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篤志の曲

「蒼空、ちょっと」

 声を掛けられて蒼空は鞄に教科書を詰める手を止めた。顔を上げると、学校でも練習でも滅多に話しかけてこない篤志が立っている。

「何?」

「俺、今日から二、三日は練習に行かないから、美里にそう伝えておいてくれないか?」

「いいけど、どうかしたのか?」

 蒼空が入る前も入ってからもテスト期間を除けば毎日練習に参加しているという篤志が、数日とはいえ休むのは珍しい。昨日の練習が気まずい雰囲気だったことも思い出されて、蒼空は少し心配そうに尋ねた。

「少し籠って曲を完成させたいんだ」

「曲って……ああ、例の美里から託されたっていうやつか」

 一瞬、蒼空の視線が外された。言葉にもどこか棘があるように感じて、篤志は少し不安を覚える。

「あの、まずいか?」

「いや、まずくはない。伝えておくよ」

「必ず戻るから。頼んだ」

 篤志は蒼空に背を向けて急いで教室を出た。蒼空はそれを真剣な表情で見つめていた。

 篤志は三日間、学校が終わると真っ直ぐ家に帰って作曲に取り組んだ。こんなに真剣に何かと向き合ったのは初めてかもしれない。野球もサッカーも水泳も、今まで興味を持ったものは次第に他の子との差がはっきりと見えるようになると、これが自分の限界なんだと決めつけてやめてしまった。

 何事も長く続かなかった篤志が、唯一続けているものがギターだった。きっかけは本当に単純で、篤志が小学生の時にデビューしたギターデュオ・バレンシアが好きだったことと、彼らが自分と同じ小学生の時からギターを始めたという話を聞いたからだ。まだ周りでギターを始めている友人がいなかったのもあり、暇さえあれば篤志は家でこっそり練習をしていた。地道な練習と誰かと競う環境ではなかったこともあり、篤志はギターの腕に関してはかなり自信があった。それこそ、誰にも負けないぐらいに。

――自分が自信を持っていたものを後から来た人に追い越されるのは悔しいよ。でもだからこそ負けるもんかって頑張るんじゃないの? そうやって切磋琢磨するから上手くなるんじゃないの?

 ギターが誰よりも好き、音楽が誰よりも好き、この気持ちはこの先もきっと変わらない。続けていくならどこかで壁にぶつかるのは当然だ。誰かと競いあわなくちゃならない場面だって出てくる。でも、それを乗り越えてこそ、きっと人は上手くなる。何物にも代えがたい自信が得られる。たとえどんなに蒼空が器用で出来る男だとしても、音楽でだけは負けたくない。

 篤志は強い信念を胸に、自分の全力を尽くして美里の曲を書き上げた。

 宣言通りの三日後、篤志はいつもの広場へと足を運んでいた。ギリギリまで楽譜に書き加えたり訂正を入れていたので、到着した時には美里も蒼空も練習を始めていた。

 篤志が広場に足を踏み入れると、真っ先に気がついたのは美里だった。花が開いたように眩しいほどの笑顔で近づいてくると、期待に満ちた目で篤志に問いかける。

「できたの?」

「ああ」

 この先、蒼空と競わなくてはならない場面に遭遇しても、もう逃げたりしない。篤志は迷いのない表情で力強く頷いた。

「さっきまで手直しとかしてたから、ちょっと変更してる部分もあるんだけど」

 そう言いながら篤志はコピーした楽譜を二人に渡す。曲は蒼空に負けじと二分近くある。

篤志は手近なベンチに腰を下ろすと、さっそくギターを膝の上に乗せてスタンバイする。美里と蒼空も篤志の前に座った。

 いざ人前で披露するとなると、直前まで練りに練った曲とはいえ不安になる。蒼空もこんな気持ちだったのか、そんなことを考えながら、篤志は全ての判断を二人の観客に委ねた。

 曲のイメージは美里のように明るく爽やかで真っ直ぐな光。聞いた人に希望を与えるような、そんなイメージだ。小細工は使わず、ストレートに聞き手に伝わるようなメロディーにこだわった。美里の歌は誰か特定の人に聞いてもらうんじゃなく、老若男女問わず受け入れてもらいたい。

 弾き終えるとしばらくの沈黙があった。篤志自身にもようやく人前に出すことができた達成感で胸がいっぱいだった。しかし、あまりにも二人の反応がないので次第に不安が募る。

「どう……だった?」

 不安で手からは汗がじわじわと出てくる。すると、我に返った美里は勢いよく立ちあがり、腫れるんじゃないかというぐらい手を叩いた。その横では蒼空も拍手で篤志の演奏を労っている。

「すごい! すごいよ、篤志! 期待以上だよ!」

 手放しで喜ぶ美里の言葉に、篤志は頬を薄く紅色に染めて俯いた。美里のために作った曲だ。本人にこれほど喜ばれればこれ以上の幸せはない。

 だが、篤志はもう一つ気がかりなことがあった。

「蒼空は? 蒼空はどうだった?」

 美里が隣に立つ蒼空を見上げた。篤志も静かに立っている蒼空の反応を窺う。

「よかったよ。直すところもない」

 蒼空の一言で、篤志の中のあの黒い感情が浄化されていくような気がした。勝ったとか負けたとかの話じゃない。蒼空に認めてもらえたことで、ようやく同じ舞台に立っていていいのだと思えた。これからもこうやって競い合って、足りないところは補っていけばいいのだ。

 美里の曲が一曲、蒼空の曲が一曲、そして美里と篤志の合作が一曲。目標のオリジナル三曲が完成した。

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