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舞踏会当日

舞踏会当日。

いつもの時間に起きた私だが、国全体はいつもよりも騒がしい気がする。

「とうとうこの日が来たわ!」

舞踏会への準備は万端。

マリアに誘ってもらったダンスレッスンも先日終わった。

何度か踊るうちに、忘れていた踊りの感覚も思い出し、誰かと踊っても失礼のない程度には踊れるようになった。

レッスンの日は、昼より少し前に家を出て、マリアの馬車に迎えに来てもらった後、マリアとモリーとお菓子を作り、出来上がるまでの間にダンスレッスンをして、終わった後にお菓子を食べながらお喋り。

月に一回のレッスンは、父が亡くなる前の生活のようでとても楽しかった。

マリアから「素敵なドレスを着たエラと舞踏会で会うのを楽しみにしている」と言われたのもあり、どうにか今日までにドレスを無事に作り終え、昨日やっと髪飾りも完成した。

靴は義姉たちに「いらない」と渡されたものに、装飾を付け替え、ドレスに合うようにした。

あとは着替えて会場に行くだけだ。

「ドレス、素敵になって良かった。」

私は完成したドレスをまじまじと見る。

ドレスは結局元の原型を留めたまま、装飾を一新した。

生地も何枚か重ね、ボリューム感が出ている。

もらった生地も上質なものだったので、パッと見手作りとは気づかれないだろう。

形は一昔前のものだし、縫い目に粗もあるが、デザインは可愛らしくまとめられたと思う。

「お母様も喜んでくれるかしら。」

母が元気な頃、「お気に入りなの」と遠出をするときに、いつもこのドレスを着ていたことを思い出す。

このピンクの小花柄のドレスに、大きなつばの帽子を被った母と手を繋いで歩いたことを覚えている。

「さあ、出発までに頑張らなきゃ!」

私は着替えて、いつもの仕事に取り掛かった。

朝食を作り終え、3人を起こし、片付けをした後、掃除をしていると、玄関のベルが鳴った。

扉を開けると、華やかな服を着て、化粧道具やらなんやらを持った男性二人組が立っていた。

「あの、どちら様でしょうか...。」

「ご依頼により伺いました、スタイリストのジョディと、」

「メイクアップアーティストのジュディですわ。時間もないので上がらせていただきますね。」

「え、ええ。」

継母が雇ったのだろうか。

私の返事を待たずに彼らはツカツカと家の中へ入ると、そのまま継母の部屋の扉をカカカカッと叩き、中へ入って行った。

その数分後、扉が勢いよく開くと、継母が二人を連れて、義姉たちへ声をかけて、三人は義姉たちの衣装部屋へ、遅れて義姉たちも慌てて同じ部屋へ入って行った。

扉が少し開いていたので中を覗くと、補正下着姿の義姉たちが、ぐいぐいとコルセットを締め上げられていた。

「んぎぎぎ!折れちゃう!」

「でももう少し締めないとドレスが入りません。」

「無理よ無理無理!」

「朝ごはん全部出ちゃう...ぐえ...」

「出すならトイレに行きなさい。」

「ドレスが小さいならドレスを緩めてちょうだい!」

「骨がミシミシいってる!」

義姉たちの叫び声と、それを叱咤する継母の応酬に思わず笑いそうになる。

髪飾りはいくつか決めきれなかったようで、帽子の他にいくつか並んでいた。

どれにするかはドレスを着てから決めるのだろうか。

ちらりとドレスを見ると、1番最後に見たドレスとはまた別のドレスになっていた。

とても素敵なドレスだが、装飾がいささか派手である。

このドレスにメイクや飾りを合わせるとなると大変そうだ。

結局3ヶ月ほど前に義姉たちに呼ばれたのを最後に、どのドレスがいいか聞かれることはなくなったので、何度ドレスを変更したのか私にはわからない。

