美里の行方
美里が来なくなって一週間が経った。今までもたまに来ない日はあったが、三人の中で一番出席率のいい美里がこんなに日を空けるのは初めてだ。
夏休みの最終日も美里は来なかった。いつもいるはずの存在がいない、というだけで練習の空気も暗くなる。打ち解けたはずの二人の口数も少なかった。
「今日も来なかったな」
ギターを片づけながら蒼空が言った。
「こんなことになるなら、気持ち悪いと思われてでも後をつけて、家を調べとくべきだったな」
頭を掻きながら蒼空は悔んだ。篤志は何とも言えず、曖昧な相槌を打つことしかできなかった。
篤志も蒼空も美里の連絡先を一切知らなかった。練習の時はいつも美里が先に来ていたし、来ない日は前日に言われていたので連絡を取る必要がなかったのだ。通信技術が発達した時代で音信不通になるとは思わなかった。
「もう、諦めちゃったのかな」
美里が急に帰ってしまった日の会話を思い出せば、もう人前で披露すること自体を諦めてしまったのではないかという不安はあった。
「ここまで俺たちを引っ張りこんどいて勝手すぎるだろ」
心配する篤志とは反対に蒼空の声には怒気すらこもっている。蒼空は美里がこなくなって三日目辺りからずっと機嫌が悪かった。
「明日も来ないようなら俺はもう来ないぜ」
「え!?」
篤志はギターケースを持ちあげようとしていた手を止めて振り返った。蒼空は何事もなかったかのように篤志の帰り支度を待っている。
「それって、バンドを辞めるってこと?」
「さすがに一週間も連絡が取れないとなると、転校の準備とかで忙しくなったんじゃね?そうならバンドなんてできねーだろ」
篤志は答えられなかった。美里のことを好きな蒼空がバンドを辞めるとは思っていなかった。
このままだと本当にバンドが解散してしまう。しかし阻止するための良作は思いつかず、篤志は途方に暮れたまま新学期を迎えた。
「夏休みどうだったよ? どこか行った?」
あちこちで夏休みの報告が行われている中、篤志に声をかけてきたのは浩二だった。篤志の腕を見ながら浩二が問う。それも仕方のないことで、毎日外で練習をしていた篤志はすっかり日に焼けて黒くなっていた。誰が見ても海かどこかへ遊びに行ったと思うであろう。そう言う浩二も、篤志ほどではないが薄ら日に焼けている。髪も休み中に染めていたのか不自然な黒色をしていた。
「旅行は行かなかったよ。でも、近場で出歩く機会が多かったから意外と焼けた」
「俺も俺も! バンドの練習で学校に来てただけなのに焼けたよ。バンドはビジュアルも大事なのに」
「大丈夫だ。お前の場合は焼けたことでワイルド感が増していい味出してる」
ひでー、と苦笑してから、浩二は何かを思い出したのか、一つ手を叩いた。
「そうだ、俺、再来週の北條祭で演奏するから見に来てよ」
「そっか。北條祭って再来週か」
縁がないのですっかり失念していた。9月の終わりに行われる北條高校の文化祭。基本的に部活単位で動くので、帰宅部の篤志には無関係な行事だ。
「村上って学校で生きてないよな。ちゃんと青春してるか?」
そう言われて真っ先に美里の顔が思い浮かぶ。今どこで何をしているのだろうか。元気にしているのだろうか。
「してるよ」
返答を聞いて浩二は意外とばかりに眉を上げた。
「へえ。まあ、部活で青春ってのも悪くないぜ。俺たちの演奏を聴いて入るかどうか考えてくれよ」
「まだメンバー探してたのかよ。もう発表だってするんだろ?」
「俺が単に村上を欲しいだけ」
呆れて篤志は遠慮なくため息をついた。そのため息をかき消すように始業のチャイムが鳴る。担任が入ってきたことで、教室のあちこちで集まっていた集団は解散していく。浩二は最後まで粘り強く自分のバンドの宣伝をしてから席に戻っていった。
篤志は学校から帰ると、そのまま広場に向かった。祈るようにして見回すが、美里の姿は今日もなかった。
とりあえず一人で練習をしていたが、夕方になっても美里はおろか蒼空すら来なかった。
「やべーな」
無意識のうちに独りごちる。バンド解散が目の前に迫っていた。
このバンドのおかげで、ようやく自分の居場所を見つけられたような気がしていた。逃げるだけじゃなく、立ち向かうことを覚えたのも、新しい世界を知ることの楽しさを覚えたのもバンドがあったからだ。こんな形で終わらせたくはない。
「……よしっ」
篤志は一人、決意を固めると拳に力を入れたまま家路を急いだ。
翌日、篤志は美里が通っているという坂城高校の前に来ていた。残された美里の情報はここしかない。出てくる生徒の好奇の目に耐えながら、篤志は辛抱強く美里が出てくるのを待った。
待てども待てども美里は一向に現れなかった。次第に出てくる生徒の数も減ってくる。
篤志は勇気を振り絞って、出てきた女子生徒に声をかけた。
「あ、あの!」
「はい?」
声をかけられた女子生徒は露骨に篤志のことを警戒している。嫌そうな態度にもめげず、篤志は思い切って尋ねた。
「一年生に芹沢美里さんっていませんか?」
よし、言えた! ――それだけで篤志は心の中でガッツポーズをしていた。これで全て解決するような気がしていた。
しかし、返って来た答えは篤志の思考を全て止めた。
女子生徒は一瞬、目を丸くして驚いたかと思うと、不快そうな表情で篤志を観察してから言った。
「芹沢さんなら亡くなりましたけど」
「……え?」
篤志の動きが止まった。耳も脳も女子生徒の言葉を上手く掴めていない。何を言われているのか全くわからなかった。
「亡くなった? そんな馬鹿な」




