甦 -Fusion-
青い蛍光の虫が皮膚を泳ぐ姿は、隔離室で存在を訴える僕によく似ていた。
浮腫で痺れた手から写真集を落とし、拾おうとしてベッドから落ちた。その痛みよりも、内蔵が喰われる痛みにうずくまった。
ユニコーンの栞が飛び出し、外を見たいという願いが遠ざかる。共にページを歩んできたそれは、僕の十年の人生ごと、病魔に蝕まれていく。
その時、何処からともなく、銀の光が射した。顔を上げると、ふっと、体が浮いた。床が白い被毛になり、軽やかな足音と、荒い鼻息がする。夢だろうかと手を見ても、蟲の蠢きで痒いままだ。
そして、目の前の壁が砕けた時。瓦礫の雨の中、銀の鬣と、鋭い一角を見た。高い嘶きと、温かい胴体を感じた瞬間、眩いユニコーンの猛進に、僕は自ずと身を任せた。
景色が瞬く間に流れ去る。
ビル街に、排気臭を絡めた風。小さな画面に憑りつかれる人々が、遠ざかる。
次第に土が舞い、焦げ臭さを感じた。幾多もの鉛の筒が、幾千もの飛弾で、容赦なく命を塵に変えていく。
そっぽを向けば、急に陽光が射し、大海原が広がった。その広大さに病を忘れても、弾けるガラクタが、現実に引き戻してくる。
やがて砂煙を抜け、森に駆け込んだ。緑の空気に肺が洗われる中、木々が倒され、森が小さくなる。
その刹那、猟師が幻の毛皮を欲しさに、ユニコーンを撃った。絶叫に景色が崩れ、崖底が迫ってくる。
僕は、拡がる血を眺めて、はっとした。その、伝説の甦りの血が、何より欲しかったのだと、夢中でかきこんだ。
体が燃える様で、背中の肉が膨れ上がる。と、裂け出た復活の銀翼に、激痛を上げた。その躍動に、病魔は、精気がみなぎる銀の雫に散った。
雫が、倒れたユニコーンに降り注ぐと、細い鳴き声がした。僕は、その悲し気な顔を支え、首を横に振る。
「いいや。思っていたのと違うのは、狭いところから外を見てるからさ」
写真の世界が見たいのに――互いの悔いが、震えになる。
「廃れても、また戻る。でもそのためには、長い時の路を経て、あらゆる思考の渦を超えないと……」
今までの苦労が未来にのし掛かり、僕は顔を歪めると、ユニコーンが鼻を寄せてきた。感じたことのない潔い鼓動が、体を叩いてくる。
「ああ……僕達は、また生きられる。行こう、遥か彼方へ」
ユニコーンの熱い脈が全身に伝わり、飛翔力に変わった。甦る嘶きと羽ばたきに、大地を蹴ると、一つになった体が浮かんだ。
僕らペガサスは、羽吹雪を彩る本物の虹へ翔けた。