予言の力で株(ポーション)を買い占めたら、冷徹な氷の公爵閣下に「君の投資先は私だけでいい」と監禁気味に溺愛されています 〜婚約破棄されましたが、経済の力で王国を買い取りますわ〜
「エレナ・ロラン! 金の亡者である貴様との婚約を、今この場を以て破棄する!」
王立アカデミーの卒業パーティー。豪華なシャンデリアの下で、第一王子アランの冷酷な声が響きました。彼の傍らには、いかにも守ってあげたくなるような風貌の男爵令嬢……「聖女」を自称する少女が寄り添っています。
私は手に持っていた扇を静かに閉じました。
私の視界には、アラン王子の頭上に浮かぶ赤い下向きの矢印――【王族としての価値:暴落中】――が見えています。
「……左様でございますか。理由は、私が王家の予算を勝手に運用したことでしょうか?」
「そうだ! あろうことか、平民が使うような『ただの枯れ草』の権利を買い占めるなど、王家の名に泥を塗る行為だ!」
アラン王子が指しているのは、私が先日、全財産を投じて契約した西の湿地帯に生える「薬草」のことでしょう。
しかし、私の目には見えていたのです。
隣国で発生した家畜の伝染病が、間もなくこの国にも上陸し、その薬草こそが唯一の特効薬になる未来が。
「わかりました。婚約破棄、謹んでお受けいたします。……ついでに、私が『金に汚い鑑定』で守ってきたこの国の貿易権も、すべて返上させていただきますわ」
「ふん、そんなもの、聖女の祈りがあれば不要だ! 今すぐ国外へ失せろ!」
私は優雅に一礼し、会場を後にしました。
建物の外に出ると、夜闇の中に一台の漆黒の馬車が停まっています。
「……待っていたよ、エレナ」
馬車の扉が開くと、そこには隣国の英雄、ヴィクトール公爵が座っていました。
彼は私の手を取り強引に車内へと引き寄せます。
「ヴィクトール閣下……どうしてここに?」
「君という『最高級の資産』が市場に放出されるのを、ずっと待っていたのさ。アランは愚かだ。君が買い占めた薬草が、明日には金塊と同じ価値になることも知らずに」
彼は私の腰を引き寄せ、耳元で低く囁きました。
「君を追放したあの国は、三日と持たずに経済崩壊するだろう。……さて、エレナ。私への『投資』の返礼を、たっぷり受け取ってもらおうか」
彼の瞳に宿る、逃がさないと言わんばかりの激しい独占欲。
私の視界に映る彼の【愛の価値】は、すでに測定不能なほどに跳ね上がっていました。
馬車が走り出すと、車内の空気は外の喧騒が嘘のように静まり返りました。
ヴィクトール閣下は私の隣に座るなり、当然のような顔をして私の指先を絡め取ります。
「……閣下、近すぎますわ。これでは『鑑定』の邪魔です」
「いいや、これでいい。君という至宝を独占するために、私はどれほどの『根回し』をしたと思っているんだい?」
彼の視界の端に浮かぶステータス・グラフは、依然として真っ赤な上昇一途。
特に【独占欲】の項目が、天井を突き破らんばかりの勢いで明滅しています。
「……それよりも。明日の朝、ロラン公国全土でポーションの価格が100倍に跳ね上がります。私が買い占めた『銀鈴草』の契約書、すべて貴方に譲渡(投資)しましたわ。これであなたの領地の騎士団は救われます」
「ああ、おかげで私の軍は無敵になるだろう。……だが、エレナ。君は大きな勘違いをしている」
ヴィクトール閣下は、私の顎を指先でクイと持ち上げ、その氷のような、けれど熱を帯びた瞳で見つめてきました。
「私が欲しかったのは、薬草の権利じゃない。――君という、未来を支配する女神そのものだ」
一方その頃、王宮のダンスホールでは――。
「ふん、エレナが居なくなって清々した。これからは聖女の奇跡で、この国はますます豊かになるぞ!」
アランは、取り巻きたちと祝杯を挙げていました。
しかしその足元には、すでに取り返しのつかない破滅の足音が忍び寄っていたのです。
「お、王子! 大変です! 西の湿地帯で採れる『銀鈴草』が、すべて隣国のヴィクトール公爵に買い叩かれました!」
「なんだと……!? あんな雑草、ただの気休めだろう!」
「それが……隣国で流行中の『魔力熱』が我が国の国境を越えました! 騎士団の半数が発熱し、銀鈴草から作るポーションがなければ、明日には全軍が沈黙します!」
アランの顔から、見る見るうちに血の気が引いていきます。
彼が「ゴミ」と捨てた権利は、今やこの国の「命綱」へと姿を変えていたのです。
「くっ……エレナだ。あいつを連れ戻せ! あいつなら、まだ予備のストックを持っているはずだ!」
「……無理です、殿下。エレナ様は先ほど、国境を越えられました。……しかも、ヴィクトール公爵の『正妃』としての署名を済ませて」
「な、なんだと!そんな話は聞いていないぞ!」
