第五話 初めの一歩
それは遠く朧気な記憶。
「どうしてパパとママは私をいつも置いて行っちゃうの?」
幼い私が両親を困らせる、どこの家庭でもありふれた記憶。
「すまない。今日も急な仕事が入って帰って来られないんだ」
「そんなの嘘に決まってる……! 二人は私のことが嫌いなんだ……!」
すると母親は決まってお馴染みのセリフを言う。
"そんな訳無いじゃない。良い子だから此処で待ってて"
でも――、今日は違った。
「アーミーがもう二度と私達のせいで退屈しない様に……プレゼントを用意したわ」
「え、ほんとに……?」
"贈与"
「……これって」
目が覚める。
視界に見えるは真白の天井。横にズラせば真白のカーテン。背中に当たるは真白のベッド。
私は恐らく、病院の病室で寝ていたのだろう。
「……まだ動かず、安静にしていると良い。私のゲノム"癒し系"でほぼ治っているとはいえ」
「あー、癒し系男子とか自分で言っちゃうノリですか。そうですか」
「前から思ってたんだけどさ、もしや私って結構嫌われてる?」
あれだけ好き勝手暴れておいて自覚無いんかいっ!って言うツッコミは置いておく。
なにせ私の隣のベッドで気だるそうに休憩しているライルは、やけに寂しそうだったから。
「……君も私のことが嫌になったのか?」
感情が無いはずの怪物からまず出たのは、弱々しい本音。
私が倒れた要因の一つに自分が含まれているかもしれないから、とかそんな感じなのか。それとも単に心配してなのか。この期に及んで、まだ人間と言う生物を知りたいからただ質問しているだけなのか。
ああ、きっと一番最後の理由なんだろうな。だって彼は利己的でどんな状況でも私の事を一切心配していないから。
なんて、ひねくれた私はそう思う。
"腹の探り合いは無しだ"
それでも私は倒れた理由である天使に暴露された過去を話す。とは言っても、隠された真実も何も無い。リラに提示された以上の情報など無い。
殺人鬼がゲノムを使って両親を殺した。ただそれだけ。
殺人鬼の動機も"ゲノムの暴走"。人間は過度のゲノムを搭載すると正気を失って暴れる。
結果、両親が死亡。殺した方も暴走の末死亡。
「だからゲノムが嫌いなんです。そしてそれを知った親戚がわざわざ私の嫌がらせの為に、ゲノムユートピアなんて所で一人暮らしする様に指示してきて……」
ライルはただ私の話を聞いて、黙っている他なかった。
「でも……貴方も、私と同じでゲノムに振り回された被害者ってことは分かります」
「……」
「だから嫌じゃないですよ、私は。貴方のこと」
「……」
彼はシルクハットを深く被る。なるべく目元を見せない様に。
「こんな時でも涙が出てこないのは……、きっと哀しい事なんだろうね」
しばし、沈黙が流れる。
「思ったより私以外誰も来ないので気まずいね」
「それって口に言ったらもっと気まずくなる奴では……?」
「んじゃあ、これ以上気まずくならない様に何か話そうか」
と言う訳で突如始まった謎フリートーク。この激重の空気をどう変えるんだ、癒し系男子。
「……今日はいい天気だね。どう思う?」
思ったよりも語彙力がカス。さっきリラとまあまあの駆け引きをしていた癒し系はどこいった。
「あれ……人間になろうって決めたのは、いつからなんですか?」
このままでは会話が途切れてしまう為、私が積極的に話題を振ることにした。
「そうだね……確か、あの人が死んでからだから……丁度今年で百年前かな。いやあ世界中をくまなく探してるつもりなんだけど、まだ見つからないね」
「随分ロマンチックですね。百年前からの約束を果たす為に旅をしてるだなんて」
「ははっ……探すのが下手くそなだけさ」
「……」
「……」
「……」
「さて……今日は何故だか良い天
「百年前の依頼を忘れないで実行してるんですから、私の依頼も忘れないでくださいね?」
――私を退屈させないで下さい。
