KEYBOARD
カチャカチャカチャカチャ。
右斜め向かい側のパソコンから、軽快な音が聞こえてくる。
水曜の二時間目は、情報の時間。キーボードの音がパソコン教室の中一杯に響き渡っているけれど、私には彼の鳴らす音しか聞こえてこない。
まるで音楽のように、軽やかなリズムを持っている。柔らかく軽い音。まな板の上で大根を切る音に、なぜか似ているような気がした。
やたら速いだけではなく、かといってつっかえもせず、彼の指は滑らかにキーボードの上を滑っていく。
ほっそりした長い指の動きにしばらく見とれていたが、その時背後を先生が通り、我に返った。
画面を見ると、うっかり「N」のキーを押しっぱなしにしてしまっていたようで、「んんんんんんんんんんんんんんんんんんn」と表示されていた。
バックスペースを長押しして元に戻すと、私は懸命に彼の真似をしようとする。出来るだけ優しく、でも素早く打つ。でもブラインドタッチの出来ない私はすぐにタッチミスしてしまう。
ここからは、彼の手元だけでなく顔もよく見えた。こっそり見つめながら、まっすぐな前髪の下の顔立ちの綺麗さに、改めて感心する。
学ランの襟元が少し開いている。他の男子のように思いっきり開いているわけではないのに、彼らよりもずっと色気があるような気がする。
エレキギターはよく知らないけど、アコギならすごく上手だということを、私は知っている。
指弾きだということも。黒いアコギだということも。
一度しか聴いたことはないけれど、今もその音色がずっと頭に残っている。
その時、私の思考を分断するようにチャイムが鳴った。私はげんなりして画面を見つめる。まだ半分も終わっていないのに。
先生の「終わらなかった者は今日の放課後に居残るように」という言葉に、クラスの大半が呻き声を上げる。
ちらっと彼を見ると、彼は涼しい顔でマウスを動かしていた。どうやら時間内に終わらせたらしい。
私はそっとため息をつくと、「ファイル」の「名前をつけて保存」をクリックし、ファイル名を「居残り」にした。
そしてもう一度彼を盗み見た私は、息を呑んだ。彼も私のほうを見ていたからだ。
私が視線を外す前に、彼は微かに微笑んだ。
そしてそれを確かめる前に、彼が視線を外した。