第四話 ヒトゲノム
「さて……アーミー氏の高校には"教会崩落事故に巻き込まれた故、登校は不可能"と言う旨を私から伝えておいた。学校に遅れる心配はこれで無くなったはず」
「あ、ありがとうございます。いやほんとに何から何まで……」
私達はライルとリラを止めた後、再びあの教会に居た。
勿論、教会は真っ二つに割れてしまったまま。
なのでリラがゲノムを利用して、壁を、柱を、天井を、インテリアを、教会にあった全てを氷で再現していた。
氷の教会。少し肌寒いがこれはこれで趣があって良いと素直に思う。
「それで身体の傷は本当に大丈夫なのかライル氏。今からでも医者の手配は出来るが?」
そしてこの氷の教会こそが、紆余曲折あったもののライルに与えられた弁解の場。
ライルとリラは氷のテーブル(冷たい)に足を突き合わせ、氷の椅子(冷たい)に座って向かい合う。
私は冷たいの嫌なのでライルの後ろ辺りで立つ事にした。制服ビチョビチョになるのもキツいし。
マスターも立場上、リラの後ろで立ちながら様々な奇襲に備えて警戒中。
さらに多くの警官が此処の周囲を囲っているらしい。表向きは崩落事故が何故起こったのかのシミュレーション。
だがその裏はライルとリラの対談だ。
「別に私の傷は大丈夫さ。慣れてる。しかし君は気が利くねえ。どこぞのポンコツ天使と違って」
「……どうしてそんな酷い事を平気で言えるんですか……!?私、しんっっっっじられませんっ!!!」
「随分な言い草だね。私に殺してやるって息巻いてた癖に。……あれだ、マスター居るから今ちょっと猫被ってるんだ」
「ち、違いますっ!!!!! その舌凍らせて二度と動かない様にするぞ?」
「んー…ガチでやりそうだから止めて」
第二ラウンドが始まりそうなので、早速マスターが本題に向かう。
「まずこちらの情報を開示すると……
・我々はライルが多くの者を虐殺した危険人物である情報を以前から入手
・なので入国が判明した場合、射殺する様に天使様から命令されていた
・だが私個人として"一回対話して様子を見てから判断"に切り替えてもいいのではと提案
・そしてそれを慈悲深き天使様が受け入れてくれた
なので、ライル氏は自らが危険人物で無い事を我々の対話を通じて証明してほしい。アーミー氏もライル氏を手引きした関与がある可能性がある為、この場に参加してもらう」
恐らくこれは対話と言うより尋問のスタイルに近いだろう。
それこそ警察が取調室で犯人に聞く様なあのスタイル。
「んじゃあ此処は一つ、私から提案。腹の探り合いは無しで頼むよ。嘘や不要な情報も無し。特に慈悲深き天使~の部分とか。今ある情報を全部嘘偽りなく開示してくれると助かる」
「何を……私達が嘘をつく理由なんてありませんっ!!! これもいい機会です……! アーミーさん! コイツの悪事を今から詳細に話しますからぁ!よく聞いて!!!!下さい!!!」
きゅ、急に私に振られても……。あとテンション怖い。
「だって……コイツは殺戮兵器なんですから」
そんな訳で何故彼女等がライルを目の敵にしていたのか、と言う情報元をリラが解説。
ゲノムと言う概念が誕生してから間もない頃のお話。
とある組織があった。
その組織は世界の浄化を目的とした。
人間こそが世界の不浄とし、この世界に不要な物として認識した。
神が望む人間の進化論を否定した異端な組織。
その組織の名は――、"ゲノム研究所"。
その組織は殺戮兵器を生み出した。
"ゲノム研究所所長のライルさんを呼び出すと、一つだけ好きなゲノムを与えてくれる"
呼び出した代償は自らの死。契約を見届けるとライルさんが食べてしまうのだ。理由は分からないが跡形もなく丸呑みにしてしまうのだ。
だがこの噂が流行った当時、この依頼が世界中から後を絶たなかったと言う。
理由は復讐。
突然螺旋の塔が現れ、環境が変わり、魔物が暴れた混沌の時代。
それも魔物は神に等しい力を持ち、人間を蹂躙した時代。
最愛の者が魔物に殺され、ゲノムを持って復讐を果たす。
それが当たり前とされた時代。
結局、魔物も人間もどちらも殺してしまう哀れな殺戮兵器。
ある者はこう言った。
この兵器はやがて世界の滅亡に導くであろう。
やがて"それ"にはあだ名が付いた。
終末論。
「この噂が数百年も独り歩きして、この街でも聞く様になった時は……本当にビックリしましたよっ! ったくしぶとすぎるよクソ悪魔ァ」
「……誰から聞いた」
「またまた御謙遜をっ!貴方の噂は有名でしたから聞くまでもありませんっ!!」
「まさか君も……私と同じ年数を生きているのか?」
「あ”っ!?!?!?! レディに年齢を聞くのは死罪に値しますよ!?!! はい、ギルディ!!!!豚箱行きっ!!!!死ね!!!!!」
「年齢が一番地雷なのか天使様」
しかし、彼は否定しない。
それはライル・ジッドが虐殺を行っていた事実を物語る。
――――――――――――――
ライル・ジッド依頼者リスト
行方不明者数550名
死亡者数 365名
生存者数 0名
――――――――――――――
