099.魔力酔い
あぁ、今日は魔力酔いだ。
気持ちが悪くて頭が痛い。
リリアーナはうっすらと目を開けた。
目の前5cmにはいつものように美しい大胸筋。
暖かくてジークハルトの良い匂いがする。
「……リナ? 起きたのか?」
頭に響く優しい声。
低いけれど心地が良い。
リリアーナはそのまま再び目を閉じた。
昼になってもベッドから起き上がることができず、1番楽な横向きの姿勢でリリアーナは過ごした。
魔石もない、魔力を管理してくれる人もいない。
ジークハルトにも宰相にも自分の魔力どころか属性すら伝えていない。
ウィンチェスタ侯爵と連絡を取る方法もわからない。
結局自分1人では何もできないのだ。
視界がぐるぐる回っている。
耳鳴りもしている。
リリアーナは横向きのまま足を抱え、小さくうずくまった。
「ジーク様、ウィンチェスタ侯爵から返事が来ました」
クリスは手紙を会議の合間にジークハルトへ差し出した。
リリアーナの魔力酔いを普段どうしていたのか質問したのだ。
手紙を送る魔道具。
ウィンチェスタ侯爵のこの魔道具のお陰ですぐに連絡が取れて助かっている。
リリアーナは土日に魔術を適度に使用し、月1回魔石に魔力を吸わせていた。
ウィンチェスタ侯爵の息子が魔術師団長と相談しながら魔力管理をしていたと手紙には書かれていた。
あとは、月1回程度リリアーナしか使えない魔術を使う事もあったが、これは管理できていなかったと書かれている。
一人で使用し、魔力不足で気絶する事もあったようだと。
「リナしか使えない?」
ジークハルトは眉間にシワを寄せた。
おそらく使うのを嫌がると思うので、この手紙をリリアーナに渡してほしいと、もう1通手紙が入っている。
封はされていないので読んでも良いと言う事だろう。
「土日に魔術……」
定期的に使用できれば良いということだろうか。
ジークハルトは少し考え、ニヤリと笑った。
「リナ、体調はどうだ?」
ベッドで足を抱え、小さく丸まっているリリアーナの隣にジークハルトは腰掛けた。
頭を優しく撫で、おでこに口づけする。
リリアーナはゆっくり目を開け、ジークハルトを見たがすぐ目を閉じてしまった。
「エストの後見人からの手紙があるが、読めるか?」
ジークハルトが手紙を差し出すと、リリアーナは驚いた顔で受け取った。
手紙には以前プレゼントしたガラスペンの書き心地が良い事、お世話になっているお礼にジークハルト殿下にも贈ったらどうかと書かれていた。
今度会いに行くから早く元気になるようにというメッセージで締め括られている。
「……おとうさま……」
寝転びながら手紙を読んだので、涙は枕へと吸い込まれた。
ジークハルトにあの魔術を見せても大丈夫という事なのだろう。
魔石もない、魔術を使うところもないリリアーナが唯一できるのは『物を作る魔術』だけだ。
いつも困ったときには必ずおとうさまが助けてくれた。
そして今も助言をくれたのだ。
リリアーナは手紙を折りたたむとしばらく大切そうに胸に抱え込んだ。
他の男からの手紙を大切そうにする姿は面白くないと、ジークハルトはリリアーナの片手を取り、持ち上げた。
ゆっくりと口づけし、手を戻す。
「ジーク様?」
「……お前は浮気ばかりだ」
少し悲しそうなジークハルトと目が合った。
「……どうしたら俺を好きになる? 世界に2人だけになったら俺の事だけを考えてくれるのか?」
ジークハルトはリリアーナの目の下の涙を親指で払い、頬の涙を手のひらで拭き、唇に手を這わせる。
建国祭で助けてもらってから、ジークハルトはずっと側にいてくれている。
国外追放、婚約破棄から助け出してくれた。
フォード侯爵の事、魔術の属性の事、前世の事。
何一つ伝えていないのに、住むところも食べるものもなんでも与えてくれている。
無理に聞こうとしないで、いつも慰めてくれる。
いつもこの優しさに甘えてばかりで、お礼もきちんと言っていない。
ちゃんと伝えるべきなのかもしれない。
自分の事を。
フォード侯爵の事も。
こんな気持ちの悪い子は早く出て行けと言われるかもしれないが、そうなったらこの国を出てどこかへ行こう。
お金もないけれど、どこかで働いて生きていけるようにがんばろう。
リリアーナは、ジークハルトを不安そうな顔で見つめた。
「……ジーク様」
リリアーナはウィンチェスタ侯爵からの手紙をジークハルトに渡した。
ジークハルトは受け取り、ベッドの横のテーブルへ置く。
リリアーナは横になりながらガラスペンを思い浮かべた。
イメージするのは黒いガラスペン。
ジークハルトにふさわしい、竜の鱗のような模様。
金の線を入れ、少しねじったようなラインで。
「……リナ?」
涙を流しながら見つめてくるリリアーナからジークハルトは目を逸らせなかった。
黒い吸い込まれそうな大きな瞳からボロボロと溢れる涙。
手には何かがうっすらと存在している。
不思議な魔力の波動。
これがリリアーナしか使えないという魔術の事なのだろうか?
リリアーナは目を閉じた。
目が熱い。
手のひらも熱い。
今までの感謝を込めて、ジークハルトにガラスペンを。
実体を持ったガラスペンをリリアーナはぎゅっと握り、存在を確認した。
イメージ通りにできていそうだ。
黒い鱗に金のライン。
黒竜のジークハルトの姿を思い浮かべて作ったのだ。
「ジーク様」
リリアーナはガラスペンをジークハルトへ差し出した。
ジークハルトは突然リリアーナの手に現れた見知らぬキラキラした棒を受け取り、いろいろな角度から回してみる。
「……これは何だ?」
繊細な模様に不思議な素材。
「……羽ペンの代わりにインクをつけて文字を書く道具です」
魔力を使用し、少し体調がよくなったリリアーナはゆっくりと起き上がった。
指先はだいぶ冷たいが、倒れなくてよかった。
「ジーク様、いつもありがとうございます」
ウィンチェスタ侯爵は書き心地が良いと言ってくれたが、ジークハルトは気に入ってくれるだろうか。
リリアーナがゆっくり頭を上げると、困惑した顔のジークハルトの顔が見えた。
……やっぱりここを出て行かないとダメかな?
こんな子、気持ちが悪いよね。
「……もう体調はいいのか?」
「あ、はい。魔力を使ったのでかなりよくなりました」
「これの使い方を教えろ」
ジークハルトはリリアーナを抱き上げ寝室から執務室へ移動する。
「えっ? ジーク様?」
出て行けって言わないの?
ジークハルトは執務室の椅子に座ると、当たり前のようにリリアーナを膝に乗せる。
「これをどうするんだ?」
リリアーナは羽ペンのようにインクにつけるのだと説明する。
インクの蓋を開け、適当な紙を机に置くとジークハルトは紙に文字を書いた。
羽ペンとは違う書き心地。
初めてのガラスペンにジークハルトは興味深々だ。
何度か試し書きをすると、ジークハルトはガラスペンを静かに机に置いた。
「リナ」
ぎゅっと抱きしめられ、ジークハルトの胸にリリアーナの顔が埋まる。
出て行けと言われると思っていたリリアーナは、どういう状況なのか困惑した。




