魔法の言葉
父と話したあと、「寝るのが怖い」という私に、父は一緒に寝ることを提案してくれた。
「それならエラが寝るまで手を繋いであげるよ。」
物心ついた時から1人で寝ていたので、父と一緒に寝るだなんて考えたこともなかった。
「でも一緒に寝るなんて赤ちゃんみたい。」
「私にとってはエラはずっとかわいい赤ちゃんだよ。準備をしてくるから少し待っていなさい。」
数分後、寝巻きに着替えた父がやってきた。
「じゃあ寝ようか。」
と、ここで、モリーが食事に呼んでいたことを思い出した。
父は仕事帰りだし、お腹が空いているに違いない。
「お父様、ご飯は食べたの?」
「ん?そうだな、サンドイッチを少しだけ。」
「お腹すかないの?」
「ふわわわ〜それよりも眠いなあ。さあ、寝る準備をしよう。」
父はわざとらしいあくびをして、ごそごそとベッドへ入ってきた。
父は、くすくすと笑う私に掛け布団を掛け直し、頭を撫でた。
父の体温が横で感じられて、少し温かい。
なんとなくまどろんできたが、やはり不安は消えなかった。
「寝れそうかい?」
「...ううん。こわい。」
「そうか...なら、お父様に何が怖いか教えてくれるかい?やっつけてあげよう。」
やっつける、なんて発想はあまりなかったので、少し驚く。
「本当に...?お父様がやっつけてくれるの...?」
私が真剣にそう聞いているのを見て、父は微笑んでいた表情を少しだけ戻した。
「いや、お父様はやっつけられないかもしれないな...でもエラがやっつけられるように助けることはできるかもしれない。」
「たすける?」
「そう。例えば怖くなった時の魔法の言葉とか。エラは魔法を信じるかい?」
“魔法”と聞いて、舞踏会の日の夜のことを思い出す。
「うん。魔法使いがきらきらってするやつでしょ?」
「そういう魔法もあるかもしれないね。私がエラに教える魔法は言葉だから、きらきらは出ないかもしれないけれど、エラにずっと力を与えることができるんだ。」
「そんな素敵な魔法が!教えてお父様!」
「いいかい、魔法の言葉はね、『愛している』だよ。」
「愛している?」
「そう。愛している。私も、もちろん今はいなくなってしまったミリアーナも、エラのことを愛しているんだ。もし私がエラのことを怒ったとしても、その気持ちは変わらない。」
「ずっと?」
「そう、ずっと。」
「お父様がいなくなっても?」
「そう。エラが頑張っているときに頑張れ!って言うのも、エラが悲しんでいる時に抱きしめるのも、全部『愛している』っていう言葉から来ているんだよ。」
『愛している』という言葉を聞いて、なんだか胸がぽかぽかとしてきた気がする。
その言葉を思い出すだけで、父や母がそばにいてくれる気がする。
その言葉を思い出せていたら、あの日もまだ頑張れただろうか。
「...でももし、お父様が新しいお義母様を連れてきて、新しく娘ができたら、お父様に『愛してる』は減っちゃうんじゃないかな...。」
「エラ、『愛してる』はね、絶対に減らないんだ。もし新しいお義母さんを連れてきたとしても、私がいなくなってしまったとしても、減ることはない。私の1番はエラだよ。」
その言葉を聞いて、前の人生でのモヤモヤや、恐怖が少しずつ薄れていくのを感じた。
「エラ、お母様もお父様もいなくなっても、幸せになっていいの?」
そう言った私を父は目を見開いて驚いた。
なんてことを...と呟くと、私を抱き寄せた。
「もちろんだとも。私も、もちろんミリアーナもエラの幸せだけを願っているよ。」
「そっか、私幸せになってもいいんだ...」
だんだんと瞼が重くなってき、不安感が少しずつ薄れてくる。
まどろむ意識の中で、もしのこの後目が覚めたら、明日ではなく、あの日の夜だったら、と考え始めた。
だが、昨日までの絶望はほぼない。
母との思い出や、これまでに学んだたくさんの事、父からの大切な言葉。
これだけあるのだから、きっとどうにかなる、と思い始めてきた。
もし修道院へ連れて行かれそうなら、その前に逃げ出せばいい。
きっとどこかで雇ってもらえるスキルはあるはずだ。
まだ会えていないが、隣国の祖父のところへ押しかけたっていい。
会えないかもしれないけど、そしたら会えるまで向こうで仕事をしたらいい。
もう、しくしくと悲しむだけで諦めるのは終わりだ。
父も母も私のことを愛してくれていたし、幸せを願っていてくれた。
それだけで十分だ。
私は、私の幸せのために未来へ向かっていく。
だからきっと、何かあっても大丈夫。
そう、大丈夫...
ここで意識が途切れた。
目が覚めると、翌日父が私の頭に手を置いた状態で眠っていた。
カーテンの隙間から、外の光が少しだけ見える。
手を見ると、子どもの小さい手のままだった。
部屋も変わっていない。
「次の日、だ...次の日だ!」
どうやら魔法はまだ夢を見させてくれるらしい。
私の大きな声に反応したのか、父がもぞもぞと動いた。
だが、また寝息を立て始めたのを見るに、起こしてはいないようだ。
父がまだ起きていないことを考えると、まだ少し早い時間なのかもしれない。
「んふふ」
私は父の方に寄ると、また目を閉じた。




