美里の謎
曲が全て出そろってから2週間が経ち、篤志たち北條高校の生徒たちは待ちに待った夏休みを迎えた。1日の練習時間は格段に増え、もともと器用な蒼空はギターの腕をかなり上げた。長期休みのため三人ともそれぞれに予定があり、毎日練習とまではいかなかったが、それでも8月の頭にはコピー曲3曲、オリジナル曲2曲が完成していた。
毎日ではなかったが、今までよりも美里といる時間が増えたことに篤志は密かな喜びを感じていた。もちろん蒼空も一緒なのでなかなか2人きりにはなれないが、蒼空が来られない時などは気兼ねなく話すことができた。蒼空との関係は改善されたが、同じバンドでやっていく仲間としてはあと一歩踏み込んだ関係になれれば、といった状態だった。
8月も残すところ2週間ほどになり、残っている宿題が気になってきた頃。その日の練習は祖父母の家に行っていた蒼空も戻ってきて、久しぶりに3人で合わせた。蒼空は祖父母の家でも父親が昔使っていたギターで練習していたらしく、数日のブランクを感じさせるどころか一段と腕を上げていた。
「再来週から新学期かあ。せっかく思うような演奏が出来るようになってきたところなのに、まだ始まってほしくねーなあ」
「うわっ! 思い出させないでくれ!」
ギターをケースに仕舞いながら呟いた蒼空の言葉を聞くまいと篤志は両耳を塞いだ。蒼空はすでに宿題のほとんどが終わっているらしいが、篤志は今日も帰ったら必死にレポートを書かなくてはならない。
「篤志はまだ宿題が残ってるんだっけ?」
美里の問いに篤志は不本意ながら渋々頷く。
「そう言う美里はどうなんだよ?」
「私はもう終わってるし」
「しっかりしてるもんなあ」
計画性があって毎日コツコツ努力するという点で美里と蒼空は共通している。2人をこっそり見比べて篤志は一人落ち込んだ。
「そういえば美里ってどこの高校に通ってんの?」
ギターケースを肩から掛けて、帰る準備万端の状態になった蒼空がふと尋ねた。篤志も手を止めて美里の方を振り返る。よく考えると篤志も蒼空も美里の高校を知らない。
「坂城高校だよ」
「え! けっこうな進学校じゃん」
事もなげに美里が挙げた高校は、県内でも有数の進学校だ。失礼ながらも篤志と蒼空は驚いていた。北條高校も進学校だが、坂城高校はさらに偏差値が上だ。話を聞く限りでは、美里のように毎日バンドの練習をしていて、勉強についていけるほど易しい学校ではない。
「なあに? 私が坂城高校だと意外?」
心外とばかりに唇を尖らせて拗ねる美里を見て、篤志も蒼空も慌てて手を振る。
「いや、坂高だとここからちょっと遠いじゃん? だから意外で……」
「家がこの辺なの」
「へー、どこ? 篤志の家と近い?」
質問しているのは蒼空だけだったが、篤志も興味津々だった。場所によっては帰りに送っていくこともできる。
美里は困ったように笑って「うーん、内緒」と口の前で人差し指を立てた。
「バンド仲間に秘密はなしなんじゃねーの?」
面白くなさそうに蒼空が言うと美里は申し訳なさそうに「ごめんね」とだけ言った。そう言われてしまうと篤志も蒼空も突っ込めない。美里は話したくないことがはっきりしていて、口を割らないと決めたら何を言っても無駄だということを経験上知っている。
腑に落ちない変な空気のまま解散となった。
「じゃあな」
広場で蒼空に手を振り、美里と歩きだしたところで篤志は後ろから腕を引かれた。
「な、何?」
「美里のあとつけてみろよ」
耳元でこっそり蒼空が囁く。
「な、嫌だよ。そんなストーカーみたいなこと」
「篤志は気になんねーの? 美里の家」
もちろん気にならないと言えば嘘になる。好きな子の家を知りたいというのは、いつの時代も変わらない人間の願望だと思う。
「……わかった」
「頼むぜ」
蒼空は篤志の肩を軽く叩くとそのまま駅に向かって駆けて行った。その後ろ姿を茫然と見送っていると、先を歩いていた美里が篤志がいないことに気付いたのか戻ってきていた。
「何を話してたの?」
「いや、学校のこと。帰ろう。それより昨日CDショップに行ったらさ……」
適当に交わして無理やり話題をそらす。美里は不審がる様子もなくそのまま話にのってきた。
音楽の話や学校の話をしながら歩いていると、あっという間にいつもの分岐点に辿り着いた。いつもなら残念に思う瞬間なのだが、今日は特別な任務を背負っているせいか緊張が走る。
「じゃあまた明日」
「また明日」
そう言って美里が角を曲がるのをしっかりと確認すると、篤志は足音を立てないように走って後を追った。美里が曲がった通りは大通りに面しているので見通しがよく、見失うことはまずない。
角を曲がって身を隠しながら辺りを目を凝らして見渡す。
「……いない?」
先ほど曲がったばかりの美里の姿はどこにもなかった。




