我が家のしきたり
「我が家のしきたり」という小さな約束で悲しみを覆い隠していた家族が、妹の不在によって完全に崩壊していく静かな恐怖と哀愁を描いた物語です
わが家のしきたり
晩餐の食卓には
いつでも四つの箸置きが並ぶ
もう二度と帰らない
あなたの場所を空けたままで
「冷めないうちに召し上がれ」
母は誰もいない椅子へ声をかけ
私たちは小さく頷いて
三人の静かな夜をはじめる
それが我が家のしきたり
触れてはいけない透明な傷口を
温かな汤気で包み隠すように
欠けたひとつを確かめ合う約束
時計の針が刻む音だけが落ちて
あなたの好きだった醤油の匂いが
今夜もやさしく
胸を締めつけて離さない
残された三人の時間はゆっくりと進むはずだったが、ある晩、母の「召し上がれ」という声に応える頷きは一つだけになった。
母の隣で静かに微笑んでいた妹の姿はなく、食卓には誰も座らない三つ目の椅子と箸置きが、ぽつんと増えていた。悲しみを湯気で隠す術さえ失い、残された私と母は、ただ増えていく不在の場所を見つめることしかできない。
冷え切った部屋に響くのは、もう醤油の匂いではなく、二つの空席が醸し出す死の静けさだけだった。我が家のしきたりは今夜、完全に壊れ去った。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
残された者たちが「不在」を覆い隠すために重ねていたささやかな儀式が、さらなる欠落によって脆く崩れ去る静かな恐怖と哀愁を描いてみました。
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