前編☆
今日ものどかだ。空は青く、心地良い風が吹く。
「――――ス」
花々は穏やかに揺れ、噴水の水は美しく舞い上がる。
「――ックス」
太陽の光はとても暖かい。まるで包み込むような暖かさだ。
「アレックス!!」
「って、なんだよ!?」
相手は溜め息を吐いた。
「なんだよではありません。そろそろ時間です」
「うわっ、マジか!」
その場に座り込んでいたアレックスは立ち上がり、相手の方を振り返る。庭師の格好をした二人の人物は互いに顔を見合わせた。
「いっけね! つい、夢中になっちまった! 女官の奴ら、まだ来てねぇよな!?」
「えぇ、大丈夫です。しかし、今夜は夜会。急がねばなりません!」
「チッ! 夜会ってのはめんどくせーな」
「ほら、早く!」
「うわっ、ちょ、クリス引っ張るなって!」
二人は一目につかぬように、その場を移動した。そして、二人は人気の無いところに隠れた。
『お二人とも』
不意に奥から一人の女性が現れる。
「おぉ、アンナちゃ――ムグッ!!」
侍女が現れたことに気付いたアレックスは彼女に声をかけようとし、クリスに口を塞がれる。
「静かにっ!! バレたらどうするんです!!」
「す、すんません……」
アンナと呼ばれた侍女は二人にある物を差し出した。
「お急ぎください。女官の方々が参られます」
「サンキュー、アンナちゃん! いやー、いつ見てもちょー可愛いわ。どう? 今度二人でデートでも――」
「ふざけるのもいい加減にしなさいっ!! ほら早く着替える!!」
「……ちぇ」
アレックスは言われた通り着替えた。……ドレスに。
「いつ見てもお美しいですわ……」
「当たり前です。大陸一美しいと言われる姫君なのですから。でしょう? アレクサンドリア様」
途端にアレクサンドリアの顔が顰められる。かぶっていた帽子は取られ、長いプラチナブロンドの髪が現れている。
「マジやめろ、その名前。嫌いなんだから」
侍女の服に着替えたクリスは微笑み、優しく彼女を見つめた。
「その名は貴女様の大切な名。嫌いなどと言ってはなりません。それに、大陸一の美姫である貴女にはピッタリではございませんか!」
「何をおしゃっているのです? クリステルさん。大陸一美しいのは、我が主であるセリーナ様にあられます」
ちなみにアンナはファイファー国侯爵令嬢セリーナの侍女だ。
「そうだよ。何言ってんの、クリス。美しいのは私じゃなくてこの離宮に住む愛しの天使達だよ?」
「……健全さにおいては貴女の主の方が遥かに上ですわ、アンナさん」
「そうですわね……」
大国である、ここ、ファイファー国にはある変わった側室がいた。彼女の名はセイロア国第三王女アレクサンドリア・アーベル・セイロアーナ。長いプラチナブロンドの髪、ヒヤシンスブルーの瞳。大陸一美しい美姫と言われ、数々の縁談があったにも関わらず全て断った。
その理由は、彼女の性格にあった。アレクサンドリアは女でありながら、男のようにガサツで大の女好きだったのだ。たとえ性格に難があったとしても若ければお構いなし。女ならどんな女でもOK。迷わず受け入れる(ちなみに性的なことは一切しない)。そして逆に男は断固お断り。一言で表せば彼女は変態。
アレクサンドリア姫は、世にも珍しい残念な姫なのである。
「早く化粧してよ。この顔見られたら私死ぬ」
『分かりました』
アレクサンドリアは男が大嫌いだ。結婚しろと言われれば、直ちに死を選ぶ。
しかし、小国であるセイロアにとって同盟国のファイファーは大陸一の大国。強い権力者には逆らえない。アレクサンドリア姫を同盟を続けるための貢ぎ物として渡せと言われた時には、自国を守るために彼女は行くしかなかった。そして、侍女クリステルを連れてファイファー国へ出向くいたのだ。
アレクサンドリアは男に触れられるのも大嫌いだ。出来れば、回避したかった。しかし、側室となるのだからそうはいかない。
そこで彼女は思いついた。大陸一の美姫だから自分は欲される。だが、逆ならばどうだ?相手は決して欲しがらない。そう思った彼女は化粧をした。広範囲に火傷を負った顔に見えるような顔に。
ファイファー皇帝アリスタンドロスと初めての顔合わせの時、彼女はベールで隠していた顔を見せた。城を出る数日前に、誤ってポットの中の紅茶を顔からかぶっていまい、火傷を負ったという嘘を言って。
しかし、そうはいかなかった。アリスタンドロスは確かに彼女の顔を見て、己の顔を顰めた。が、彼はこう言った。
『顔のことは残念だ。だが、今日はそちらに赴こうと思う』
その言葉にアレクサンドリアは最終手段で、ある薬を飲んだ。一時的に高熱を出す薬だ。これにより急病を偽り、これをやり過ごした。
皇帝、もしくは女官が来た際には必ずこれを使用。いつもこの方法でその場をやり過ごしていた。そして、離宮内では何があっても皇帝の目に留まらぬよう他の側室達を味方につけた。
これがまた意外と簡単だった。最初はただ、クリステルが説明をした。だが、側室達は当たり前のごとく信じなかった。
そこにだ。アレクサンドリアが本性を現したのだ。若く美しいたくさんの女達がいる離宮。そんな中、アレクサンドリアが自制心を保っていられるかが問題だったが、あえなく問題発生。それにより彼女がどういう人物かが一目瞭然となった。
結果、側室達は皆アレクサンドリアを信用。皆グルになった。
だが、女官達には何も言わなかった。アレクサンドリアは話そうとしたが、クリステルが皇帝の犬である彼女らを信用できなかったのだ。
アレックス達は今、離宮にいた。先程の場所から再び一目につかぬよう、移動したのだ。
「セリーナ様」
彼らの前に美しい女性が現れる。肉感的な美女だ。アレックスとクリスのすぐ後ろにいたアンナは彼女の後ろに移動した。アレックスは楽しそうにセリーナを見た。
「お、セリーナ嬢! 相変わらず美人だね~。食べちゃいたいくらい」
この台詞にセリーナはギョッとした。しかし、いち早く気を取り直し、返事を返した。
「お褒めの言葉、感謝しますわ。そんなことよりも、女官が来ます。早くこれを飲んで」
「んもー、照れちゃって。大丈夫、性的なことなんてしないよ。その辺、私は紳士なのさ」
「紳士などではなく淑女でしょう? さぁ、早く!」
こうしてアレクサンドリアは薬を飲み、自分の部屋に戻った。