表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

「名前、忘れてごめんね!」「構いませんよ、何度でもお伝えします」――記憶をなくし続ける最強の魔女と、何度でも名乗る少年執事(僕)の旅

作者: 遠野九重
掲載日:2026/03/15

明るいお姉さんと、振り回される少年の話です。

「あたし、西に行かないといけないの。

 付き合わせてごめんねー、ノル」


「構いませんよ。どこまでもお供します」


「えへへ、ありがと」


「この会話、昨日もしましたよ」


「そうなの? やっぱ忘れちゃってるかー。仕方ないね!」


 僕は西に向かって旅をしている。

 記憶を失い、今も失い続けている《魔女》と一緒に。


 なぜ西に行くのか。

 そこに何があるのか。


 僕は知らない。

《魔女》も覚えていない。


 いずれ思い出すだろうか。


 


 * *


 

 

 僕たちは春の街道を歩いていた。

 空が高い。

 乾いた風に、草の匂いが混じっている。



「あっ、お花!」



 隣を歩いていた《魔女》--フィオレアさんが、突然走り出した。

 長い銀髪がキラキラと日光を反射しながら揺れる。


 向かった先は、街道沿いの花売り。

 木の荷台に色とりどりの花が並んでいる。


 フィオレアさんは真紅の瞳をきょろきょろさせながら、荷台の前にしゃがみ込む。



「ねえねえ見て! この紫、かわいくない?」


「ええ、まあ」


「こっちの白いのもいいし、あ、この赤いのも」


「全部同じに見えますけど」


「えー! 全然違うよ!」



 花の違いを熱心に説明してくる。

 うなずいておいた。



「で、どっちがいいと思う?」


「どちらでも」


「冷たい!」



 花を見るだけでこの騒ぎ。


 フィオレアさんは悩んだ末--

 2輪、買った。


 1輪を自分の髪に挿す。もう1輪をこちらに差し出してきた。



「はい、ノルのぶん!」

「ありがとうございます、嬉しいです」



 受け取って、荷物の紐に挟んだ。


「仲がいいねえ、あんたたち」


 花売りのおばさんが笑っていた。



 再び、出発する。


 あの花売りのおばさん。

 どこかの密偵だろうか。


 普通の人は、街道でのんきに花売りなんてしないはず。

 今の時代は物騒だから、あちこちに監視の目を置いているのかも。


 まあ、考えすぎかもしれないけど。


 フィオレアさんが無事なら、それでいい。



「ノル~! 置いてくよ~!」


「すぐ行きます!」


 周囲を警戒していたせいで、少し遅れてしまった。

 小走りに追いつく。


「ふんふん~♪ るらら~♪」


 フィオレアさんが鼻歌を歌いながら歩いている。

 聞いたことのない旋律。


 昨日も歌っていた気がする。


 ふと、彼女が足を止めた。

 首を傾げる。


「ねえ、あんたの名前……えっと……」


「ノルです。フィオレアさんの執事です」

 

「そうだそうだ! ノルだ!