あの日以降も財布にお金が十分に足されることはなく、通帳もどこか別の場所へ移動させられてしまったようで、現在の貯金は確認できていない。

我が家の金銭状況に不安は残るが、舞踏会さえ終われば、しばらくの間は豪遊もなくなるだろう。

私は部屋の前からそっと離れると、舞踏会出発までの間に残りの家事を終わらせることにした。

彼女たちは、舞踏会まで食事はいらなさそうなので、自分だけ軽く食べ、財布を持って買い物へ出かけた。

今日は舞踏会なので早めに店を閉めるのと、明日はどこの店も1日休みだと聞いていたので、今日中に買い物に行かないと、明日の食事が不安だった。

町へ着くと、あたりはお祭り騒ぎだった。

馴染みの店へ行くと、いつも不機嫌そうな店主も心なしか、にこやかな気がする。

「こんにちは。なんだかみんな楽しそうね。」

「やあ、そりゃあ王家主催の舞踏会なんていったらでかいお祭りよ。それにうちの娘も舞踏会へ行くんだ。ドレス姿が可愛くてねえ。」

お昼を過ぎたからか、舞踏会の準備を始める人が増えてきたようだ。

この町唯一の理容室へ、次から次へとドレスを着た女性が入っていく。

馬車ではなく徒歩で行こうとしているのか、すでにパートナーと腕を組みながら城のある街の方へ歩いている人もいる。

町の人々の様子を眺めていると、店主から、はい、と品物を渡された。

「お嬢ちゃんも舞踏会へ行くんだろう?楽しみだね。」

「ええ!とても楽しみなの!」

「そいつあよかった。あとこれ、おまけだよ。明日食べな。」

突然、店主から袋いっぱいに詰められたリンゴを渡され驚く。

「え、こんなにたくさん!とても嬉しいけれど、どうして?こんなにもらうなんて申し訳ないわ。」

返そうとしたが、店主は頑なに受け取ろうとせず、首を横に振った。

「理由なんてもんはないよ。まあいいんだ、せっかくのお祭りなんだから。この後どうせ店も閉めるしもらってくれ。」

「じゃあ、ありがたくいただきます。」

「今後もご贔屓にな。」

軽くお辞儀をしながら店を離れて、別の店に行ったが、どの店でも同じような対応をされてしまい、想定していたよりも荷物がだいぶ増えてしまった。

「そろそろ帰らないと。」

両手いっぱいに荷物を抱えて、落とさないように慎重に歩く。

人の出入りも増えてきたので、急いで歩けば誰かにぶつかりかねない。

私は周囲の楽しそうな人々の話し声を聞きながら、のんびりと家へ向かう。

空は青く澄んでいて、きっと今日の夕焼けはとても綺麗だろう。


陽が傾いて来た頃。

私は自室に戻ると、いそいそとドレスに着替え始めた。

靴を履き替え、首元に余った材料で作ったネックレスをつけて、くるりと回ってみる。

姿見がないため全身がどうなっているかわからないが、きっと大丈夫だろう。

机に置いておいた手鏡を見ながら、最後のダンスレッスンの日にマリアからもらったリップをつける。

化粧品を持っていないと話したら、成功のお守りだと言って渡してくれたものだ。

ドレスの色とも合うので、顔色がとても明るく見えた。

髪を結び、髪飾りをつけて、一息ついた後に窓から城を見る。

「もうすぐあそこへ行くのね。」

華やかなダンスホールで、ドレスを着てくるくると踊る想像をしていると、ネズミたちが足元へやって来た。

「ふふ、こんにちは。応援しに来てくれたの?」

ネズミたちは、ヒゲをヒクヒクと動かしたり、チウチウと鳴いたりしていた。

彼らはこの半年の間ドレス作りを手伝ってくれた、謂わば戦友だ。

床の隙間に落としてしまった針を、拾ってわかりやすい位置に置いておいてくれたり、飾りの組み合わせで悩んだ時に、考えた組み合わせに並び替えておいてくれたりしてくれた。

