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別れの知らせ

 スト―キングの一件があってから、篤志と蒼空の距離は格段に縮まった。もともと避けていたのは篤志の方だけだったので、篤志がようやく壁を取り払ったというのが正しい。

 話してみると蒼空との会話は新鮮だった。趣味も考えも違うのだが、話が合わないということはない。むしろ蒼空は篤志の知らないことを教えてくれるので、篤志の興味の範囲がどんどん広がっていった。

 始めは急な変化に首を傾げていた美里も特に深い詮索はしなかった。篤志と蒼空が打ち解けることを誰よりも願っていたのは美里だ。二人の関係がよくなり、路上ライブが満足のいくものになるのであれば、それでよかった。

 夏休みもあと1週間になり、篤志は朝も夜も宿題の追い込みで忙しくしていた。練習が始まるギリギリまで英作文と格闘し、息を切らしながら広場に駆け込む。先に来ていたのは蒼空だけで珍しく美里の姿がなかった。

「あれ? 美里は?」

「まだ来てねー。始めてようぜ」

「そうだな」

 二人はギターを構えると発表予定の曲を順番に演奏し始めた。もう個人練習は必要ないほどにそれぞれのパートは弾きこんでいる。全員の音が交わることで見えてくる世界を調整する段階まできていた。

 二人が楽譜を並べて書き込みながら意見を出し合っていると、ようやく美里がやって来た。いつものように「よう!」と声をかけようとして、蒼空は上げかけた手を途中で止めた。篤志も美里の異変に気がついて立ち上がる。

 一歩一歩近づいてくる美里は、全ての生気が抜け出したかのようだった。足元は頼りなくふらつき、視線も待ち構えている2人を捉えていない。バンドのムードメーカーだった美里ではなかった。

「どうかしたのか?」

 身体を支えてやりたくなる衝動をぐっと抑え、篤志はガラス細工を扱うかのようにそっと尋ねる。美里はゆっくりと声のする方を見上げると、「何でもないよ」と力なく笑った。

「さ、始めよう! いいところまできてるから、早く完成させてライブをしよう!」

 無理やり絞り出したかのような空元気で美里が言う。篤志と蒼空は一度顔を見合わせたきり美里の指示に従った。

 ボーカルが加わるとギターだけの演奏とはまた違った色が出てくる。風景画に人やモノの動きが加わったような賑やかさ、そして曲の深みもぐっと増す。その色合いが濃くなりすぎないように、配置が雑然とならないように、曲が終わるごとに3人は意見を楽譜に書きこんでいった。

 意見交換にも時間を割いたせいか、全曲の通しが終わった時にはすでに2時間近く経っていた。

「もうこんな経ったのか。時間かけすぎたかな」

「いや、でもちゃんと詰めておきたかったし。学校始まったらこんなに時間取れないからさ」

 蒼空に言われて篤志も「そうだな」と頷いた。一日中練習をしていられる時間も限られている。全曲をあわせるような時間のかかることは今のうちにやっておくのが得策だ。

 篤志も蒼空も自然と休憩モードに入り、各自持参した飲み物で喉を潤す。水分が満たされたところで、篤志は違和感を覚えた。

 顔を上げると、いつもは休憩で真っ先に口を開くはずの美里が俯いたまま何やら考え込んでいる。気がつけば蒼空も心配そうな顔で美里を見つめていた。

「どうした、美里? 疲れた?」

 全曲を休みなしに通したのは今日が初めてだ。美里は朝から様子もおかしかったし、篤志がそう気を使うのも当然だった。

 しかし、美里は篤志を見るでもなく、そのまま頭を抱え込んで叫んだ。

「もう! 全然だめ!」

「……よくなってるじゃん」

 少し間をおいて、蒼空が優しい口調で励ます。だが、美里は聞く耳も持たずに首を振った。

「このペースじゃ間に合わないの」

「間に合わない?」

 か細い声で呟かれた深刻な言葉に、篤志と蒼空は顔を見合わせた。

「間に合わないってどういうことだよ?」

 今度は篤志がそっと尋ねる。美里は頑なな表情で俯いたまま答えない。

 このバンドに期限などなかったはずだ。まだ発表の場も日にちも決まっていない。それにもかかわらず必死に焦っている美里を見て、篤志は一抹の不安を覚えた。

「なあ、言ってくれなきゃ分からないだろ!」

 珍しく感情的に言い放った篤志を驚いた眼で美里は見つめた。ようやく美里と目が合う。

 美里は何かを言おうと少し考えてから、静かに口を開いた。

「私、いつまでもここにはいられないの」

「え?」

 篤志と蒼空の声が重なった。美里は2人の表情を確認すると再び俯いた。

「ここにはいられないって……転校でもするのか?」

 篤志の問いに美里は無言で頷いた。何も知らされていなかった2人は、美里の言葉を受け止めきれずに固まっている。そんな大事なことを、どうして――

「どうして言ってくれなかったんだよ」

 悲しみと怒りを帯びた声は篤志のものだった。美里は顔を上げずに答える。

「急に決まったの。知ってたら、いつまでもバンドなんてやってないよ」

 昨日か、今日か、それとももう少し前から知らされていて、美里もどう伝えようか悩んでいたのだろうか。

「いつ転校するんだ?」

 幾分か和らいだ声に美里は「わからない」と答える。

「でも、もう時間はないの」

 それ以上言葉を続けられず、篤志は地面を見つめた。

 青天の霹靂とはまさにこのことだ。美里とこんなに早く別れることになるとは思ってもみなかった。もっとずっと、この先も3人で続けていくのだと、そう思っていた。

「そうは言っても、今のこの状態で路上ライブは危険だ」

 落ち込む2人の間に冷静な声が割って入った。2人が顔を上げると、蒼空が静かに美里を見つめている。全曲を一通り弾き終えているとはいえ、人前で披露するには足りない部分が多い。美里もそれは十分わかっているはずで、悲しそうに笑った。

「そうだよね。無理言ってごめん……」

 落ち込む美里を励ますように蒼空は言った。

「路上ライブは無理だけど、別の形で発表できないか考えてみよう」

「別の形って?」

 篤志が尋ねると蒼空は視線を宙で彷徨わせる。

「それはこれから考える」

「……ありがとう」

 力なく笑って美里は言った。

「でも、ごめん。今日はもう帰るね。頭冷やしたい」

「え?」

 おもむろに立ち上がると、篤志たちの引きとめる声も聞かずに美里は走り去っていった。

 それから1週間。美里が練習に顔を出すことはなかった。

 蝉の誰かを求める叫び声が緑の広場に響き渡る。

 夏休みが終わる。

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