隣国の公爵邸。
私は、最高級のシルクで設えられた天蓋付きのベッドに横たわっていました。
「……閣下。いくらなんでも、この部屋は過保護ではありませんか? 私はまだ、投資の実績を作っただけの身です」
「実績? 君は自分を過小評価しすぎだ」
ヴィクトール閣下は、私の足首に、細く繊細な金の鎖を巻き付けました。それは呪いの類ではなく、最高級の魔力伝導体で作られた「守護の魔道具」。
ですが、その見た目はどう見ても――。
「これは、君がどこへも行かないようにするための……私の『先行投資』だよ」
彼は私の足首にそっと唇を寄せ、冷徹な仮面の下に隠していた歪なまでの愛情を剥き出しにしました。
「さあ、エレナ。明日は、這いつくばって助けを求めてくる君の元婚約者を、どう『買いたたく』か相談しようか」
私の鑑定眼は、目の前の男が、私を甘く溶かし尽くすまで決して手放さない「超・長期保有銘柄」であることを告げていました。
「エレナ、話を聞いてくれ! すべてはあの偽聖女に騙されていたんだ!」
数日後。アステリア公爵邸の大広間に、見る影もなくやつれたアラン王子が転がり込んできました。
王族の威厳など微塵もありません。彼の背後には、同じく顔を青くした側近たちが震えながら控えています。
私は、ヴィクトール閣下が用意してくださった黒真珠の特等席に深く腰掛け、優雅に紅茶を啜りました。
「お久しぶりです、私の元婚約者様。そんなに声を荒らげずとも、私の鑑定眼には貴方の絶望が綺麗に数値化されて見えておりますわ」
私の視界に映るアランの頭上には、【信用格付け:D(デフォルト寸前)】という無残な文字が踊っています。
「エレナ、頼む! 君が買い占めた銀鈴草を、元の価格で譲ってほしい。このままでは我が国の騎士団が全滅し、魔物への防波堤が崩壊してしまう!」
「元の価格、ですか?」
私はくすりと笑い、手元のベルを鳴らしました。
すると、公爵邸の執事たちが巨大なボードを運び込んできます。そこには、現在の銀鈴草の「時価」が刻一刻と更新されていました。
「残念ながら殿下、それは不可能です。この薬草は現在、隣国だけでなく周辺諸国すべての需要が集中し、『歴史的高値』を更新中。もはや一国の王子がポケットマネーで買える代物ではありませんわ」
「なっ……では、どうすればいい!?」
「簡単ですわ。……オークションを始めましょう」
私は扇子で広間を指し示しました。そこには、いつの間にか周辺国の有力な商人や他国の使節団が詰めかけていました。
「今から、私が保有する銀鈴草の権利を小分けにして競りにかけます。アラン殿下、貴方も一人の投資家として参加を認めますわ。……お支払いは、現金でなくても構いません。王国の領土、鉱山の採掘権、あるいは王位継承権の放棄……『価値』があるものなら、何でも受け付けますわよ?」
「き、貴様……国を切り売りしろというのか!?」
「あら、私が『金に汚い』と捨てたのは貴方ですわ。ならば、金で解決するのが筋というものでしょう?それがむりだというのだから、ねぇ?相応の覚悟を示していかなければ」
隣で黙って見ていたヴィクトール閣下が、低く愉悦に満ちた声で追撃をかけます。
「アラン、無駄な抵抗はやめろ。……ちなみに、聖女が『祈り』で治せると言っていた患者の中でも才ある者たちはすでに私が全員買い取って我が国の最高の医療チームがエレナの薬草で完治させている。お前の国に残っているのは、借金と病人と、無能なプライドの塊だけだ」
「あああああ!!」
アラン王子は床を叩いて絶叫しました。
オークションが始まると、彼は自分がかつてエレナから奪った宝飾品や、王家の権利を次々と投げ打つしかありません。しかしそれらはすべて、ヴィクトール閣下が「エレナへのプレゼント」として、圧倒的な資金力で全て安値で買い叩いていきました。
結局アランの手元には何も残らず、残ったのは【資産価値:ゼロ】という鑑定結果だけ。
「……さて。オークションは終了ですわね」
私は立ち上がり、虚脱状態のアランの前に歩み寄りました。
「殿下。最後に一つ、無料のアドバイスです。……『損切り』のタイミングを間違えた投資家は、二度と相場には戻れませんの。さようなら」
広間から引きずり出される元婚約者を見送った後、ヴィクトール閣下が背後から私を抱きしめました。
「見事な手際だったよ、エレナ。……これで邪魔者はいなくなった。さあ、次は私の番だ。君が手に入れたこの広大な領土を、どうやって二人で『愛の巣』に作り替えるか……ゆっくり、一晩中議論しようか」
閣下の瞳の奥に宿る、市場の暴落よりも恐ろしい「情熱」に、私は初めて鑑定を誤ったことを悟りました。
――この公爵閣下、投資のリターン(愛)が、当初の予測より数千倍は重すぎますわ……!
