1週間後
前回の更新から大変お待たせしました!
まだ私生活は忙しいので、以前よりも更新頻度は落ちると思いますが、時間を見て少しずつ書いていこうと思います。
母が亡くなってから1週間が経った。
すでに葬儀を終えて、私は黒い服を着て過ごしていた。
父はあまり人と話したくないのか、母が亡くなったことを忘れたいのか、朝食も私が食べ始めるよりも前に食べ終え、帰りも仕事で遅くなった。
モリーやトーマスも気を遣ってか、あまり話しかけてこなかった。
私はというものの、母から渡された手紙や、彼女の最後の言葉についてぐるぐると考えていたが、ふと、以前の人生と大きく変わり始めたことに恐怖を覚え始め、なかなか寝られずにいた。
私はたくさんの知識を身につけた。
以前はもらわなかった母の遺言状を2枚も持っている。
事態はかなり好転していると思う。
だが同時に不安でもあった。
「これでもし、寝て起きた時にあの屋根裏にいたらどうしよう。」
そう思うと、どんなに頭が痛くて耳鳴りがしても、目を瞑ることができなかった。
確かにこの世界へ飛ばされてすぐ、湖で溺れた時にこれは夢ではなく現実だと理解した。
だが、この世界にやって来れたのはトリルの魔法のおかげだ。
父と母に会いたい、という願いは叶った。
それにもう母はいない。
願いが叶ったと判断されて、魔法が解ける可能性がないわけではない。
「夢と魔法って似ていると思わない?」
ベッドの上でうつ伏せになりながら、ジャクソンに話しかける。
彼は鳴くだけだったが、その顔はとても心配そうだ。
夢と魔法はいつ覚めるかわからない、幸せな幻想。
魔法だって都合のいいものではないだろう。
魔法は必ずどこかで解ける。
どこで解けるのか教えてもらわなかったが。
「寝た方がいいっていうのはわかっているけど、私だって不安なの。起きたらモリーもトーマスもお父様もみんないなくなってるんじゃないかって思うと、目がつむれないの。」
以前は、母は5歳の時に亡くなり、翌年にお茶会でマリアに出会って、その翌年だが翌々年だかに父が再婚した。
今回の人生はどうだろうか。
「お義母様に会いたくないけど、きっとお父様は再婚しちゃうんだろうな...」
マリアに会うのは楽しみだが、あの3人にまた会うのはなんとなく気分が落ち込む。
そのままぼんやりと瞼が重くなってきて、首を振ったところで、ドアを叩く音が聞こえた。
「お嬢様、食事の時間ですよ。」
「うん、今行く。」
私はベッドから降りようとして、突然眩暈がしてベッドから落ちた。
ドンと音がして、慌ててモリーが部屋の中へ入ってきた。
「お嬢様!大丈夫ですか!」
くるくると回る視界の中心にいるモリーの方を見る。
「目がぐるぐるする...」
「ああ、お嬢様、顔色も悪いし隈が...もしかして寝ていないのですか?」
「ううん、ベッドには入ってる...」
「お嬢様...」
モリーは私を抱き上げると、ベッドへと戻した。
「食事は後でお持ちしますね。トーマス!トーマス!」
モリーが大きな声でトーマスを呼ぶと、彼がドタバタと廊下を走る音が聞こえた。
「はい、どうされましたか。」
「至急旦那様に連絡を。」
「かしこまりました。」
トーマスは軽くお辞儀をすると、またドタバタと部屋を出て行った。
再び部屋の外から足音が聞こえてくるまでの間、モリーは私の手を握りながらぎこちない笑顔で質問を繰り返していた。
「どのくらい寝ていますか?」
「モリーにおやすみを言ってから、おはようって言われるまでベッドにいるよ。」
「その間眠れていますか?」
「おめめが開いちゃうの。」
「いつから目が閉じられませんか?」
「お父様と、ご飯を食べなくなった日から。」
そんな、とモリーは目を見開き、奥歯を噛み締めた。
「気づかず申し訳ございません。」
「どうしてモリーが謝るの?」
「いえ...」
彼女は少し黙った後、また先ほどと同じ笑顔に戻った。
「どうして眠れなくなったのか、心あたりはありますか?怖い夢を見たとか。」
「怖い、夢...」
たしかにあの人生も、こちらが現実だとするならば夢みたいなものだ。
もしこの幸せな魔法が、夢のように覚めてしまうのなら、『前の人生』という怖い夢を見たと言った方が自然か。
「そうなの。怖い夢を見たの。」
「それはどんな夢ですか?」
「えっと...」
母と同じように説明をしてしまってもいいだろうか。
