我が道を行く 其の三
それから五分程待ってみたもののその後一向に連絡がないため、真枝はしびれを切らしながらアクセル踏んだ。やがて再び高速道路に出て走っていると、ようやく携帯電話が鳴りイヤホン越しに出た。
「はいはい」
「ああ、さっきのあれなんだが、もう他の車が先に拾ったんだって。だからそのまま向かってくれや」
「そりゃないでしょう。だったらまず先に言ってくださいよ、まったく。それなら直行出来たのに」
「ちょっと立て込んでたんだ。まあ、そういう訳だから」
「待てよ、まだ話は終わってねえ」
「なんだよ」
「まるでロボット扱いか、ふざけるなよ」
そうして口にするのも仕方ない。その連絡がもう少し早くにあればこうして無駄足することもなかったわけだ。強くそう言った途端、通話が途切れた。
数分後に再び電話が鳴った。未だ収まらぬ気持ちのまま一言答えた。
「ああ」
するとイヤホンマイクから割れんばかりの声が耳元へ響いてきた。
「おい、こら。今、どこ走ってんだ」
今まで聞いたことがない声だ。さっと表示を見てみると知らない番号だった。誰だろうと思いながら早速、尋ねてみた。
「そろそろ福島に入るところですが、あのう、どちらさんですか」
すると電話口の相手は途端にいきり立ちこう言った。
「おめえよ、それでセリに間に合うと思ってんのか。この時間で福島じゃ、あと二時間はかかるだろ。おめえ、仕事なめてんのか」
その言い分から目的地の市場関係者だろうと思った。咄嗟に言いたいことは山ほどあったが、ここは一先ず落ち着いてナビにある表示時刻を伝えるに留めた。
「で、五時頃に到着予定みたいですね」
「全くふざけた奴だ。いいから、さっさと持ってこいや」
この声の向こう側は誰なんだろう。未だ名乗りもしない相手に再度尋ねた。
「ところでおたく、誰」
しかし直後に通話は途絶え、再び表示番号を見てかけ直したも繋がることはなかった。多忙中での連絡だったのだろうが全く腑に落ちなかった。そして目的地のインターに到着した頃には既に四時を回っていた。
総積載量十トンを既に超え、現在十七トンを積んで運行している。右左折時は当然のように考えながら曲がらなければならない。時刻は夜明け過ぎて朝日が車内を眩しく照らし始めた。少しでも気を抜けば両目を瞑ってしまうほど。そうした眠気と闘っている最中だった。
歩行者が交差点を通過したので右折のため徐行していた。その時、ふと左ミラー越しに見た光景が一瞬ブレたように感じて急ブレーキを踏んだ。その直後、車体は右に左にと二、三回揺れ、ようやく停止した。
「危なかった」
思わずそう漏らし、ふと寝落ちした感覚が残っている。荷台はそうして動いたものの大きく荷崩れすることなく、その後は歩行者が脇へ行ったのを見てすみやかに右折した。
「いやあ、今のは危なかった」
一人そう言ってしまう程だった。その後は何とか目的地に到着し、家屋の前で手を振る一人の男を見つけた。誘導に片手を挙げた後に車をバックした。停車後、車上からこう尋ねた。
「何とか間に合ったかな」
その男はそれだけで事情を察したのか屈託ない笑みでこう言った。
「随分と遅かったじゃないですか。セリならもうとっくに終わりましたよ。さっさとウイング開けてください」
やれやれと思いながら相槌もせずにいると、再びその男が声を掛けてきた。
「聞いてますか」
「もちろん、何とか間に合って良かったわ」
「ふざけないでくださいよ、もう当日分の積み込みを終えて出発する時間なのに。さっさと開けてください」
そう言われたので、仕方なく無言で荷台のウイングを開けようとした。しかしこのまま開ければ荷物が落下して破損するため、後方の観音扉を開けるに留めた。
「まず、ここから降ろしていかないと」
そうして積み切れなかった分の他と総勢パレット二枚分を先に下ろした後、ようやく片側のウイングを開けることが出来た。
それを見て男は絶句したようだった。その量を目の当たりにするとその後はもう何も言わなかった。