 ごめんね〜、なんかときどきぼんやりしちゃって」


「構いませんよ。何度でもお伝えします」


「優しいね! ありがと!」


 2人で笑った。


 歩き出す。


 どれだけのことを忘れても、足取りだけは迷わない。


 いつも、まっすぐ西を向いている。


「ねえ、ノルはどうしてあたしのお供をしてくれてるの? 執事だから?」


 軽い声。深刻さはどこにもない。


 僕は穏やかに笑って答えた。


「どうしても、あなたに思い出してほしいことがあるんです」


「なになに? じつはあたしたち、婚約してたとか?」


「どうでしょうね」


 僕からは答えを言わない。


 貴女に思い出してもらわないと意味がないから。




◇◇◇




 街道の先に、小さな村があった。

 静かだった。

 通りに人の姿がない。


 家の壁が焦げている。

 畑が踏み荒らされたまま放置されている。


「……ひどいね、これ」



 フィオレアさんの声から笑みが消えていた。


 木陰に老人が一人座っていた。


 僕はにこやかに声をかけた。



「すみません、旅の者なんですが。この村で何かあったんですか」


 老人はびくっと顔を上げた。

 こちらを見て、身を強張らせる。


「怪しい者じゃありませんよ」


 笑って、水筒を差し出した。


「よかったら、水でも」


 老人はしばらく僕の顔を見つめていた。

 やがて水筒を受け取り、ぽつぽつと話し始めた。


 魔法使いがいるのだと言った。


 元は軍の魔法兵。

 手勢を連れて《大戦》後に脱走。

 この村に居着いて、血と暴力で支配している。


 村の蓄えを根こそぎ奪い、逆らう者は魔法で焼く。


 領主の助けは来ない。

 自分のところで手一杯なのだろう。


 あるいは《大戦》で一族郎党みんな命を落としたか。


 いずれにせよ――

 今の時代、よくあることだ。

 

 老人の話を聞いた後、壊れた家の前を通りかかった。


 小さな女の子が、座り込んで泣いていた。


 フィオレアさんの足が止まった。


 泣いている子の前にしゃがみ込む。頭を撫でた。


「だいじょうぶ?」


 女の子が涙の目を上げた。


 フィオレアさんが笑いかけた。


「ノル、こんなの放っておけないよ」


 振り返って、こちらを見る。

 目が真っ直ぐだった。


「……構いませんよ。どんな場所でもお供します」




◇◇◇




 村外れに石造りの建物があった。


 元は集会所か何かだろう。


 今はその魔法使いが占拠している。


 扉の周りの壁が焦げて黒い跡が残っていた。


 二人で踏み込んだ。


 中に女がいた。

 ほつれた軍服を着ている。


 額から右目にかけて火傷の痕がある。

 一様に焼けている。

 魔法での傷だろう。


 女性は椅子に座ったまま、こちらを見た。


 フィオレアさんの姿を認めた瞬間、目が見開かれた。



「へえ、こんなところで《灰燼の魔女》に会えるなんてねぇ」


「あたしのこと? なんだかカッコいい呼び方だね。今度使おうっと」



 それ、3日前も言ってましたね。

 もう覚えてないでしょうけど。




「記憶喪失って噂は本当みたいだねぇ」  


 女性がゆっくりと椅子から立ち上がる。

 背後の景色が歪む。

 魔力が励起されているのだろう。

 

「あたしは《炎球》のラスタ。

 東邦戦線じゃそれなりに恐がられてた。

 いまはすっかり落ちぶれちまったが、あんたを倒せば誰かが雇ってくれるだろうさ。

 名を上げるための踏み台に……」


 ラスタの視線が、僕に移った。

 両眼を見開いて、驚く。


「待ちな。

 おまえさん、なんでそこにいるんだい」


 眼が鋭く鳴った。

 こちらを睨む。


「意味が分からないよ。

 どうしておまえさんが《灰燼の魔女》に従ってるんだい!」


「なんのことですか?」


 僕は肩を竦める。


「さっぱり分かりませんね」


「ノル、あの人と知り合いなの?」


「いえ、悪人と交流なんて持ちませんよ。きっと人違いでしょう」


「……へえ」


 ラスタがにやりと笑う。


「あくまでとぼけるなら、それでいいさ。

 ――覚悟しな」




◇◇◇




 戦いが始まった。


 ラスタは《炎球》の二つ名どおり、火炎の球(ファイアボール)をいくつも飛ばしていた。


 無詠唱。


 今の時代の元軍人はみんな《大戦》を生き延びてる。


 野党に落ちぶれていようが、相応の実力者なのは当然だ。


「へー、きれいだね!」


 フィオレアさんが笑う。


 右手をかざす。


 五本の指から黒色の光が放たれた。


 ――《(ホロウ)(バレット)》。


 この世にないもの(反物質)を放つ魔法。


 黒色の光弾が、火弾を正面から撃ち落とした。

 