いや、母は私が未来から来たことを知っていた。
だがモリーが知っているとは限らない。
話したところで怪訝な顔をされて終わるだろう。
ここはかいつまんで伝えた方が、きっと自然だ。
「エラが大きくなって...お父様もモリーもトーマスもいなくて、屋根裏部屋にひとりぼっちの夢...」
「安心してください、今は私たちがいますよ。」
「そうなんだけど...」
今はそうだけれど、私の「大きくなったら頃」はそうではない。
まだ不安そうな顔をして俯く私に、モリーは心配そうに見つめていた。
すると、足音が2つ聞こえてきて、モリーが手をギュッと握った。
「お嬢様、旦那様がいらしたみたいなので、少しお話ししてきますね。」
「...うん。」
モリーの後ろ姿を見送りながら、父の反応を考えていた。
何も言わずに、母が亡くなった翌日のように、頭を撫でて終わるだろうか。
眠れずに黙っていたことを怒られるだろうか。
気づかなくてすまなかった、と抱きしめてくれるだろうか。
そんなことを考えていると、「旦那様!」というモリーの怒った声が聞こえて、思わず飛び起きた。
話し声が少しだけ聞こえて、しばらくするとモリーとトーマスが部屋の外で見守る中、父が1人で部屋へ入ってきた。
「エラ...」
「お父様...」
父の顔は変わらず優しそうだったが、彼の顔にも疲労が滲み出ていた。
「エラ、寝れていないと聞いたよ。何か怖い夢でもみたのかい?」
父はすでにモリーから聞いていると思ったが、私の言葉で聞きたいと思ってくれたのかもしれない。
「うん...みんないなくなっちゃって、エラがひとりぼっちになる夢なの。」
「私や、モリーとトーマスはいないのかい?」
「いないの。お父様は死んじゃって、モリーとトーマスはお給料が払えないからいなくなっちゃった。」
「そう、なのか...」
自分が死ぬ、という娘の発言に動揺を隠せない父を見て、私は必死に話を変えようとした。
「お父様も寝れていないの?」
「どうして、そう思うんだい?」
「お父様のお顔、元気ない。」
心配そうに自分を見つめる私を見て、父ははにかんだ。
「エラは、本当にミリアーナにそっくりだね。」
「お母様に?」
思いがけない父の発言に、少しだけ驚く。
「彼女にもよく言われたよ。『顔に元気がない。寝なさい』って。」
「エラと同じ?」
「そう。同じ...」
父は何か言おうとして、口をつぐんだ。
少しだけ目を伏せて、外をちらりと見たが、外で待つ2人の顔を見て、こちらを向いた。
「本当は...ミリアーナにそっくりなエラの顔を見るのが辛かったんだ...彼女のことを思い出してしまうから...。」
ショックだった。
母が亡くなり、父にも会いたくないと言われたのだ。
「でもね、」
彼は、何も言えずにいる私を手を握り、頭を撫でた。
「私が間違っていたよ。ミリアーナはミリアーナだし、エラはエラだ。そう、思い出すのに、1週間もかかってしまった。だから、エラとミリアーナは同じだけど、同じじゃない。」
私は、申し訳なさそうな顔をする父を見つめた。
「こんな父親を、許してくれるかい...?」
大好きな父の素直な謝罪に、許してあげる、と言いたかったが、ショックを受けた私の心はまだ少し痛いままだ。
私は、意趣返しとして父に質問をした。
「じゃあ、お母様と同じところと、違うところを10個ずつ教えてくれたら、許してあげる。」
そう返されたことに父は少し驚いた様子だったが、居住まいを正して、一つずつあげ始めた。
「いいとも。エラとミリアーナは、青い瞳、髪の色、佇まいも似ているね。声も可愛らしいから、きっと大きくなったらミリアーナとそっくりになるだろう。それから...」
父はいくつも私と母が似ているところを教えてくれた。
父から見た、私と母の共通点がこんなにもあっただなんて、少し嬉しい。
「そういえば前にミリアーナと、エラのすごいと思ったことを話したんだ。」
私と母が違うところを挙げる前に、何かを思い出したようだ。
「どんなこと?」
「エラは水が怖いだろうに、泳げるように練習しただろう?頑張ってできるようなったのは、普通できることじゃない。」
「エラすごい?」
「ああ、すごいとも!ミリアーナが『私もエラみたいに頑張らなきゃ。』ってよく、言ってたんだ...なのに...」
父は言葉を詰まらせて、目から涙を流し始めた。父の涙を見るのは初めてだった。




