「名前、忘れてごめんね!」「構いませんよ、何度でもお伝えします」――記憶をなくし続ける最強の魔女と、何度でも名乗る少年執事(僕)の旅
明るいお姉さんと、振り回される少年の話です。
「あたし、西に行かないといけないの。
付き合わせてごめんねー、ノル」
「構いませんよ。どこまでもお供します」
「えへへ、ありがと」
「この会話、昨日もしましたよ」
「そうなの? やっぱ忘れちゃってるかー。仕方ないね!」
僕は西に向かって旅をしている。
記憶を失い、今も失い続けている《魔女》と一緒に。
なぜ西に行くのか。
そこに何があるのか。
僕は知らない。
《魔女》も覚えていない。
いずれ思い出すだろうか。
* *
僕たちは春の街道を歩いていた。
空が高い。
乾いた風に、草の匂いが混じっている。
「あっ、お花!」
隣を歩いていた《魔女》--フィオレアさんが、突然走り出した。
長い銀髪がキラキラと日光を反射しながら揺れる。
向かった先は、街道沿いの花売り。
木の荷台に色とりどりの花が並んでいる。
フィオレアさんは真紅の瞳をきょろきょろさせながら、荷台の前にしゃがみ込む。
「ねえねえ見て! この紫、かわいくない?」
「ええ、まあ」
「こっちの白いのもいいし、あ、この赤いのも」
「全部同じに見えますけど」
「えー! 全然違うよ!」
花の違いを熱心に説明してくる。
うなずいておいた。
「で、どっちがいいと思う?」
「どちらでも」
「冷たい!」
花を見るだけでこの騒ぎ。
フィオレアさんは悩んだ末--
2輪、買った。
1輪を自分の髪に挿す。もう1輪をこちらに差し出してきた。
「はい、ノルのぶん!」
「ありがとうございます、嬉しいです」
受け取って、荷物の紐に挟んだ。
「仲がいいねえ、あんたたち」
花売りのおばさんが笑っていた。
再び、出発する。
あの花売りのおばさん。
どこかの密偵だろうか。
普通の人は、街道でのんきに花売りなんてしないはず。
今の時代は物騒だから、あちこちに監視の目を置いているのかも。
まあ、考えすぎかもしれないけど。
フィオレアさんが無事なら、それでいい。
「ノル~! 置いてくよ~!」
「すぐ行きます!」
周囲を警戒していたせいで、少し遅れてしまった。
小走りに追いつく。
「ふんふん~♪ るらら~♪」
フィオレアさんが鼻歌を歌いながら歩いている。
聞いたことのない旋律。
昨日も歌っていた気がする。
ふと、彼女が足を止めた。
首を傾げる。
「ねえ、あんたの名前……えっと……」
「ノルです。フィオレアさんの執事です」
「そうだそうだ! ノルだ!
ごめんね〜、なんかときどきぼんやりしちゃって」
「構いませんよ。何度でもお伝えします」
「優しいね! ありがと!」
2人で笑った。
歩き出す。
どれだけのことを忘れても、足取りだけは迷わない。
いつも、まっすぐ西を向いている。
「ねえ、ノルはどうしてあたしのお供をしてくれてるの? 執事だから?」
軽い声。深刻さはどこにもない。
僕は穏やかに笑って答えた。
「どうしても、あなたに思い出してほしいことがあるんです」
「なになに? じつはあたしたち、婚約してたとか?」
「どうでしょうね」
僕からは答えを言わない。
貴女に思い出してもらわないと意味がないから。
◇◇◇
街道の先に、小さな村があった。
静かだった。
通りに人の姿がない。
家の壁が焦げている。
畑が踏み荒らされたまま放置されている。
「……ひどいね、これ」
フィオレアさんの声から笑みが消えていた。
木陰に老人が一人座っていた。
僕はにこやかに声をかけた。
「すみません、旅の者なんですが。この村で何かあったんですか」
老人はびくっと顔を上げた。
こちらを見て、身を強張らせる。
「怪しい者じゃありませんよ」
笑って、水筒を差し出した。
「よかったら、水でも」
老人はしばらく僕の顔を見つめていた。
やがて水筒を受け取り、ぽつぽつと話し始めた。
魔法使いがいるのだと言った。
元は軍の魔法兵。
手勢を連れて《大戦》後に脱走。
この村に居着いて、血と暴力で支配している。
村の蓄えを根こそぎ奪い、逆らう者は魔法で焼く。
領主の助けは来ない。
自分のところで手一杯なのだろう。
あるいは《大戦》で一族郎党みんな命を落としたか。
いずれにせよ――
今の時代、よくあることだ。
老人の話を聞いた後、壊れた家の前を通りかかった。
小さな女の子が、座り込んで泣いていた。
フィオレアさんの足が止まった。
泣いている子の前にしゃがみ込む。頭を撫でた。
「だいじょうぶ?」
女の子が涙の目を上げた。
フィオレアさんが笑いかけた。
「ノル、こんなの放っておけないよ」
振り返って、こちらを見る。
目が真っ直ぐだった。
