表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブループリントヒトゲノム  作者: 冬蜂
第一章 千年大国編
8/19

第八話 試練之間

砂漠に流砂が如く現れたもう一つの奈落。


私は抵抗する間もなく、それに吸い込まれてしまった。


どんなに足掻こうとも霧に触れているかの様にどこにも掴めず、漆黒に満ちた奈落へ落ちていく。


まだ落ちる。


どんどん落ちる。


どこまでも堕ちていく。


ずっとずっとずっと……。





おおよその感覚で二十分くらい経ったタイミングだろうか、私はようやく奈落の底、即ち地面にたどり着く。


奈落の底も赤い砂で満ちていた。


この赤い砂は死者の血で染まっている。


冗談で言った私の説も、なんとも現実味が帯び始める。


そして夜目に慣れて来た感覚で少しずつ分かることも増えて来る。


古代ギリシャ風建築っぽい尊厳ある神殿が立ち並んでいること。


そのほとんどが赤い砂で埋まって、ボロボロに荒廃していること。


たまに空を裂くような雷鳴の音が啼いていること。


……今此処に私以外、誰もいないってこと。


「そして……信じたくありませんが……此処が、千年大国ですか」


千年の秩序を目指したはずの王国が、僅か一夜も経たずにこの様とは。


「とりあえず……誰かと合流しないと駄目みたいですね」


それから私は三人に会うべく、周囲の探索を開始した。当ても何も無い、ただただ赴くままに。


「よ、よよよ、ようこそ。せん、せん、千年大国へへへへへへへ。」


すると私の直ぐ前で地面に埋もれたスピーカーを発見する。声は無機質な女性に聞こえる。


「ここ、ここは、は……"試練の間"。貴、あな方が、ががおろお愚かなじん人るい類かからら進しん化かさせるのに必要な間。」


「……何か手掛かりがあるのかもしれません」


私はそれを手に取り、引き続きスピーカーの話を聞く。


「この、この間でははは、何も無いない、空くうか間んで千年、耐たえ忍しのんでいただきたい。下げげ界ととの時間じかんはズレ、ズズズレており、此お処で千年経っても、下界かいかいでは、一秒。げ、げか下界のい歪びつな情じょ報ほを全すて浄化するのがあが目的…