「……おかしいわ。これほど完璧なタイミングで王国が破滅するなんて」
ヴィクトール閣下との甘い生活が始まって一ヶ月。
私は公爵邸の図書室で、ある奇妙な事実に気づきました。
私の鑑定眼で過去の市場データを遡ると、家畜の病は自然に発生したものではなく、数年前から意図的に行われた「魔力汚染による供給制限」が原因であったことが判明しました。
そしてその資金源を辿ると――すべて、ヴィクトール閣下の隠し口座に行き着いたのです。
つまり、私が王子に捨てられ、彼に拾われる未来は、すべて彼が設計した「仕組まれた相場」だったということ。
「気づいてしまったようだね、エレナ」
背後から冷ややかな、けれど陶酔しきった声が響きました。
いつの間にか入り口に立っていたヴィクトール閣下は、私の首元にある「金の鎖」を引き寄せ、優しく首筋に触れました。
「君をあの愚かな王子の元から救い出すには、この国を一度破産させるしかなかった。……君は自由だと言ったが、それは私の手のひらの上での話だよ。君という世界最高の資産を、誰にも渡すつもりはない」
彼の頭上のグラフはもはや正常な数値を測ることを拒否し、【愛憎:無限大(永久凍結)】という禍々しい色で点滅しています。
普通ならここで絶望し、籠の鳥となる展開でしょう。
けれど、私は投資家です。
「……閣下。あなたは一つ、大きな計算違いをしていますわ」
私は震えるどころか、不敵な笑みを浮かべて振り返りました。
私の指には、いつの間にか彼が「投資」として預けてくれた公爵家の実印が握られています。
「な……っ!? いつの間にそれを!」
「あなたが私に心酔し、執着のあまり『盲目的な投資』を繰り返している間に……私はこの屋敷の資産、領地の権利、そして閣下、あなたの個人資産の90%を『レバレッジ』として、別の場所に再投資させていただきました」
私が窓の外を指さすと、そこには公爵家のものではない、見慣れぬ商団の旗がひるがえっていました。
「あなたが王国を潰すために使った資金の流れを逆手に取り、私はあなたの『黒幕としての証拠』を担保に、周辺国から膨大な融資を引き出しました。……今この瞬間、アステリア公爵家の筆頭株主は、ヴィクトール様、あなたではありません」
私は彼の胸元に、一通の契約書を突きつけました。
「私、エレナ・ロランです。……閣下。あなたは私を監禁するつもりだったようですが、残念ながら今やあなた自身が私の『所有物』なのですわ」
ヴィクトール閣下は目を見開き、そして――次の瞬間、これまでで1番の喜びとともに笑い出しました。
「く……っ、ははは! 素晴らしい! 君ならそう来ると信じていたよ! 私のすべてを奪い、私を無価値な奴隷にまで落としてくれる。……これこそが、私が求めていた『究極のリターン』だ!」
彼は私の足元に膝をつき、自らの首を差し出すように見上げました。
「さあ、エレナ。私という『暴落した男』を、好きなように買い叩いてくれ。君の支配下なら、地獄までだって付き合おう」
愛の重さで世界を壊そうとした黒幕を、経済の力で「逆買収」した瞬間。
私の鑑定眼には、彼という【最高に危険で愛おしい不良債権】が、一生手放せない宝物として映っていました。




