第十二話 幸福論
あれから、数日が経った。
ゲノムユートピア死亡者数20343人。
千年大国死亡者数3312人。
さらに完全に状況が把握できているとも言いづらく、死亡者数はさらに増える傾向らしい。
ニュースやマスコミでは既に"ゲノムユートピア跡"や"千年大国跡"と名称が改められていた。
それ程までに被害が甚大であった。
現在も……ゲノムユートピアや千年大国は決して溶けない氷に覆われている。
この氷は"天使たちの呪い"と呼ばれた。
「……このジェット機にある燃料や食料ってあと何日持つんですかね」
私達はあれからジェット機内にずっと避難している。一度もどこにも寄らず、ずっとゲノムユートピアの上空を飛び続けている。
幸いにもマスコミやら野次馬やらがヘリコプターだのなんだので上から様子を見ているので、特別目立っている訳では無い。
近づけば凍ってしまうので、ほとんどの機体は遠くから見守っているだけ。
なので私達も同じ様に見守っている。
窓に写る凍った街を、ライルとコーヒーでも飲みながら。
「どうにかやりくりしてきたけど、どちらも今日一日が限界ってところかな」
「そうですか。……それじゃあ、これからどうするか決めないとですね」
「いや、君が落ち着いてからで構わないよ。この件はとても重大な問題だと思うから」
これからどうするかを決めるにはまず、何故私とライルがジェット機に避難しているのかと言う事から説明しなければならない。
単純にジェット機以外の拠点が見つからなかったから、と言うのはある。私の親戚はこんな状況でも一切連絡ゼロだし、まず頼りたくないし。ライルの方もこれと言った拠点は無かったっぽいし。
だがそもそも私達には、普通の拠点で身を隠すにはとても難しい問題があった――。
「……」
私とライルのそのまた隣にはリラが居た。
酷く退屈そうな顔をして、凍った理想郷を見下していく。
結論から言えば、彼女は極度のストレスとゲノム暴走が原因で記憶喪失。及び幼児退行を引き起こしていた。
私もライルもそう言う専門的なことは分からないが、精神年齢は読み書きが出来る程度の5歳。
今の彼女には三つの周期が存在する。
一つ目は何も感情を発さない"無表情期"。現在の状態を指す。
二つ目は5歳の様に振舞う"幼児退行期"。真顔でたどたどしく幼児の様に言葉を発する。此処で記憶を喪失している事に気付く。
三つ目はトラウマがフラッシュバックして絶叫する"トラウマ期"。一時的に記憶が蘇っては頭を抱えている。
「世間的にリラは千年大国とゲノムユートピアを崩壊に導いた大罪人。とされている。恐らく今彼女が地上に降りた後、姿を見せてしまえば……即刻処刑されてもおかしくない」
しかしその原因は黒天使。ゲノムユートピア崩壊に至ってはリラは何も関与していない。
勿論、千年大国での殺しの件など完全な冤罪とは言い難いものの、必要以上の罪を着せられていると言うのも事実。
「私は警察に捕まっても良いんです。でも、リラは記憶を失っているじゃないですか……。何も知らない彼女に全部罪を背負わせて終わりって言うのは……残酷過ぎると思います」
「おおむね同意見だけど……君は警察に捕まることはないね。家出少女の不謹慎な冷やかしだと思われて終わりさ」
一度犯した罪はどう足掻いても償えない。
記憶を失ったからって消えない。
未成年だからって消えない。
ただ止めなかったからって消えない。
自分の意思が無かったからって消えない。
ならば、どうするべきか。
「探そうか、真犯人」
リラを貶めた黒天使は死んだ。
だがその裏に黒幕が居ると言う事をライルは既に察知していた。
「心当たり……やっぱりあるんですね」
「ああ、私を洗脳させていた"ゲノム研究所"。……百年前に改心した時さ、潰したはずなんだよね。でもどうやらまだ動いているみたいだ」
何故、私とライルが出会ったこのタイミングなのか。何故、リラがこんな目に遭わないといけなかったのか。何故、この様な悪事を行っているのか。
私の中で様々な思惑がぐるぐる回り始めていた。
「さあ……と言う訳で、私は大罪人である彼女を生かそうと思う。恐らく、世間的に見れば私がこれから行おうとしている言動は最悪なんだろうね」
ライルは手に持っているコーヒーを一気飲みしてさらに呟く。
「まあ、いいさ。なにせ……私は悪人だからね」