とりあえず腹立ったので無言でスピーカーを投げ飛ばして壊してしまった。


「はぁ……はぁ……」


今の状況より最悪な情報を聞くとは思わなかった。


恐らく同じ天使であるリラは対象外で、その紹介で来た私達もこの間は受けなくても良かったと思われる。


まあ結果はこの有様だが。





「なんだなんだー、なんのおとだー」


さてお次は何だろうか。そろそろ本格的に疲れて来て考えがまとまりにくくなってきた。


「……貴方は?」


私の前に現れたのは、一人の男性。服装やら髪型やらとにかくボロボロで裸同然であった。


そして右腕の二の腕部分には、"残り900年"の文字が彫られていた。


「きみもー、しれんのまを、うけているみたいだねー。たいへんだねー。きみーたべるよねー。これたべてーぼくもたべるー」


どう考えてもヤバい。考えなくてもヤバい。


しかも暗くて見えづらかったが……あの人、何かの×を持っていた。


「はらがへった」


彼はその場で必×に×を××る。


滴る。


すると彼の姿が虎の模様に徐々に変わり始めていく。同時に身体からは×××が這いずり回る。


赤い血が滴る。


「"暴食"×100」


赤い血が奴の口から滴る。


また来てしまう。あのトラウマが。


こんな危機的状況なのに息が出来なくなるほどに高揚してしまう。


「ハァ……ハァ……」


そして、両親を殺されて笑う自分が大嫌いで大嫌いで大嫌いで……死にたくなる。


ああ、いつもの発作が始まってしまう。


助けてお母さん。


助けてお父さん。




助けて……ライル。






「二度と……二度と、アーミーさんをこんな目に遭わせる訳にはいきません……!!!!!」





その言葉を合図にして、私と怪物の間に2m超の氷の壁がせり上がる。





「リラ……さん……?」


そして私がか細い声で呟けば、直ぐ横へとリラが瞬間移動する。


「"暴食"×88 "暴食"×32 "暴食"×127」


だが同時に三人の男男女もこの騒ぎを聞きつけて登場。


まだ彼等の存在は氷の壁越しになんとなく分かる程度だが……その姿は明らかに"ヒト"では無かった。


牛の悪魔。ミミズ人間。ゾンビ。等と多種多様な進化を彼等は遂げる。


「われわれにんげんさまがこんなめにあっているのだからたすけろ。ゴミクズが」


「てんしはなにをやっているのか。われらをしれんのまに閉じ込めておいて、かんじんなときは役に立たないなんて」


「せんねんここで怠けているだけでしあわせになれるといったのはおまえじゃないか。こんなつまらない空間でずいぶんまってやったのに」


「これだから魔物はひとの気持ちがわからない。やはりわれわれを騙していたのだな」


恐らくリラを此処の守護者である親友と勘違いしているのだろう。


聞くに堪えない醜いヤジがリラに向けて飛んでいく。


「そ、そんな……確か試練の間は志願制だったはずですし、そもそもリタイヤも申請すれば出来た……」


「にんげんさまにいいわけするのか。てんしなんぞにんげんさまあってのそんざいであろうに」


「そうだ。はやくにんげんさまであるわれらをもてなせ。はらがへってしかたがない」


「はらがへった。めしをよこせ」


「はらがへった」




リラが見ない間で千年大国に何があったのか、なんとなく想像がついてしまう。




「……」


しかしそれでも彼女はあの人たちを攻撃しなかった。いや、出来なかった。


彼等が魔物では無く、愛すべき人間だから。守るべき人間だから。救うべき人間だから。


それが天使の役目だから。


慈悲深き天使の役目だから。


「とっとりあえず……逃げましょう、アーミーさん!」


リラは私が心配しない様に、一所懸命作り笑顔を見せる。


慈悲深き天使はそれがさも当たり前かの様に慈悲を向ける。


今度は私の為に。


こんなクズである私なんかの為に。


しかし……それに応じることは出来ない。


トラウマはなんとか発症しないで済んだものの、体が単純に怯えきってしまい動けないでいた。


「大丈夫です。大丈夫です。大丈夫です。大丈夫です。大丈夫です……」





"瞬間移動"




私の返答を聞くことなく、現実から逃げる様にリラと私は消えた。


千の魔物を簡単に倒せるリラならば、あの状況など簡単に打破出来たであろう。


しかし出来なかった。


それも私達、人間のせいで。









移動先も変わらず似たような赤い砂漠であったが、とりあえず荒廃した神殿の一部へ私たちは身を屈める。


「大丈夫です。大丈夫です。大丈夫です……」


だが私よりもよっぽどリラの方が危険な状態にあった。


彼女は精神が壊れない様に、私になのか自分自身になのかすら分からない励ましの言葉をひたすら唱えていた。


「あの……私ならもう大丈夫なので」


リラがどんどん情緒が不安定になるのに反比例して、私の精神は逆に冷静と化していた。


「え……あ、ああ……すみません! 私がちゃんとしないと、駄目ですよね……!」


しかし彼女の眼は瞳孔開きっぱなし。街頭モニター時代は純粋に輝いていた瞳は既に澱みまくっていた。


「まずは……此処が本当に千年大国の試練の間なのか、と言う所から調べないと……!」


「私としてはそもそも、試練の間ってなんなのか教えて欲しいところなんですけど」


と言う訳で、リラが教えてくれた"試練の間"情報一覧

・試練の間は正規の方法では千年待ち続けるしかない

・試練の間は死ぬことが出来ない

・ただしいつでもリタイヤ可能。そもそも試練の間は志願制

・守護者に認めて貰えればショートカットして貰える

・ただしリタイヤするにしても認めて貰うにしても連絡を取る必要がある


要は守護者と一回話さないと結局、試練の間は直ぐに攻略できないと言う事。


「これって……詰んでるんじゃ……」


勿論、問題はこの試練の間だけでは無く……。


「"暴食"×88 "暴食"×32 "暴食"×127 "暴食"×56 "暴食"×98」


先程からどこからともなく聞こえる宣告の数字が徐々に増えていく。そしてそれに伴って私の不安も大きくなる。





「……私がなんとかしないと。守られてばかりじゃ……」





"アーミーがもう二度と私達のせいで退屈しない様に……プレゼントを用意したわ"




私はいつかの日、両親がプレゼントを用意してくれた時のことを思い出していた。


いや、プレゼントじゃないか。あれは……"ゲノム"



