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友人のマリア

ドアが閉まると、マリアが少しだけ優しく微笑んだ。

「エラはどう?最近元気?」

元気、と言いかけて、マリアが目の下をとんとんと叩いた。

「鏡、見てないの?クマがすごいわよ。」

「え!うそ!」

目の下を触るが、鏡がないので状態がわからない。

するとマリアが棚の上に置いてあった箱を持ってきた。

「はい、手鏡。」

マリアが箱の中から手鏡を手渡してくれて、慌てて顔を見たが、あまり普段の顔と変わっていない。

クマもあるにはあるが、そこまでひどくはない。

混乱してマリアを見ると、くすくすと笑っていた。

「もうマリア?」

「貴方のことだから絶対夜更かししていると思ったわ!でも絶対言わないと思って。当たりね。」

「両方大正解。」

私はため息をつきながら手鏡をマリアに返そうとしたが、マリアは首を横に振った。

「プレゼント。」

「え!そんなわざわざ。」

「じゃあ誕生日プレゼント。ずっと直接お祝いできてなかったからたくさんあるの。どうかもらって。」

マリアの表情からして意思は硬そうなので、諦めて戻した。

こんな高価なもの、今に私には相応しくないが、大切な友人からのプレゼントだ。

大事にしようと思う。

だが、彼女へ同等のプレゼントをあげられるほどの金銭的余裕は全くなかった。

「ありがとう。でも今私から貴方にあげられるものは...。」

「いつまでも待ってる。倍にしてね。」

すまし顔で茶を飲む彼女を驚いた顔で見つめる。

きっと以前のような生活に戻るまで友人で居続けてもらう算段なのかもしれない。

「マリアったら。」

もらった手鏡はテーブルの上に置き、改めてデザインを見る。

とても綺麗な装飾がついているが、手のひらサイズで小さく、持ち運びができそうだ。

時計と一緒に持ち歩こうと思う。

私の様子を見て満足そうにお茶を飲んでいるマリアだったが、思い出したように少し怒った顔をしながらカップを置いた。

「そうよ、どうせ手紙に書いていた『本』でも読んで寝る時間を削っているのね。だめよ。睡眠もしっかり取らなきゃ。」

「ふふ、そうね。でも本を読むのも楽しくて。」

「まあそうね、私もたしかに刺繍をしていると遅くなってしまうこともあるけれど...。」

あまりうまく言い返せそうになかったのか、やりたいことなら仕方がないのかしら、などと呟いていた。

と、ここで、何かを思い出したのかポンと手を叩いた。

「そうだわ、貴方にも届いたんでしょう、舞踏会の招待状。」

するとモリーが新しいカップとポットを持って部屋へ入ってきた。

マリアの前に新しいカップと温かい茶が用意される。

私はその様子を見ながら「ええ」と短く返す。

「届いたわ。家に3枚。」

「もちろん貴方も行くんでしょう?」

「ええ!舞踏会だなんて初めて!とても楽しみ!」

「よかった。貴方ならきっと楽しめるわ。」

そう言われて思わずマリアの顔を見た。

彼女は曖昧な笑みを浮かべていた。

何か過去にあったのだろうか。

「マリアは、舞踏会は好きじゃないの?」

「私は...そうね、あまり好きじゃないかも。」

心配そうな顔をする私を見て、マリアが肩をすくめた。

「そんなに深刻に考えないで。高位貴族とお友達になろうと必死な方々の相手をさせられてうんざりしてるだけよ。それに貴方もいないし。」

「舞踏会って大変なのね。」

「それに踊りの綺麗さなんてちっともわからないのに、ちくちく周囲の『お姉様方』に色々言われるのよ。でも考えてみたら、次の舞踏会には貴方がいるから私も楽しみかも。」

『お姉様』にトゲのある含みを感じたが、いつものようににこやかに笑ったマリアも見て私も安心した。

が、「踊り」という単語を聞いて今度は私が少し不安になる。

「舞踏会って踊るのよね...?私、小さい頃お父様とぐるぐる回っていただけで、しばらく踊りの練習をしていないの。舞踏会へ行けばすぐに踊れるかしら。」

「ぐるぐる回る貴方を私も見たいけれど、すぐ踊れるようになるには厳しいかもしれないわ。」

「そうよね...。」

義姉二人には踊りのレッスン時間が充てられるかもしれないが、私が一緒に参加させてもらえるかはわからない。

「ならうちへ練習に来る?たぶんトーマスなら相手役を踊れると思うわ。」

「トーマスが?」

「あとは毎月、月初に踊りの先生がいらっしゃるの。時間が合えば一緒にレッスンを受けない?」

「それはとてもありがたいお誘いだけれど...。」

「あ、レッスン料が〜とか思っているのでしょう。なら来た時にお茶菓子を一緒に作ってくれる?貴方のお菓子が食べてみたいなあ。決まりね。」

「ちょっと、あの、」

マリアはモリーへ次のレッスンのことを先生に伝えるように言い、私の言葉を待たずにモリーはまた部屋から出て行ってしまった。

私はマリアに対して申し訳ないと思いつつ、レッスンを受けなければ、壊滅的な踊りを披露し、相手の足を踏みまくるのは避けられない。

