男の友情
「じゃあ今日はここまでにしよう」
美里の指示で男2人も帰り支度を始める。美里が視線を逸らした隙に、2人はこっそりアイコンタクトで作戦を確認した。
広場を出たところで蒼空と別れ、いつもの分岐点で篤志と美里も別れる。
「じゃあ、また明日」
「また明日」
いつもと変わらない帰りの光景。美里が角を曲がったところでミッションスタートだ。篤志は全力で美里の後を追いかけた。昨日よりも早く曲がり角に辿り着く。今日こそ見失うはずがない。
身を隠しながら、覗いた先をくまなく眺めまわす。歩道、車道、それを分断する横断歩道――だが、どこにも美里の姿はない。通りの反対側には、こっそり先回りをしていた蒼空の姿が見える。身を隠すのをやめて、篤志はよく見るために歩道を歩きだした。
「……どうなってるんだ?」
人通りもそこまで多くないので見失いようがない。だが、いくら辺りを見渡しても美里を見つけることは出来なかった。
篤志の様子に気がついた蒼空も反対側から駆け寄ってくる。
「美里は!?」
「角を曲がった時にはもういなかった」
「嘘だろ?」
蒼空は眉をひそめた。その表情が信じられないと訴えている。
「だって俺は駅から真っ直ぐこの通りに出たぜ? 時間的にも篤志と美里を挟み込む形になってたはずだ」
「でも、いなかったんだよ。美里が曲がるのを確認してすぐに走って駆け寄ったけど、美里はもういなかった」
「そんな馬鹿な……」そう呟いてから、蒼空は視線を横に伸びている横断歩道に向けた。「そこの信号を渡っちまったんじゃないのか?」
「向こう側だって見たけどいなかったよ」
「そうか……」
蒼空は横断歩道の先を見つめたまま静かに言った。大きい横断歩道なのでそう簡単に見失うことはない。
「どうする?」
「どうするって?」
「明日もやるのか?」
篤志に聞かれて蒼空は少し考えるように地面を見つめた。
「いや、もういいや」
「なんだよ。正体を暴くんじゃなかったのか?」
「正体って……」
苦笑すると蒼空は夜空を見上げた。外の空気は温いが、遥か上方に見える月は心地よい温かさを持った光で二人を包みこむ。
「やっぱ気持ち悪いよなって、ちょっと冷静になった」
それを聞いて篤志は堪え切れず盛大に噴き出した。
「何だよ!」
「ご、ごめん。蒼空っていつも落ち着いてるイメージだったから意外で……」
苦しそうに息をして笑っている篤志を見て、蒼空は拗ねたように顔をそむけた。
「落ち着いてなんかねえよ」
蒼空はガードレールにゆっくりと腰をかけた。篤志は蒼空と対峙するように立ったまま、次の言葉を待った。
「美里にはいいとこ見せたいからギターもめっちゃ練習したし、毎日話してるときだって盛り上げるのに必死だし」
「まじで? 全然見えない」
「当たり前じゃん。ばれたらかっこ悪いだろ」
そう話す蒼空の耳はほんのり赤い。自分とは違う世界の人間だと思っていた蒼空を初めて近くに感じた。
「あのさ」
ぐっと縮まった距離感に後押しされて、篤志も思い切って打ち明ける。
「俺も美里のこと好きなんだ」
蒼空がこちらを向く。視線が合い、それだけで篤志は息をのんだ。だが、蒼空は全く動揺した様子もなく言った。
「そんなん知ってるよ」
「え? ええ?」
目を丸くして驚く篤志に、蒼空は小さく呆れたようなため息をついた。
「見てりゃわかるって。俺の気持ち教えたのだっていちおう牽制のつもりだったんだけど」
「そ、そうだったんだ。俺なんか牽制しても意味ないと思うけど」
篤志としてはまさかライバルの1人にカウントされているとは思わなかったので、牽制と言われても全くピンとこなかった。
蒼空はそれを聞いて意外そうに少し眉を上げると「気づいてないのか……」と意味深に呟いた。
「でもまあ、同じバンドでそういうのはやっぱよくないよな」
「え?」
ガードレールから腰を上げると、蒼空は不思議そうな顔をする篤志に言う。
「気まずいじゃん。お互いに嫉妬したりとか、そんなんで上手くいくはずない。幸か不幸か美里は今のところ全くそんな気はないみたいだし、せめて美里が希望してる路上ライブが終わるまではそういうのなしにしようぜ」
「そうだね」
篤志も蒼空も恋のライバルとはいえ、バンド仲間としての思いは同じだ。もう路上ライブの夢は美里だけのものではない。
蒼空に異論はなかった。篤志も頷いて蒼空に答える。
星々が二人の誓いを見守っている。恋愛休戦協定とともに男の友情が結ばれた夜だった。