私に託されたゲノム。



このゲノムを発動する度に両親が死んだ事を思い出して触れたくも無かった。嫌いだった。苦しかった。


退屈しない為に用意したって言うのに、思い出しただけで寂しくなる。


この世界は本当に本当につまんない。


だって、お父さんとお母さんがいないから。




でももうそんな事を言っている場合じゃない。


だから私はこのゲノム"メ




「アーミーさん……? どうしたんですか、そんな苦しそうな顔をして……」


リラの呼びかけにより、私の意識は赤い砂漠に引き戻される。


「もしかしてまた私のせいで……トラウマが……?」


「ち、違うんです。私は……」


私はこの際なので、ゲノムが嫌いな理由を全部話した。


両親が殺された理由がゲノムだから。


両親が遺してくれた物もゲノムだから。


私が今戦おうとしている理由もゲノムだから。


どうせゲノム大好きなリラには理解されないんだろうな、なんてひねくれた考えを残しながら。


そしてそれを聞いた彼女は……私の手を覆う様にギュっと握る。


「私は全ての民がゲノムを誰かを救う為に使って貰える世界を作りたいと思っています。誰かと争う為じゃなくて。ましてやご両親が託してくれたゲノムを戦いに使うだなんて……悲しすぎます」


ああ……。


「私じゃまだ頼りないと思います。人の気持ち全然理解出来ないですし。私や親友の様な魔物じゃ人間を救う事ってやっぱり出来ないのかなって思ってますし……」


ああ……。


「だから……手を汚していいのは私たち魔物だけで十分なんです。貴方の様な人間が此処まで悩む理由なんてありません」


天使とは、なんて哀しい生物なのだろうか。


この期に及んで、まだ人間に期待してるだなんて。







彼女の手は氷の天使と言うだけあって、とても冷たかった。








「"暴食"×88 "暴食"×32 "暴食"×127 "暴食"×56 "暴食"×98 "暴食"×17 "暴食"×25 "暴食"×56 "暴食"×100」


「"暴食"×88 "暴食"×32 "暴食"×127 "暴食"×56 "暴食"×98 "暴食"×17 "暴食"×25 "暴食"×56 "暴食"×100"暴食"×41 "暴食"×20 "暴食"×107 "暴食"×39 "暴食"×78 "暴食"×117 "暴食"×115 "暴食"×6 "暴食"×63―—。





私達の視界には、ひたすらに悲痛な表情を浮かべる人間で無い何かで埋め尽くされていく。


「はらがへった」「めしをよういしろ」「はやくめしをだせうすのろてんしが」


「アーミーさんの手を汚すくらいなら私の手を汚します! 私の役目は全ての民を救う慈悲深き天使ですから!」


「はらがへった」「われわれはにんげんさまだぞ。ころせるのか、われらを」「だまってわれらのいうことをきけ」


「……せめて楽に殺してあげるのも慈悲ですもんね」



"氷属性"+"氷属性"+"氷属性"+"氷属性"+"氷属性"+"氷属性"+"氷属性"+"氷属性"+"氷属性"+"氷属性"+"氷属性"+"氷属性"+"氷属性"+"氷属性"+"氷属性"+"氷属性"+"氷属性"+"氷属性"+"氷属性"+"氷属性"+"氷属性"+"氷属性"+"氷属性"+"氷属性"+"痛覚遮断"+"瞬間移動"+"組換"+"念力"



守るべき人間が実はクズでした。


しかも色んな御託を並べて、天使に攻撃を開始してしまいました。


貴方ならどうしますか?



天使が出した答えは、自分を納得させる為の開き直り。



慈悲と言う建前の虐殺。




しかし今の彼女は何よりも吹っ切れたような笑顔を見せる。


ああ……。ああ……。わたしもおかしくて笑けてくる。


だって、かつて数百年前に浄化と称して虐殺して来た大量殺戮兵器(ライル・ジッド)と同じ行為を繰り返しているんだから。


「やっぱりあなたも私たちと同じ悪人じゃないですか」


ああ……。リラに対して言語化出来ないモヤモヤを抱えていた理由がやっと分かった。


私やライルと同じ悪人の癖に善人のフリしてるのが気に食わなかったからだ。


「……」


本当は止めなければならないのに。


これは慈悲では無く虐殺なので止めて下さいと、言わなければならないのに。


こんな醜い自分が嫌いなのに。


私はただ恍惚に満ちた表情でそれを眺める事しか出来なかった。






何度でも言おう。


これは何かが欠落した者達が"ヒト"の幸せを求める為、ヒトゲノムを巡る物語。


この物語にまともな者など――、存在しない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