「……構いませんよ。どんな場所でもお供します」
◇◇◇
村外れに石造りの建物があった。
元は集会所か何かだろう。
今はその魔法使いが占拠している。
扉の周りの壁が焦げて黒い跡が残っていた。
二人で踏み込んだ。
中に女がいた。
ほつれた軍服を着ている。
額から右目にかけて火傷の痕がある。
一様に焼けている。
魔法での傷だろう。
女性は椅子に座ったまま、こちらを見た。
フィオレアさんの姿を認めた瞬間、目が見開かれた。
「へえ、こんなところで《灰燼の魔女》に会えるなんてねぇ」
「あたしのこと? なんだかカッコいい呼び方だね。今度使おうっと」
それ、3日前も言ってましたね。
もう覚えてないでしょうけど。
「記憶喪失って噂は本当みたいだねぇ」
女性がゆっくりと椅子から立ち上がる。
背後の景色が歪む。
魔力が励起されているのだろう。
「あたしは《炎球》のラスタ。
東邦戦線じゃそれなりに恐がられてた。
いまはすっかり落ちぶれちまったが、あんたを倒せば誰かが雇ってくれるだろうさ。
名を上げるための踏み台に……」
ラスタの視線が、僕に移った。
両眼を見開いて、驚く。
「待ちな。
おまえさん、なんでそこにいるんだい」
眼が鋭く鳴った。
こちらを睨む。
「意味が分からないよ。
どうしておまえさんが《灰燼の魔女》に従ってるんだい!」
「なんのことですか?」
僕は肩を竦める。
「さっぱり分かりませんね」
「ノル、あの人と知り合いなの?」
「いえ、悪人と交流なんて持ちませんよ。きっと人違いでしょう」
「……へえ」
ラスタがにやりと笑う。
「あくまでとぼけるなら、それでいいさ。
――覚悟しな」
◇◇◇
戦いが始まった。
ラスタは《炎球》の二つ名どおり、火炎の球をいくつも飛ばしていた。
無詠唱。
今の時代の元軍人はみんな《大戦》を生き延びてる。
野党に落ちぶれていようが、相応の実力者なのは当然だ。
「へー、きれいだね!」
フィオレアさんが笑う。
右手をかざす。
五本の指から黒色の光が放たれた。
――《虚弾》。
この世にないものを放つ魔法。
黒色の光弾が、火弾を正面から撃ち落とした。
爆発。
あたりの石壁が揺れる。
一方で――
僕もナイフを抜いて戦っていた。
執事の嗜みだ。
ラスタの手勢。
おそらくは元部下たちだろう。
5名。
魔法使いではないけど、正規の軍人として訓練を受けているはず。
手強い。
「ノル、大丈夫?」
戦いながらフィオレアさんが声を掛けてくる。
「平気です。後ろは任せてください」
手勢たちの剣をいなし、かわし、隙をついて傷を刻む。
すべてを避けて、すべてを当て続ければ勝てる。
姉さんから学んだ「戦いの真理」だ。
とどめ。
一人目はすれ違いざまに右の頸動脈。
二人目は背後から心臓。
三人目は転ばせてから、四人目と五人目は誘導して相打ち。
《魔女》の従者なんだから、これくらいは楽勝だ。
「ダルトン! ヴィッシュ!」
ラスタが叫んだ。
僕が倒した手勢たちの名前だろうか。
「よくも!」
狙いがこちらに移った。
炎球が放たれる。
咄嗟に、対魔術加工したコートで受ける。
けれど衝撃は殺しきれない。
弾き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
……痛い。
頭の右側を触るとぬるりとした感触。
皮膚が切れて血が出ているらしい。
「――ノル!!」
悲鳴のような声だった。
フィオレアさんの真紅の眼が見開かれ……灰色に染まる。
切り替わった。
記憶のない《魔女》から――
《灰燼の魔女》に。
表情がスッと抜け落ちる。
遥か高みから見下ろすような、絶対者の視線。
普段の、明るい彼女はどこにもいない。
「……駆除」
右手を伸ばして、指を鳴らす。
パチン。
それですべてが終わった。
周囲の空間が次々にヒビ割れて、円錐形の構造物が放たれる。
十、二十、三十--。
それは高純度の「この世にないもの」だ。
着弾、即、爆破。
閃光に目がくらむ。
パラパラと砂粒が頭上から落ちた。
轟音。
爆発。
轟音。
また爆発--。
やがてすべてが終わった時、石造りの集会所は灰燼と化していた。
僕の倒した手勢たちの死体はこの下に埋まってしまったのだろう。
戦いは終わった。
ほどなくしてフィオレアさんの眼が真紅に戻った。
ふらり。
倒れそうになる。
僕は駆け寄って支える。
「大丈夫ですか」
「……あれ?」
フィオレアさんはきょろきょろと周りを見ている。
「ここどこ? 建物なかったっけ?」
あたり一面、灰と瓦礫。
「村の集会所がありました。
フィオレアさんが悪い軍人崩れをやっつけたんです」
「へえ! あたし、やっぱり強いんだねえ」
「建物は……まあ、なくなっちゃいましたけど」