自分のためにもマリアに甘えた方がいいのはわかるので、何も言えずただその様子を見ていた。

「よし、じゃあ毎月月初のお昼過ぎ、お待ちしております。あ、でももし予定があって行けそうになくても気にしないでいいからね。時間があったらぜひ来て。」

断ったら許さないんだから、と笑う彼女に対して私はお礼を言うことしかできなかった。

「マリアったら...何から何までありがとう...。」

「いいの。私はやっと貴方を助けることができて、とても嬉しいの。他にも何か手伝えることがあればいいのだけれど...。そういえば舞踏会に着ていくドレスはある?」

一番重要なところだが、痛いところを突かれた。

舞踏会において、見た目は所作と同じくらい重要視されている。

義姉たちも言っていたが、茶会でドレスコードそぐわない服を着てきた人の話は一瞬で広まり、全ての茶会で笑い者にされると言う。

まあ、以前その話をマリアにしたら「大袈裟すぎる」と笑っていたが、少なくとも義姉たちが特定の人たちを小馬鹿にしているのを聞いたことがあるので、半分は事実だろう。

いつのまにかモリーが部屋戻ってきていて、ドアの近くに立っていた。

「あるにはあるわ。昔お母様が着ていたものだから、少し古いものだけれど...。」

「そう...。その口ぶりだとたくさんドレスがあるわけではなさそう。」

「正直に言うわ。一着しかない。」

「それはかなりまずいわね。」

きっぱりと言い切ったマリアに、思わず笑う。

だが、まずいのは事実だ。

私にとっては思い出のドレスだが、他者には確実に時代遅れのドレスを着た女扱いされることは必至だ。

「もしよければだけど、私のドレス、いる?」

「え...!でも、それは...。」

マリアからの提案はとても魅力的だが、ドレスは決して安いものではない。

そんな高価なものをもらってしまえば、この関係が崩れてしまうかもしれない。

それに、マリアは多くの茶会や個人主催の舞踏会へも行っている。

彼女が過去に着ていたドレスを私が着ていると、お互いに心象が悪くなってしまう。

彼女の提案に乗れば、私は手軽のドレスを手に入れることができるが、あまりにもデメリットが大きかった。

私が申し訳なさそうにマリアを見ると、諦めたようにため息をついた。

「モリーにも言われたわ。ごめんなさい。今の話は聞かなかったことにして。」

「いいえ、その心遣いが嬉しい。ありがとう。」

言わせてしまってごめんなさい、と言いそうになったが、言えばマリアの厚意を無下にしてしまうことになるので、それは止めた。

だが、マリアは心配そうに色々と考えている様子だった。

私はおずおずと「実は、」と切り出した。

「その持っているドレスを作り直そうと思っているの。」

そう言うと、マリアは少し驚いた後に、顔を輝かせた。

「まあ!それはとても素敵ね!お母様のドレスと盛大な舞踏会でワルツ!きっとドレスも大喜びよ。」

「そうね、ずっと着ずに仕舞われていたから、ドレスもそう思ってくれるといいのだけれど。」

「なら、ドレスのカタログとかはどうかしら。形の参考になるかもしれないわ。」

「カタログ?」

「少し前から王家主催の舞踏会が増えたでしょう?ドレスの注文が増えることを見越して、ドレスを新調した時にいただいたの。今シーズンのものが2冊あるから持って行って。」

マリアは箱を再度開けると、こちらに中身を見せた。

中にはカタログが2冊と、ドレスの装飾に使えそうなリボンやパールなど、様々な飾りがたくさん入っていた。

「あとこれも貴方に全部あげるわ。」

「こんなにたくさん!もともと準備していたの?」

あまりの用意の良さに思わず笑ってしまう。

マリアは呆れたように笑うと、モリーの方をチラリと見た。

「モリーがきっと必要になるからって。彼女にはなんでもお見通しね。」

「お褒めに預かり光栄です。」

「まあ!そんな仰々しいこと言っちゃって。」

モリーは丁寧にお辞儀をすると、くすくすと笑いながら、「他にもお持ちしますね。」と部屋を出て行った。

私は居住まいを正すと、マリアに深く頭を下げた。

「本当にありがとう。貴方がいなければ私はきっと途方に暮れていたわ。」

マリアは少し驚いた顔をした後に、優しく微笑んだ。

「お礼を言うのは私の方よ。ねえ、エラ。私と初めて会った時のことを覚えている?」

私は頭をあげ、突然始まった昔話に戸惑いつつ、「ええ」と短く返す。

「もう10年ほど前よね。確かお茶会だった気がするわ。」

「そう。初めて家族以外の貴族と関わった日よ。でもひどく緊張して、好きな詩の話になった時に、突然話を振られて、もう詩は間違えるわ、お菓子は落とすわでもう散々。」

「あったわね、そんなこと。」

「もうエラったら軽そうに言っちゃって!私なんてもう半泣きで喋れなくなっちゃったのよ!」

「ふふ、でもそうね、たまたま隣の席だったわ。」

「そう。そしたら貴方が『マリアちゃんはこの詩が言いたかったんでしょ?私も好きよ!』って代わりに伝えてくれて、しかもこのお菓子が美味しかったって私のお皿に取ってくれたわ。」