 爆発。


 あたりの石壁が揺れる。




 一方で――


 僕もナイフを抜いて戦っていた。


 執事の嗜みだ。


 ラスタの手勢。


 おそらくは元部下たちだろう。


 5名。


 魔法使いではないけど、正規の軍人として訓練を受けているはず。


 手強い。


「ノル、大丈夫?」


 戦いながらフィオレアさんが声を掛けてくる。


「平気です。後ろは任せてください」


 手勢たちの剣をいなし、かわし、隙をついて傷を刻む。


 すべてを避けて、すべてを当て続ければ勝てる。


 姉さんから学んだ「戦いの真理」だ。


 とどめ。


 一人目はすれ違いざまに右の頸動脈。


 二人目は背後から心臓。


 三人目は転ばせてから、四人目と五人目は誘導して相打ち。


《魔女》の従者なんだから、これくらいは楽勝だ。


「ダルトン! ヴィッシュ!」


 ラスタが叫んだ。


 僕が倒した手勢たちの名前だろうか。


「よくも!」


 狙いがこちらに移った。


 炎球が放たれる。


 咄嗟に、対魔術加工したコートで受ける。


 けれど衝撃は殺しきれない。


 弾き飛ばされ、壁に叩きつけられる。


 ……痛い。


 頭の右側を触るとぬるりとした感触。


 皮膚が切れて血が出ているらしい。


「――ノル!!」


 悲鳴のような声だった。


 フィオレアさんの真紅の眼が見開かれ……灰色に染まる。


 切り替わった。


 記憶のない《魔女》から――


《灰燼の魔女》に。


 表情がスッと抜け落ちる。


 遥か高みから見下ろすような、絶対者の視線。


 普段の、明るい彼女はどこにもいない。

 

「……駆除」


 右手を伸ばして、指を鳴らす。


 パチン。


 それですべてが終わった。


 周囲の空間が次々にヒビ割れて、円錐形の構造物が放たれる。

 

 十、二十、三十--。


 それは高純度の「この世にないもの(反物質)」だ。


 着弾、即、爆破。


 閃光に目がくらむ。


 パラパラと砂粒が頭上から落ちた。


 轟音。


 爆発。


 轟音。


 また爆発--。


 やがてすべてが終わった時、石造りの集会所は()()と化していた。


 僕の倒した手勢たちの死体はこの下に埋まってしまったのだろう。 

 

 戦いは終わった。


 ほどなくしてフィオレアさんの眼が真紅に戻った。


 ふらり。


 倒れそうになる。


 僕は駆け寄って支える。



「大丈夫ですか」


「……あれ?」



 フィオレアさんはきょろきょろと周りを見ている。



「ここどこ? 建物なかったっけ?」


 あたり一面、灰と瓦礫。


「村の集会所がありました。

 フィオレアさんが悪い軍人崩れをやっつけたんです」


「へえ! あたし、やっぱり強いんだねえ」


「建物は……まあ、なくなっちゃいましたけど」


 壊れた壁の向こうに、夕焼けが広がっていた。




◇◇◇




 村の広場に、ささやかな食事が並んだ。


 焼きたてのパン。

 温かいスープ。

 庭先の野菜の炒め物。


 蓄えを奪われていたはずの村が、精一杯のものを出してくれた。



「おいしい! おかわり!」



 彼女は三杯目のスープに手を伸ばしている。


 村人たちの顔から怯えが消えていた。

 笑い声が聞こえる。

 さっき泣いていた女の子が、彼女の膝の上で笑っていた。


「お兄ちゃんすごいね!」


 男の子が二人、膝にまとわりついてくる。


「すごいのはフィオレアさんです。

 僕はただの執事ですよ」


 笑って首を振った。

 子供の頭を撫でて、パンをちぎってやった。


 少し離れたところで、彼女が女の子たちと手遊びをしている。

 大きな声で笑っていた。


 老人がスープを啜りながら言った。


「いい子だね、あんた。

 あの人も明るくて、お似合いだ」


「それはどうも」


 苦笑して、スープを飲んだ。


 日が暮れていく。




◇◇◇




 夜。


 快く泊めてくれた村人の家を抜け出した。


 僕はひとり、森の中を歩く。


 地面に血の跡が続いている。


 辿った。


 枝が折れている。

 草が踏み潰されている。

 歩幅が狭くなっている。


 大きな木の根元に、女がいた。


《火球》のラスタ。


 座り込んで息を荒げている。

 右腕が肘の先からなかった。

 

