母親がお茶を持って立っている。母親が机にお茶を置くのに合わせて、篤志ものろのろとその前に腰を下ろした。
「最初に腫瘍が見つかったのが中学生の時。手術で除去したのだけど、一年ほどで再発してしまってね。その後はずっと入退院を繰り返していたわ。それが四月に入って急に症状が悪化して……」
母親の話を篤志は湯呑に視線を落としたまま無表情で聞いていた。説明されている内容は断片的にしか頭に入ってこない。美里が本当に死んでいたという事実を受け止めるので精一杯だった。
「……美里さんが亡くなったのは、本当に今年の四月なんですか?」
震える声で篤志は核心をついた。美里の母親は不審感を露わにする。
「ええ。せっかく入学した高校もほとんど通うことができなかったわ」
背筋に寒気が走る。美里は確かに8月の終わりまで存在していた。この厳格そうな母親が嘘をつくとは到底思えない。あれは別の芹沢美里だったのか。
もう一度仏壇の遺影に目を向ける。何度見てもつい先々週まで一緒に練習をしていた美里の顔だった。
「あなた、その制服は北條高校の生徒よね? 美里とはどこで知り合ったの?」
茫然と遺影を見つめる篤志に、今度は母親が問いかける。篤志は顔だけ前に座る母親に向けると、視線は机の上に落としたまま言葉を探した。
「その、公園で練習してるところをたまたま見かけて……」
「公園で?」
母親は片眉を上げた。事実を述べているのだが、深く追及されれば今の頭では上手く切り抜ける話法が思いつかない。
母親が口を開いてさらに問い詰めようとするのを遮って、篤志は突然立ち上がった。
「すみません。まだ混乱していて……同じバンド仲間のやつにもこのことを知らせてきていいですか? そいつも線香をあげたいと思うんで……」
「……わかったわ」
「すみません。失礼します」
篤志は逃げるように部屋を飛び出した。一人の頭で考えるには複雑すぎる。とにかく蒼空に判断してもらうしかない。
篤志は家を出るとすぐに携帯を取り出して蒼空の名前を探していた。