壊れた壁の向こうに、夕焼けが広がっていた。
◇◇◇
村の広場に、ささやかな食事が並んだ。
焼きたてのパン。
温かいスープ。
庭先の野菜の炒め物。
蓄えを奪われていたはずの村が、精一杯のものを出してくれた。
「おいしい! おかわり!」
彼女は三杯目のスープに手を伸ばしている。
村人たちの顔から怯えが消えていた。
笑い声が聞こえる。
さっき泣いていた女の子が、彼女の膝の上で笑っていた。
「お兄ちゃんすごいね!」
男の子が二人、膝にまとわりついてくる。
「すごいのはフィオレアさんです。
僕はただの執事ですよ」
笑って首を振った。
子供の頭を撫でて、パンをちぎってやった。
少し離れたところで、彼女が女の子たちと手遊びをしている。
大きな声で笑っていた。
老人がスープを啜りながら言った。
「いい子だね、あんた。
あの人も明るくて、お似合いだ」
「それはどうも」
苦笑して、スープを飲んだ。
日が暮れていく。
◇◇◇
夜。
快く泊めてくれた村人の家を抜け出した。
僕はひとり、森の中を歩く。
地面に血の跡が続いている。
辿った。
枝が折れている。
草が踏み潰されている。
歩幅が狭くなっている。
大きな木の根元に、女がいた。
《火球》のラスタ。
座り込んで息を荒げている。
右腕が肘の先からなかった。
《灰燼の魔女》の攻撃に巻き込まれて失ったのだろう。
軍服の袖できつく縛って止血してあった。
「こんばんわ、いい夜ですね」
僕は気配を隠すのをやめて、ラスタの前に姿を現す。
「……あんた」
ゴクリ、と息を呑む音が聞こえた。
「トドメを刺しにきたのかい」
「はい。僕の素性を知っている人間は邪魔なので」
「軍服のポケットにタバコが入ってる。
悪いけど、残った左腕を動かす力もなくてね。
咥えさせてもらっていいかい」
「最後の一本ですね。
もちろん構いませんよ」
僕は油断を装いながらラスタに近付く。
「かかったね。あんたぐらいは――」
道連れにしてやる、と言おうとしたのだろうか。
ラスタが《火球》を放つべく左手をこちらに向けた。
遅い。
僕はその左手を蹴飛ばして軌道を逸らす。
同時に――
パチン。
右手の指を鳴らした。
空間が小さく罅割れて、針のように細い「この世にないもの」が放たれた。
最後の瞬間、ラスタの眼は驚愕に見開かれていた。
当然だろう。
魔女にしか扱えないはずの《灰燼術式》を僕が使ったのだから。
ぱぁん。
ラスタだったものがはじけた。
◇◇◇
森が静かになる。
空間の日々が消えていく。
「……姉さん」
僕の術式は《灰燼の魔女》に比べればまだまだ弱い。
けれど副作用だけはしっかりあって、過去の記憶がありありと蘇る。
《大戦》中のある日。
僕と姉さんの暮らす街が戦場になった。
多くの兵士が、魔法使いが、争った。
建物はすべて盾、巻き込まれた人々の命など誰も気に留めない。
そこに――《灰燼の魔女》が現れた。
パチン。
指が鳴るたび、街が、人が、消えた。
「ノル、大丈夫だからね。姉さんがいるから」
そう言ってくれた人はもういない。
パチン。
周囲の景色ごと「この世にないもの」によって、この世から消え失せた。
……許すものか。
《灰燼の魔女》。
僕は執事を名乗り、その懐に入り込んだ。
おまえの術式を学び、暴き、すべてを奪ってやる。
そしていつか、おまえがあの日のことを思い出した時――
殺す。
それまでは忠実な従者でいよう。
あらゆる言葉と行いを「構いませんよ」で許そう。
西に何があるかなんてどうでもいい。
僕はおまえの処刑人で、処刑場だ。
◇◇◇
翌朝。
二人でまた歩き出す。
西へ。
街道沿いに花売りがいた。
木の荷台に色とりどりの花が並んでいる。
フィオレアさんは真紅の瞳をきょろきょろさせながら、荷台の前にしゃがみ込む。
「ねえねえ見て! この紫、かわいくない?
……あれ? 前にも同じことがあったような」
「ありましたね」
場所は違うけれど、昨日とまったく同じシチュエーション。
ついでに言えば、花売りのおばさんも同一人物だ。
監視されてる。
……殺そうか。
フィオレアさんに危機が迫るなら、僕はそれを潰す。
いずれ、この手で殺すために。
他の誰にも奪わせない。
彼女の命は僕のものだ。
殺すために仕え、盗むために守り、その旅はやがて復讐に至る。
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「フィオレアさんかわいい」「ノルくんヤバい」「2人のこの先が気になる」など思っていただけましたら【☆☆☆☆☆】を押してもらうと励みになります。
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