実際に目の前でやってくれていたわけではないが、大体作業を放置してから部屋へ戻ると、後でやろうと思っていたことが、済んだ状態になっていた。

ある時おかしいと気づき、思わず「妖精さんでもいたのかしら」と言った時に、ネズミたちが突然現れて、必死にアピールをしていたので、妖精ではなく彼らの厚意ということがわかった。

昨日も、髪飾りの細かいビーズを落としたら、どこにあるかすぐに鳴いて教えてくれた。

彼らのおかげで不必要な時間を使わずに済んだ。

「これはお礼よ。半年間手伝ってくれてありがとう。」

私は机の上に置いておいた、先ほどおまけでもらったりんごを細かく切ったものを、彼らの前に置いた。

ネズミたちはチュウチュウ!と喜びながらりんごへ向かっていった。

この報酬はとても喜んでもらえたらしい。

私は城の方へ視線を戻すと、今日までのことを振り返った。


大好きな家族もいなくなり、友人ともなかなか会えず、ひどく寂しくなる時もあったし、あまりに理不尽だと憤慨する時もあった。

だが、そんな日々も舞踏会へ行けば何か変わるかもしれない。

私にも婚約者はいないが、家柄は悪くない。

いや正しくは、以前はいたと聞いていたが、母が亡くなった頃にその話もどこかへ消えてしまったので、今は誰が相手だったかも覚えていない。

継母のことだから、私が婚約するとなれば体裁を気にして、支度金を用意しないなんてことはないだろう。

この家さえ出れればこの生活も変えられるかもしれない。

役所で当主になれない事実を知ってから1年。

私は仕事の合間に、父が残していった書物をひたすら読み漁っていた。

あまりたくさん時間は取れないため、1週間に1冊のペースではあったが、かなりの冊数を読み終えることができた。

私には知識がなかった。

この国の法律も、歴史も、権利も何も知らなかった。

女性の仕事や他国のことさえも知らなかった。

ただ、幸いなことに父は隣国の商品を売買する貿易商人で、多くの知識書や隣国に関する本は多くあった。

私は昔、母に絵本をよく読んでもらっていたので本に対する抵抗感はなかったが、一度マリアに本を読んでいることを手紙で伝えたものの、あまり興味がなさそうだったので、この国の女性はあまり本を読む習慣がないのかもしれない。

考えてみればそれもそのはずで、この国には女性が通える学校が存在しない。

基本的な知識は家か教会で教えてもらい、女性に必要なのは針と詩歌だと言われている。

縫い物ができればお針子として賃金が稼げ、詩歌ができれば字の読み書きができるという考えらしい。

隣国の本には、そんな我が国を「あまりに女性の権利が乏しい、未来がない」と非常に悲嘆した文が書かれていた。

女性は必ず結婚し、夫に稼いで生活してもらうことを前提としていて、離婚や死別した場合のことはあまり詳細な記載がなかった。

現在そのことを問題視した王太子殿下の妹メイリー殿下が、数年前に隣国へ留学をしたと聞いたが、それだけである。

このまま待っていたところで事態が好転する可能性は限りなく低い。

女性なので学校には行けず、私は配偶者を持てず修道院へ入れられ、死ぬまで教会で規則正しい生活を送ることになる。

それはそれで食べるものに困らずいいのかもしれないが、娯楽は一切禁止され、外部との交流も断たれると聞いている。

親友のマリアとの交流がなくなってしまうのはあまりに悲しい。

女性の権利が認められている隣国へ行けばいいのかもしれないが、渡航費や滞在費が工面できなければ、行ったところで仕事も暮らす家もなくこの国へ強制送還されて終わりだ。

資金があれば別だが、家事で時間がないこの状況で、渡航費を稼ぐのに何年かかるかわからない。

だから、私もこの舞踏会に賭けるしかない。

婚約さえしてもらえれば、家名さえ教えてもらえれば、後日会う約束さえ取り付けてもらえれば、会って話してもらえさえすれば。

舞踏会にさえ行けば。

そのためにはどうにかしてドレスやアクセサリーの準備をして、舞踏会で素敵な、最低限浮かない格好をしなければならない。

私にはもう後がなかった。

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