そして私へ発言を促す様にライルは手を差し出すモーションを見せる。
普通のいい子なら、此処で間違いなくライルを止める。或いはこの場からどうにかして逃げる。
何も知らない者がこの状況を見たならば、彼女はただただ巻き込まれただけでライルに協力する理由なんて何も無いはずだと言うだろう。
それは違う。
「マスターが殺された。」
「リラが壊された。」
「私がちゃんとしていれば救えたかもしれないのに。」
私もコーヒーを一気飲みしてみせる。
「実はなんですけど、私も悪人なんですよ」
"私は全ての民がゲノムを誰かを救う為に使って貰える世界を作りたいと思っています。誰かと争う為じゃなくて。ましてやご両親が託してくれたゲノムを戦いに使うだなんて……悲しすぎます。"
「ごめんなさい。……私は悪人なので、リラの為に争いますね」
私達は罪を償う方法として、"誰かと争う"と言う選択肢を取る。
「それじゃあ今日は復讐記念日だ。派手に狼煙を上げよう」
両親が寂しくならない様に、私にとあるゲノムが託された。
その名前は――、"メルヘン"。
目の前でゆめかわなユニコーンの人形が動き、可愛らしい馬車が迎えに来て、とても楽しい夢の世界で遊べる。
ただただ私が退屈しないって言うだけの能力。
"メルヘン"+"氷属性"
この日、ゲノムユートピアと千年大国における二つの螺旋塔から綿で出来た雪が観測された。
雪は色とりどりでカラフル。
可愛らしいユニコーン達が、もこもこの雪で出来た虹を渡って幸せを運んでくる。
凍り付いた魔物も、人間も、天使も、マスターも、少しでも安らぐ様に幸せを運んでくる。
【螺旋塔は塔自身を中心に半径15㎞程の円の範囲で、著しく環境や生態系を変化させる性質を持っている】
その性質を利用して氷の世界をメルヘンチックにアレンジ。あれだけ誇っていた絶対零度もメルヘンで中和されたのか、大分過ごしやすい気温に戻っていた。
新しく生まれ変わった理想郷を三人はジェット機から窓越しに眺める。
「……」
リラは未だ無表情。決して笑う事は無い。
だがずっとずっとずっと外の景色を眺めていた。
「記念日くらいはリラの言いつけ通りにした方が良いからね」
「"ゲノムを誰かを救う為に使う"って言うあれですね」
「そう、あれ」
ライルはいつの間にか様になった自然な笑顔を私に向ける。
「あとすっかり言い忘れてたんだけどね、実は私への依頼料はお金の他にもう一つあるんだよ」
「え、え……そんな事言ってましたっけ。てっきりあの朝食代だけかと」
「初対面の時に言ったかな」
"実はもう一つ頂戴したい事があるんだけど……まずは依頼について聞いた方がいいかもしれないね"
第一話より。
「初対面なんてライルが喫茶店でニタニタ笑いながら大暴れしてるところしか覚えてないですよ」
「その言い方だと私がとんでもないクソ客にしか聞こえないよ?」
「嘘……。ここに来てピチピチ女子高生を食い物にする詐欺の可能性があるんですか……? あ、悪人過ぎる」
「せめて話の内容を聞いてから言って」
この日、私は決めた。
もう退屈だなんて言わないこと。
なんなら誰にも退屈だなんて言わせないこと。
ライルとマスター、それからリラに誓って。
「まあ、どんな内容でもなるべく受け入れますよ。……ライルとリラと一緒に精一杯楽しみたいので」
「言ったろ。地獄まで楽しませるから安心してって」
"手続きがいるんだ。君の身分証明書……学生証とか頂戴できると助かるね"
"え、ガチの詐欺……?"
"違うよ。君が……私の助手になる為の手続きさ"
ゲノム研究所助手 アーミー・ブループリントになる為の。
「ふっ……」
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、私にはリラが笑った様に見えた。
するとゲノムユートピアに設置された一つの街頭モニターに突然、電源が点く。
「そうです。だってこの世界は神様が作ったんですから……!みんな幸せになれるんです!なるべきなんです!」
「だからいくらこの世界は残酷だったとしても私は言います。これから生まれる子供達に。そして今この映像を見ている貴方達に」
「ようこそ、この世界へ!どうぞお楽しみください!」
こうしてこの世界を巡る私達の旅は――、本当に始まることになった。