それを聞いたライルはにこやかに答える。
「ああ勿論。君が死んで地獄に行ったとしても満足させられる自信があるよ」
◇ ◇ ◇ ◇
一方、同時刻。マスターとリラは氷の教会にて反省会が執り行われていた。
リラは氷の椅子に座って俯き、マスターは態度と立ち位置を変えずそのまま。
テーマは勿論、アーミーのトラウマについて。
「私はただ彼女に警告しただけなのにどうしてこんな事になったのでしょうか……?」
しかしリラは素っ頓狂な態度を見せているばかり。どうやら何故、自分が怒られているのかが分かっていない様子だ。
マスターはそんな彼女の様子をただ見つめているだけだったが、ようやくその重い口を開く。
「恐らく根本的に価値観の違いがあると思われます。はっきり言えば我々人間は天使様が思っているより強くないってことです」
「……それは、私が……やっぱり魔物だからでしょうか。魔物だから人の気持ちが……分からない、と」
「ええ。天使様の言う通りです」
「私は……みんなに幸せになって欲しかっただけなんですよ……? それが私は魔物なので実は全部無駄でしたって事ですか……?」
もはやアーミー本人よりもメンタルがボロボロな彼女に対し、マスターは依然態度を変えない。
「しかしそれが悪い訳ではありません。だって実は我々人間同士もお互いの気持ちなんて分かっていないんですから」
"大事なのは……分からないからこそどうするのか。だと思います"
「……もう、私には分からないです。どうしたら人間たちは満足してくれるんですか……? どうしたらあいつらはっ……!」
「その答えはあの二人が握っていますよ。かなり趣味が悪いですが……覗いてみては?」
"五感強化"
リラは病室で眠っているはずのアーミーとライルの様子を覗く。
百年前の依頼を忘れないで実行してるんですから、私の依頼も忘れないでくださいね?
ああ勿論。君が死んで地獄に行ったとしても満足させられる自信があるよ
「ライル氏は魔物どころか兵器です。正直、お互いの気持ち全てを分かり合っているとは思えません。それでも……分かり合おうと寄り添っています」
「……」
「分かり合おうとする気持ち。それこそが"慈悲"なのではないでしょうか」
そして溢れるリラの心に"後悔"の二文字。
分からないからライルを傷付けた。
分からないからアーミーを傷付けた。
そうだ、もっと分かる様にならなきゃ。
もっともっともっとわかるようになって、私があのふたりをしあわせにしてあげないと。
わたしはみんなをすくうてんしだから。
「……落ち着いて下さい天使様。いや、リラ。一歩ずつ歩み寄っていけば良いんです」
「そうですね……。あのライルさんでも出来るんだったら私だって……!」
リラはなんとか立ち直ったらしく、明るい笑顔を取り戻す。
「まずは、二人に謝罪する事から始めましょうか。勿論、私も一緒に謝ります。あとついでに覗き見も謝っときましょう」
「あ、ライルさんフリートーク下手クソ過ぎるって教えてあげるのは良いんですかね?」
「それは……ギリセーフとします」
これが欠けた者達の初めの一歩。
アーミー、ライル、リラ、マスターの四人でヒトゲノムを巡る旅に出る一歩目。
【ブループリントヒトゲノム】プロローグ編 完
次回から第一章 千年大国編始動。
◇ ◇ ◇ ◇
そう、あれから私はずっと退屈だった。
普通の容姿。
平凡な人格。
凡庸な思考。
退屈な人生。
ああ、息が乱れるほどに興奮する。動悸がおかしくなるほどに頭がイカれる。
"あの事件"が刺激的すぎて、全然退屈が抜けない。
両親が惨たらしく殺されていたと言うのに、あの殺人鬼が見せた光景に私は……。
圧倒的な狂気に魅せられて笑っていた。
親が殺されて笑っているのだから私は死んだ方が良い。
でも彼、あの殺人鬼以上の狂気を誇るライル・ジッドに出会ったお陰で――。
「退屈しないで済みそうですね」