《灰燼の魔女》の攻撃に巻き込まれて失ったのだろう。


 軍服の袖できつく縛って止血してあった。



「こんばんわ、いい夜ですね」



 僕は気配を隠すのをやめて、ラスタの前に姿を現す。


「……あんた」


 ゴクリ、と息を呑む音が聞こえた。


「トドメを刺しにきたのかい」


「はい。僕の素性を知っている人間は邪魔なので」


「軍服のポケットにタバコが入ってる。

 悪いけど、残った左腕を動かす力もなくてね。

 咥えさせてもらっていいかい」


「最後の一本ですね。

 もちろん構いませんよ」


 僕は油断を装いながらラスタに近付く。


「かかったね。あんたぐらいは――」


 道連れにしてやる、と言おうとしたのだろうか。


 ラスタが《火球》を放つべく左手をこちらに向けた。


 遅い。


 僕はその左手を蹴飛ばして軌道を逸らす。


 同時に――



 パチン。



 右手の指を鳴らした。


 空間が小さく罅割れて、針のように細い「この世にないもの(反物質)」が放たれた。


 最後の瞬間、ラスタの眼は驚愕に見開かれていた。

 

 当然だろう。


 魔女にしか扱えないはずの《灰燼術式》を僕が使ったのだから。


 ぱぁん。


 ラスタだったものがはじけた。


 


◇◇◇




 森が静かになる。

 空間の日々が消えていく。


「……姉さん」


 僕の術式は《灰燼の魔女》に比べればまだまだ弱い。


 けれど副作用だけはしっかりあって、過去の記憶(トラウマ)がありありと蘇る。


《大戦》中のある日。


 僕と姉さんの暮らす街が戦場になった。


 多くの兵士が、魔法使いが、争った。


 建物はすべて盾、巻き込まれた人々の命など誰も気に留めない。


 そこに――《灰燼の魔女》が現れた。


 パチン。

 

 指が鳴るたび、街が、人が、消えた。


「ノル、大丈夫だからね。姉さんがいるから」


 そう言ってくれた人はもういない。


 パチン。


 周囲の景色ごと「この世にないもの(反物質)」によって、この世から消え失せた。


 ……許すものか。


《灰燼の魔女》。


 僕は執事を名乗り、その懐に入り込んだ。


 おまえの術式を学び、暴き、すべてを奪ってやる。


 そしていつか、おまえがあの日のことを思い出した時――



 殺す。



 それまでは忠実な従者でいよう。


 あらゆる言葉と行いを「構いませんよ」で許そう。



 

 西に何があるかなんてどうでもいい。


 僕はおまえの処刑人で、処刑場だ。




◇◇◇





 翌朝。


 二人でまた歩き出す。


 西へ。



 街道沿いに花売りがいた。


 木の荷台に色とりどりの花が並んでいる。


 フィオレアさんは真紅の瞳をきょろきょろさせながら、荷台の前にしゃがみ込む。



「ねえねえ見て! この紫、かわいくない?

 ……あれ? 前にも同じことがあったような」


「ありましたね」


 場所は違うけれど、昨日とまったく同じシチュエーション。


 ついでに言えば、花売りのおばさんも同一人物だ。


 監視されてる。


 ……殺そうか。


 フィオレアさんに危機が迫るなら、僕はそれを潰す。


 いずれ、この手で殺すために。


 他の誰にも奪わせない。

 

 彼女の命は僕のものだ。


殺すために仕え、盗むために守り、その旅はやがて復讐に至る。


ここまでお読みくださってありがとうございます。

「フィオレアさんかわいい」「ノルくんヤバい」「2人のこの先が気になる」など思っていただけましたら【☆☆☆☆☆】を押してもらうと励みになります。


ブックマークやリアクションも大歓迎、よろしくお願いいたします~!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
無関心と執着、同居するはずのない感情が同居していたり、なりたくなかった無慈悲な最強が、無邪気な善良に縋っていたりと、狂気で満ちている感じが個人的にとても好きです。 西に何が? 監視は何のため? 姉さ…
タグに復讐、てあるのすっかり忘れて、最後びっくりした
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