そうして無事に荷下ろした後、一服していると牧から連絡が入った。
「おつかれさん。明日の夕方までは仕事ないからゆっくりしてくれ」
その前に何か言うことがあるだろうと思いながら即座に返答した。
「あのさ。毎回重量オーバーで運ばせて無事に到着したから良かったなあってさ、それしか言う事ないの」
先輩の牧はその言い分を聞いて密かに覚悟した。
「まあ、普通はそう言うだろう」
「牧さん、俺はねえ。ロボットなんかじゃないですよ」
「そんなの当たり前だろうよ」
「どうだか。本社の連中なんか、特にそう思っているんじゃないですか」
「何でそう思うんだよ」
真枝はその言葉に憤慨してさらに声を上げた。
「笑わせないでくださいよ。これだけ毎回のように重量オーバーで運行しているのですよ。それで日給だからと積ませるだけ積ませるやり方。つまり、俺を機械だと思っているという証拠でしょ」
これまでに蓄積していたた鬱憤を一気に解き放った。
すると牧はしばらく何も言わず押し黙っていたが、何度か呼び掛けていると重い口を開いた。
「まあ、しかし言いたいことはわかるよ。ただ残念だが、お前との付き合いはこれまでかもしれないな」
その意味深な返答を耳にした時、やはりこの人では無理だと思い知った。彼も会社に雇われているだけに過ぎないからだ。
「そうですか。だったなら仕方ないですね」
「ま、帰りの荷物は手配しないように伝えておくから。それで事務所に帰ってきたらもう少し話そうや」
「別に構いませんけどね」
その夜、事務所へ到着した。先輩の牧の隣に背広姿の男が真枝を迎えた。軽く挨拶した後、それが本社から来た人物だと知った。
「安全管理部の立脇と申します。本日も運行、お疲れ様でした」
真枝はそれをちらりと横目で見て、軽く会釈すると三人でソファーに座った。すぐにでも帰宅したいので仕方なく、まっ先に口を開いた。
「俺からの要件は一つだけだ。あんたらがこのまま過積載を強いるつもりなら俺にだって考えがある。いいか、甘く見るんじゃねえぞ。俺は本気でやるからな」
牧は既にそうなるだろうと思っていたので、ここで驚かずに一言述べた。
「好きにしろ」
その隣にいる立脇は何も言わず、ただ笑みを浮かべているのみだった。その姿を見て真枝は痺れを切らしこう続けた。
「もういい、帰るわ。楽しみにしてろや」
それから二年経った。そうして職場を去った真枝は職を転々としながら資金を溜め、今では自営業に専念していた。昨年中そうした業務中の不当な扱いを訴えたところ、全国から多くの仲間が集まった。そのため正式な手続きを始めようとしている時だった。
「あいつら、俺達のことを何とも思ってねえ。単なる駒だと思ってやがる」
「そうだ、そうだ」
「いいか、これからガツンとやってやる。その方法がこれだ」
そうして真枝は仲間達へ説明し始めた。
「あのふざけた会社をこれから潰す。各専門機関にこの事実をタレ込んでやるつもりだ」
丸二年かけて作成した資料を基に、それらを既に専門家へ依頼し終えたと皆に伝えた。すると一斉に拍手が巻き起こった。
「よし、じゃあこれで終わりますね」
その中の一人が声を上げると、真枝も力強く答えた。
「そうだ、もうあの会社は終わりだ」
そして程なく、それらが公になると勤務していた会社の倒産が決まった。しかしそうなったのは過積載強要のみならず、他の要因が重なったことで最終的にそうなった。その会見では、真枝との話し合いをまとめ上げたことで出世した牧がこう答えた。
「当時、良くないと思いながらもそうした運行を日々続けてしまいました。その原因として今考えられるのは、自身の生活のみを優先させてきたからだろうと悔やんでなりません。幸いにも大きな事故はありませんでしたが、これからはこのことを心に刻んでいきたいと思っております」
見て見ぬ振りせず仲間と共に声を上げて闘った真枝と、会社の指示を忠実に実行して出世した牧。その結果は誰の目にも明らかとなった。
どこに力を注ぐのか。
それを決めるのは、いつでも自分なのである。
完