「時効や当時の時代性などを考慮しても……数百年前だからって虐殺を許す訳にはいきません! 神が愛して下さる人間を脅かす輩は天使である私がきっちり処分しないと! 何か……私、間違った事言ってます?」
こうして天使のターンは終了。
続いてライルのターンに移る。
「思った通りだ。ソースがあまりに古すぎる。数百年前の情報からアップデートされていない」
なので彼は話し始める。
「"記憶改竄"+"感情除去"+"不老不死"+"五感消去"」
「……此処でゲノムを使って暴れる気ですか!? 全くそれは洒落になってませんけど……!」
「いいや。私は今……人が壊れる方程式を言ったまでさ」
結論から言えば、彼は組織に洗脳されていた。
正式に言えば、生まれた時から兵器として生きる様に教育されていた。
「虐殺では無く浄化。"光属性"を持って……不浄な人間を天国に送る。それが私にとっての常識だった」
人間そのものを不浄と考えている組織だ。人間らしさを極限まで捨てさせるのは当然と言える。
だが"ある事件"を経て、ライルは洗脳が解かれた。
ある一人の人物との出会いで。
「その人が死んだ時、こう言われたんだ」
"誰かを殺せるゲノムが欲しい"でも無く。
"自分だけが得をするゲノムが欲しい"でも無く。
初めて言われた依頼。
"兵器では無く人間として生きて――"
「君は……知ってるかな。ヒトゲノムを」
"ヒトゲノム"
それは神が理想とした顔、頭脳、肉体、思想、生き方…多くの情報が書き記されている完全なる"ヒト"の設計図。
「私はあの人の依頼を実行する為、ヒトゲノムを取り入れて人間になりたいんだ。その為に世界中を旅している。少しでも人間とは何かを知りたくて何でも屋を営んでいる」
例えどんなに人間のフリを演じていても、ずっと心は虚無のままだ。
本当はお腹なんて空いてないのに、空いてる様に振舞って見せたり。
本当は感情なんてまるでないのに、存在する様に振舞って見せたり。
全ては自分がヒトらしく生きる為に。
「だから知りたい。ヒトの設計図を」
「自分の都合では無いから、もう改心したから、虐殺を許して欲しい。そう言う事ですか」
「違うね。と言う事で……此処からが真の本題と行こうじゃないか」
そう言い切るとライルは突然立ち上がり、氷のテーブルを思い切り掌で叩く。
「私は"不老不死"のゲノムがあるせいで死ねない。でもヒトゲノムがあれば死ねるんだ。ヒトに不老不死なんて機能は搭載されていないからね」
「……まさか」
「そのまさか。君は私を殺せてハッピー。私も人間になれてハッピー。つまり……私と君は協力関係になれるってことだよ」
全てこの様な流れになる事を熟知していたかの様に、ライルはあの笑顔を見せる。
狂乱に満ちた嘘っぱちの笑顔を。
逆にリラはこの状況がよほど予想外だったらしく、ただただ戸惑うことしか出来なかった。
なので代わりにマスターがそれにかろうじて答える。
「我々とライル氏が手を組む。そうなると貴方が死ぬと言うことになるが……勿論、それは理解していると思うが……。どう言う意図か説明してもらっても?」
「そう、私が死ぬ。それでいいのさ。人間はそもそも何百年も生きないから。私の目的は人間らしく死ぬこと。それが例え、処刑台の上でもね」
しかし悪魔と協力と言う事態をリラは全く呑み込めていなかった。
「……ア、アーミーさん!!! 私は……貴方の事もちゃんと調べてますよ!! 大事な民ですので!!!」
「え、え……この状況で私に振ります?」
もはやライルには何を言っても通じない。
そう判断したらしく、今度は私を説得する方向に舵を切った様だ。
おおよそ"ライルは私の言葉になら従ってくれるんじゃないか?"みたいな事を期待しているんだろうが、それは全く無駄……
「アーミー・ブループリント。貴方は……両親を殺人鬼に殺されてますよね?」
一瞬で脳に咲くは――、血みどろの記憶。
「いいんですか!? 今、目の前に居るのはそれ以上のクズなんですよっ!?!?」
しかしそのあまりにデリカシーの無い発言にマスターが強い口調で止める。
「天使様……! 何故急にトラウマを刺激するような真似を!」
◇ ◇ ◇ ◇
ライルの目的は、人間らしく死ぬこと。どうやら処刑台の上でも良いらしい。
私のお父さんは両目を××られて、×を抜かれて、両手両足を××取られ、それを目の前に見せつけられた。
私のお母さんは全ての歯を××れて、そこから××を代わりに入れられて、それを目の前に見せつけられた。
あれは果たして、人間らしく死ねたと言えるのだろうか。
ああ、そう言えば私がライルの噂を実行した理由も……。
誰でも良いから私を殺して欲しかったからだっけか。
でも、なんで自殺じゃなくてわざわざライルに依頼しようと思ったんだろ。
まあ、結果オーライか。
私は死ぬから。死んだ方が良いから。
「ハァ……ハァ……!」
脳に酸素が届かない。
息が出来ない。
「カハッ……カハッ……!」
肺から空気が届かない。
「……ッ」
……。
……。
……。
私の意識は此処で途絶えた。




