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時計店

モリーに会ってから、私の家事の質は格段に上がった。

やり方がわからず失敗ばかりしていた掃除や料理も、あの紙束のおかげでわかるようになった。

やり方がわかったおかげで効率も上がり、時間的余裕も精神的余裕も増えた。

最近は時間がなくて詠めていなかった詩も、詠めるようになったし、昔お母様と一緒にやっていた刺繍も寝る前に少しずつできるようになった。

ただ、日々の掃除で埃で薄汚れていたのと、寒くなる前に行った煙突掃除で、灰まみれになり、そこから家族には「灰かぶりの娘」という意味合いで家族からは「シンデレラ」と呼ばれるようになってしまったが。

それ以外はおおむね順調な毎日であった。

買い物へ行く日も、3回に1回はモリーと会えたので、この使用人同然の生活も少し楽しいと思い始めていた。


今日もいつものように買い物をしに町へ出かけた。

だが行き先はいつもの店ではなく、少し遠い街へと足を伸ばす。

街は歩いて30分ほどかかるが、行けない距離ではない。

一度、馬車を出せないか聞いたことはあったが、継母には無視されてしまったので、それ以来聞けていない。

自宅に馬はいるものの、女性が馬に乗って街中へ登場などあまり褒められたい行為ではないため、諦めて歩いていくことにした。

だんだんと冷たくなってきた風に、冬の訪れを感じる。

「そろそろ上着を用意しないと。」

義姉たちにほとんどの服をとられてしまったため、コートが残されていたかどうかも覚えていないが、おそらくあったとしても綺麗な状態ではないだろう。

コートも買っておきたいところだが、今回の目的は別のものだった。

元々持っていたお金と、毎週の少しだけ余った生活費を足して、前々から欲しいと思っていた時計を買いに来た。

昔からお父様が持っているのを見て常々欲しいと思っていたが、「女性が持つものではないよ。」と言われ、ずっと持つことができなかった。

だが、以前モリーと会った時に「お屋敷から支給された。」という時計を見て、なんて便利なのだろうと思ったのだった。

今は部屋から見える城の時報、大広間の時計を見ながら時間を判断している。

しかし、これがあれば、時間単位で作業を行うことができる、もっと自由な時間を持つことができる、そう感じた。

「ここだわ。」

記憶を頼りに来た、小さい頃にお父様と一緒に訪れた時計店の前に立つ。

見た目は以前来たときと変わらないが、今回は一人だ。

意を決して店の扉を開けると、来客を知らせるベルががらんがらんと鳴った。

「いらっしゃい。」

小さな丸メガネをかけた、小柄なおじいさんが大きな手で時計を分解していた。

その横には一人の男性が待っている。

店主が持っている時計の客だろうか。

「すまないね、もう少し待っておくれ。」

「いえ、商品を見ているのでお気になさらないで。」

そう返すと、ずらりと並べられた時計を見た。

そういえば値段はいくらか知らなかった、と思い値札を見ると、想定していた額よりも0の数が多い。

あまりの値段に驚き、他の時計を見ても、どれも同じくらいの価格帯のようだ。

今の所持金ではなかなか払えそうにない。

店主には申し訳ないが、少ししたらお暇するしかなさそうだ。

そう考えていると、見覚えのある時計を見かけた。

「あ、これ...。」

「気になるかね?」

店主はこちらを見ずにそう答えた。

店に置いてある商品の位置を把握しているのだろうか。

耳も良ければ目も良いのかもしれない。

「あ、いえ、父が持っていたものに似ていたので...。」

そう答えると、店主がパッと顔をあげた。

「お嬢さん名前は。」

「えっと、エラです。」

「エラさん。家名は。」

「サリドーリです。」

そう言うと、客の男性が振り返った。

「サリドーリ、サリドーリ商会の!お嬢様、私です。使用人のトーマスです。」

「トーマス!ご機嫌よう。」

店内が薄暗くわからなかったが、よく見れば確かに以前屋敷で使用人として働いていたトーマスだった。

上等な服を着ているため、どこかに屋敷でまた使用人として働いているのかもしれない。

それに比べて私の服装はあまりにみすぼらしく、急に同じ店にいるのが恥ずかしくなってきた。

トーマスが続けて何か言いかけたが、店主が軽く咳払いをした。

「トーマス。私が話しとるんだ。後でにしてくれ。」

「ああ、すまない...。」

トーマスはまた顔の向きを戻し、店主も顔を戻し作業へ戻った。

「失敬、お嬢さん、サリドーリと言ったね。その時計は確かにサリドーリ商会が卸してくれたものだよ。君の父君が愛用していたものと同じだね。」

「ええ、そうね、こんなに高価だって知らなかったわ。」

「ハハハ!そうだね、お嬢さんは正直だ。実はその時計は売り物じゃないんだ。すまないね。」

「そう...。」

お金が貯まったら買いに来たいと思っていたが、それも叶わぬらしい。

「彼が大事な娘へのプレゼントにしたいと話していたんだ。私と同じ時計が欲しいとせがまれたと自慢してきたよ。」

店主は遠くを思い出すように微笑んでいたが、ちょうど最後の作業を終えたようだ。

トーマスに、出来上がった時計を入れた箱を手渡す。