「だって両方とも本当のことだったんだもの。」

「そうだったとしても、人ってなかなか動けないものよ。そんな貴方のおかげで私は社交界嫌いにならないで済んだし、唯一無二の友人ができた。今の私がいるのは貴方のおかげよ。」

「まあマリアったらそんなこと思っていたの?」

「なので、貴方には多大な恩が私にはあるのです。だからそんなに申し訳なさそうな顔をしないで。今回のことでやっと貸し借りがなしになるの。」

申し訳なさそうな顔、と言われて今の表情に気がついた。

そんなことで、と私は思うが、彼女にとってはとても重要なことだったのかもしれない。

「貴方がそんなことを思っていたなんて、今まで知らなかったわ。」

「だって恥ずかしくて言えないじゃない、こんなこと。」

マリアはすまし顔で茶菓子のクッキーを取った。

「貴方に恩を返せる時が来た時に言おうと思っていたの。その時が巡ってきてよかったわ。」

サクサクと綺麗に落とすことなく食べる様子を見て、笑った。

「成長を見せてくれているの?」

「ちょっと、10年も前よ?」

二人でひとしきり笑った後、私は静かに立ち上がった。

「マリア。」

「なあに?エラ。」

「ハグしてもいい?」

「ええ、もちろんよ。」

マリアも立ち上がると、大きく両手を広げた。

私はゆっくりとマリアに近づくと、そのまましっかりと抱きしめた。

身長は同じくらいだが、普段から動き回っている私に比べて、マリアの方が少し華奢に感じる。

ふわふわとしたブロンドの髪からは、花の香りがした。

「ありがとうマリア。貴方も私の恩人よ。」

「どういたしまして。これからもいつでも頼って。」

マリアから頭を撫でられ、少しだけくすぐったい。

頭を撫でられたのは子供の時以来だ。

マリアから一歩離れて、お互い顔を見合わせて照れ臭そうに微笑んだ後、モリーがたくさんの布と大きいカバンを抱えて戻ってきた。

「エラ様、こちらもどうぞお使いください。」

「これは?」

「当家で余っていた布や小物です。ドレス作りに必要だと思い、お持ちしました。」

「でもこれ...。」

モリーが持ってきた物の量は『余りもの』にしては量が多い。

まだ未使用の布もある。

「こんなにたくさんはもらえないわ。」

「いいえ、先日の掃除で物置から見つけた物です。エラ様が持ち帰らなければあとは捨てるだけなので、ご必要であればぜひお使いください。」

「え!捨てるなら...いただいていきます。」

こんな状態のいい未使用のものを捨てるなんて、逆に申し訳なくなってしまう。

私がそう答えると、モリーは満足そうに一礼したあと、荷物をどこかへ置きにそのまま部屋を出て行った。

「ちょっとマリア?」

「何かしら。なんとなく買っておいた布とかが貴方の役に立ててよかったわ。」

「こうなることを見越してたんでしょう?」

「いいえ?そんなまさか!ちょっとドレスの生地を見てみたいって言ったらたくさん持ってきてもらえただけよ。」

私は呆れたようにため息をついた。

これ以上マリアに聞いても答えてもらえなさそうだ。

「もう、私の負けよ。ありがとうマリア。大切に使わせていただきます。」

「ぜひそうして!貴方の素敵なドレスを楽しみにしてる。」

すると突然城の鐘が鳴り、いつもよりも大きい鐘の音に驚いて辺りを見回した。

考えてみればマリアの家の方が城からの距離が近いので、大きく聞こえるのは当たり前だ。

外を見れば、すっかり空は橙色に染まり、陽があと少しで落ちるところだった。

部屋に置かれていた時計を見て、今度は時間に驚いた。

「まあもうこんな時間!そろそろ帰らないと。」

「本当だわ!貴方と過ごすと本当にあっという間。今日はありがとう。とても楽しかったわ。」

「お礼を言うのは私の方よ。ありがとう。それにたくさんプレゼントもいただいてしまって...。」

「たくさんだなんて。あんなものプレゼントに入らないわ。惜しみなく使って。」

「ええ。貴方にドレスを見せられる日を私も楽しみにしてる。」

「さあ、とっても寂しいけれど、いやあなお義母様たちに怒られる前に急いで帰らないとね。モリー、エラを送る準備を。」

「かしこまりました。」

「さあエラ、行きましょう。私も家まで送っていくわ。」

私はマリアから受け取った箱にプレゼントを全て入れ、そのまま箱を抱えて、一緒に部屋を出た。

玄関を出ると既に馬車が用意されており、中にはモリーが入れてくれた物が一人分の座席を占領していたので、おもわず二人で顔を見合わせた後笑った。

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