後編☆
うーん。微妙。
薬を飲んだアレクサンドリアは夜着に着替えた。すぐさまベットに入った。すると、身体中の体温が上がり、彼女はまるで急病にかかったような姿になった。
入って来た女官はこれを見て、訝しげな顔をしたが、たちまち夜会を欠席することを了承した。
数時間後、アレクサンドリアの体調が元に戻った。
「ハァー……、つっかれたぁー。この薬マジやベーな」
アレクサンドリアは汗を拭き、化粧を落とす。
「アレクサンドリア様、下品な言葉使いはおやめください」
クリステルがたしなめた。しかし、アレクサンドリアは軽く返す。
「いーじゃんよ、別に。っていうかさ、明日何の日か知ってる?」
「あら、何の日でした?」
クリステルは分からないといった顔をした。アレクサンドリアは呆れ顔をした。
「何言ってんだよ。明日は……」
彼女は満面の笑みを浮かべた。
「なんと、側室記念日三回目!! つまり!?」
クリステルもパアッと顔を輝かせ、満面の笑みを浮かべた。
「私達がこの檻(離宮)から解放される日ですね!!」
「そのとおりだぜ!! イェーイ!!」
二人は互いを抱きしめ合い、喜び合った。
「長かった。長かったよ、この三年間。愛しの天使達の力を借り、仮病を使い、庭師殿に無理を言って男装して息子のフリをするのは楽しかったけど辛かった」
「私も辛かったですわ。恋人のドミニクに会えない日々を過ごすのは」
「いやいや、アイツついて来てたじゃん。たまに会ってたじゃん。キスしてたじゃん。ウハウハしてたじゃん」
クリステルは顔を真っ赤に染めた。
「あー、クリスちょー顔赤ーい」
「こっこら、アレックス!!」
「まーそー怒んなって。それよりもコレ!!」
アレクサンドリアがある物を差し出す。
「えっ、あの、コレって……」
それは滅多に手に入らない超高級な酒。それを見たクリステルは大丈夫なのかと心配になった。
「ムッフフ、だーいじょーぶ。ティファニー嬢んとこのクレアちゃんが差し入れしてくれたんだぁー。あとこれも」
それもまた同じような超高級な酒。
「これは、エリナー嬢んとこのジョアンちゃんからの差し入れ。みんな優しいよねー」
他の側室からも様々な差し入れがあった。その全てが酒だった。皆アレクサンドリアがお酒が女の次に好いていることを知っていたのだ。ついでにクリステルもお酒が大好きだ。
「今日は宴だぁ!! じゃんじゃん飲もうぜぇ!!」
「イェーイ! 飲みましょう!!」
こうして二人は酒に溺れていった。
「―――い」
誰かが己を揺さぶる。
「ん……」
アレクサンドリアはその手から逃げるように身をよじる。
「――起きろ」
再び揺さぶられる。
「んー……」
そして再び身をよじる。
「おい、起きろ! いつまで寝てるつもりだ!?」
「はっはいぃぃぃぃぃっ!!」
揺さぶられて怒鳴られ、アレクサンドリアは驚き、突っ伏していた寝椅子から飛び跳ねるようにして身を起こした。
その瞬間、目の前にいる人物と目が合った。
「アレ……陛下?どうしてここに?てゆーかクリスは?夜会に行っていたのでは……」
いるはずのない皇帝アリスタンドロスが何故か当たり前のように隣りに座っていた。
「どうしてだと思う?」
何故かクリステルがいない。アレクサンドリアの慌てる様子を見たアリスタンドロスは不適ににやりと笑った。人差し指で頬撫でられる。その感触に背中がゾクゾクとした。
不意に気付いた。
「あ、化粧……」
「してないな」
……彼は愉しげに笑った。アレクサンドリアの顔が蒼ざめる。
「なんで……って、やめっ……んぅっ!!」
アリスタンドロスは彼女をまるで逃がさないとでも言うように腕に抱き、彼女に口付けをした。
「お前の作戦通りにことが運んでいたとでも思ったか?」
なん……だと……!?
「バレていた!? い、一体いつからーー」
「最初からだ」
「なっ!! 一体どういうことだ!?あっ、そうだ、クリス!!」
アレクサンドリアは大声で侍女の名を呼んだ。しかし、クリステルは来ない。
「クリス? いるんだろ、クリス!!」
大声で何度も何度も呼ぶ。何度呼んでも、来る気配がなかった。
「クリス……?なんで、来ないの?」
「あの者はここにはおらん」
「なんで!?」
アリスタンドロスは愛おしげにアレクサンドリアの髪を撫でた。
「恋人と過ごしておるからだ」
「ドミニクと!?」
「あぁ、そうだ。今から余達もあやつらと同じように過ごすつもりだ」
アレクサンドリアの顔から血の気が引いていく。
「え……」
アリスタンドロスは再び彼女に口付けた。
「だが、その前に真実を聞かせてやろう。三年前のあの日、お前の顔の火傷について訳を語られたとき、お前は俯いていた。あの時は顔を見られたくなくてあまり気にも留めななかった。その日の晩、余はお前の元に向かった。しかし、お前は病気だった。もとから身体が弱いのだと言われ、それも気に留めななかった。だが、お前の元へ向かうといつも病におかされている。女官どももそうだ。これはおかしいと思ってな、お前の侍女や他の側室達に問いてみても誰も真実を話さん。だから、ある者を買収した。誰だか分かるか?」
「誰って、まさか! ドミニク!?」
「その通りだ」
まさか侍女の恋人が皇帝の犬だったとは。いや、それは充分にありうることだったはずだ。あの男はいつも私を邪魔者扱いしていた。表面上には出ていなくても、目がそう言っていたのだ。
ドミニクはクリステルからさりげなく情報を聞き出し、アリスタンドロスに伝えていたのだろう。それもこれも、アレクサンドリアからクリステルを取り上げ、自分のものにするためだ。
「あのヤンデレ野郎が!!」
アレクサンドリアは悪態をついた。それを見たアリスタンドロスは彼女を抱き上げる。彼女は暴れたが、彼はものともせずに彼女を寝台へほうった。彼女は寝台に倒れ込み、それに続くように彼はアレクサンドリアに覆いかぶさった。
「おかしいと思わなかったか? 何故庭師の息子のフリをし続けることが出来たのか。何故女官の目を騙せたのか。そして何故バレてはいなかったのかを」
アリスタンドロスは鼻で笑った。アレクサンドリアはただ呆然としていた。
「答えは他の側室とお前達以外は既にお前達の計画を知っていたからだ」
アレクサンドリアはハッとなり、暴れ出した。
「離せっ……!!」
「この日をずっと待ち侘びた。本当ならすぐにでもこうすることが出来たが、それではつまらん。遊戯というものは長く続いた方が愉しいのでな。それに達成感も大きくなる。お前が女好きだろうが、お前は余のものだ、アレクサンドリア」
アリスタンドロスの口端が上がる。騙していたつもりが、逆に騙されていたと知り、怒りが猛烈に沸いた。
「ふざけんなぁぁぁ――っ!!!」
アレクサンドリアはシャウトした。