「これで大丈夫なはずだ。確認しておくれ。次はお嬢さんだね。」

店主は椅子から立ち上がると、展示されていた時計を私に手渡した。

「はい、希望の品だよ。」

私はわけがわからず、戸惑いを隠せない。

「え、でもお金がまだ...。」

「いや、もうお代はいただいているんだよ。もしこの時計が欲しいと言う女の子が現れたら、渡しておくれという言付けと一緒にね。」

店主はばちりと器用に片目を閉じると、先程まで座っていた椅子へと戻っていった。

「お金を...」といつもの財布を取り出すが、いらないと言わんばかりに片手をひらひらと振られた。

私は思いがけないお父様からプレゼントに、思わず涙が溢れそうになるのを抑えて、店主へと深くお辞儀をした。

店主からもらった時計を大事にしまい、店を出る。

その後すぐにトーマスが店から出てきて、お嬢様、と声をかけた。

「お嬢様、先程はお声をかけるのが遅くなり申し訳ありません。」

「こちらこそ、気づくのが遅くなってごめんなさい。」

「いいえ、とんでもございません...。モリーから話は聞いております。」

「そうなの。あなたも働き先が見つかったみたいでよかったわ。」

私は両手を合わせ、喜び微笑んだ。

まるで私にはお金がないのにあなたはありそうでよかったわね、とも取られそうな言い方になってしまったが、これは本心である。

紹介先も斡旋してやれず突然放り出してしまったので、少し心配していたのだ。

「ところでお嬢様、一つ聞きたいのですが。」

「なにかしら。」

険しい顔をしたトーマスが、少しだけ周りを見渡した後、声をひそめた。

「お嬢様は旦那様の遺産のことは聞いていないのですか?」

「遺産?聞いていないわ。」

「お嬢様の預貯金のことも?」

「ええ。そんなものがあるの?お義母様からもなにも聞いていないわ。」

彼は目を見開くと、次の言葉を探しているようだった。

少し言葉を選ぶように口を開けては閉じを繰り返した。

「実は、旦那様には多額の遺産があったのです。海外へ行くお仕事でしたから、死んだ後のことは頼む、と常々仰っておりました。特にお嬢様の母君が亡くなられたあとは、一層預貯金を...」

「トーマス?終わったの?」

突然ガラガラと馬車が停まり、女性がトーマスへと声をかけた。

豪華なドレスを着て、綺麗なブロンドの巻き髪が美しくなびいている。

私が一歩下がり軽く会釈をすると、その女性は突然声をあげた。

「エラ?エラじゃない!」

名前を呼ばれ顔をあげよく見ると、以前詩を詠む会で友人になったマリアであった。

「マリア!奇遇ね!」

「エラこそ、あの会に来なくなってとても寂しかったのよ。」

「ごめんなさい、もうしばらく行けそうにないわ。」

「そうね、事情は聞いているわ。」

そう言うと、マリアの向かいに座っていた女性が軽く会釈をした。

「モリー!」

「実は、あなたの家の使用人が解雇されたと聞いて、ちょうどうちの使用人が高齢で辞めるところだったから、うちに来てもらっていたの。」

「黙っていて申し訳ありません。」

モリーは謝罪をしたが、私は何の謝罪だかわからず笑った。

「雇い主が誰かなんて聞いてないから、謝ることはないわ。」

「友人の屋敷で働いていることを言うのが裏切りのように感じていたのだそうよ。」

マリアが申し訳なさそうに言ったが、私はきょとんとした顔をして、また笑った。

「とんでもない。マリアが友人でよかったわ!ありがとう。」

ほっと胸を撫で下ろすように二人は顔を見合わせると、マリアが私へ憐れみの視線を向けた。

「私があなたにできることは何かあるかしら。」

私は少し気まずそうな顔をして、いいえ、と答えた。

「特にはないわ。お気遣いありがとう。」

明らかに身分差のある格好で、この往来を立ち止まらせている方が申し訳なかった。

すると、トーマスが怪訝な顔をした。

「エラお嬢様、馬車はご用意ないのですか?」

「お義母様にお願いしたのだけれど、断られてしまったの。」

そう答えると、マリアは大きい目をさらに見開いた。

「まあ!では今から歩いて帰ると言うの!危ないわ!だめよそんなの。私に送らせてちょうだい。」

「そんな、悪いわ。」

「エラ、お願いよ。友人だというならそれくらいさせて。」

少し眉をしかめて言う彼女に、さすがの私も折れた。

「わかったわ。お願い。」

「そうこなくっちゃ。乗って!トーマス、あなたはお父様に少し帰りが遅くなると伝えて。」

「かしこまりました。」

トーマスが少し駆け足で去って行く様子を見た後に、マリアは手をポンと叩いた。

「さあ、せっかくだしもう少しお買い物をしましょう。」

モリーのエスコートで馬車へ乗り込むと、自宅へとは逆方向へ走り出した。

「え?帰るんじゃないの?」

もう、とマリアは言うと、突然私の手や頬をぺたぺた触った。

変わらない友人のさらさらな手肌が羨ましかった。

「エラ、あなたコートはないの?冷たいわよ?風邪を引く前にこれも買いに行くわよ!」

これは言っても止まりそうにない、と私は諦めて笑った。

そんな変わらない友人の強引な優しさも嬉しかった。

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