094.記録水晶
行きたくない……。
リリアーナは溜息をついた。
また皇帝陛下と一緒に夕食だ。
学園はどうだった? とか聞かれるのだろうか。
テストの結果が出るには早すぎるだろう。
リリアーナはリビングのソファーに埋もれた。
「お嬢様、本をどうぞ」
侍女のミナは本を4冊持ってきてくれていた。
金色のドラゴン、黒色のドラゴン、ドラゴンの本、建国記の4冊だ。
「ありがとう。ミナ」
リリアーナはドラゴンの本を受け取った。
予定より早く帰ってきたので、ジークハルトとクリスはまだ公務中だった。
夕食はこのドレスに着替えますとミナから言われ、今日は皇帝陛下と一緒に食事だと教えてもらった。
学園に行っている時に宰相が持ってきたと。
……行きたくないなぁ……。
リリアーナはドラゴンの本の表紙をなぞった。
こんなことを言っていい立場ではないのはわかっている。
でもラインハルトに会いたくない。
きっと怒っているだろう。
テストもほとんどできなかった。
歴史と地理は白紙だ。
知らないものはがんばっても書けない。
3年生だけは嫌だなぁ。
もし3年生だと言われたら、2年生にしてもらえないだろうか。
宰相に迷惑がかかるのでダメだろうか。
リリアーナは本を抱えたままソファーにうずくまり、いつの間にかそのまま眠ってしまった。
「……眠っていますね」
公務から戻ったジークハルトとクリスは、ソファーで小さくなって眠るリリアーナを眺めた。
本を抱きかかえて眠るリリアーナ。
普段から小さいのにさらに小さく見える。
「学園が疲れたのだろう」
ジークハルトはリリアーナを優しく抱き上げるとベッドへ寝かせた。
「夕食は断っておけ。部屋で食べる」
ジークハルトの言葉にクリスは頷き、宰相へ連絡をするため部屋から出ていった。
「夕食に来ない?」
宰相は溜息をついた。
「はい。リリアーナ嬢が眠ってしまったので」
クリスは宰相の溜息を何も疑問に思わず、普通に回答した。
「……本当に寝ているのか?」
「えぇ。寝ていますが? どうしても出席でしたか? 起こしますか?」
クリスの本当に寝ているという口振りに宰相は額を押さえた。
「寝顔を見に行ってもいいか?」
宰相が言うので、クリスはどうぞと答えた。
ジークハルトは嫌がるかもしれないが。
どうせ今頃は添い寝でもしているだろう。
「ジークハルト殿下、今少しよろしいですか?」
宰相が声をかけながら寝室へ入ると、予想通りジークハルトは添い寝中だった。
ベッドを覗き込むと本当にリリアーナは寝ている。
「……何だ?」
巣穴に他の雄が入ったのだ。
ジークハルトはかなり不機嫌だ。
いくら宰相だとしても、リリアーナの養父だとしても、寝室へ入ってくるのは気に入らない。
「夕食は隣の部屋へ準備します」
宰相は急いで一礼をして寝室の扉を閉めた。
「……どうかしたのですか?」
本当にリリアーナが寝ているか確認に来るのはおかしい。
クリスが宰相へ尋ねると、宰相はまた溜息をついた。
宰相の執務室でクリスは今日の学園の様子を見せてもらった。
「スライゴの記録水晶?」
クリスの友人であるスライゴは闇属性・上級。
彼には見た物を水晶へ記録できる能力があった。
あまり知られていないが闇魔術の1つだ。
それは帰りの馬車の御者にスライゴが渡した記録水晶だった。
記録水晶には馬車から降りてきたラインハルトとリリアーナが映っていた。
案内する様子はなくリリアーナが追いかけているような感じだ。
次は演習場。
リリアーナは遅れてきた。
「えっ?」
クリスが思わず声を上げた。
すぐに演習場に入るが、クラス全員から狙われているように見える。
リリアーナが何かの魔術を使い、一気に全員が倒れる様子が映っていた。
「何の魔術でしょうか?」
40人を一度に倒せるなんて。
「眠らせたようだ。ラインハルト殿下はまだ帰ってきていない」
まだ演習場で寝ている。と宰相は頭をかかえた。
「眠らせる……」
そんな魔術は聞いた事がない。
エスト国にはそんな魔術が……。
次はテストを受けているリリアーナ。
楽しそうに解いたと思えば、次はなぜか泣いている。
テストをスライゴに手渡し、お昼を食べた所で映像は終わった。
「皇帝陛下がリリアーナに謝罪したいと」
もともと今日は初登校なので一緒に夕食を取り、学園の印象を聞いてみようと思っていた。
だが、これはあまりにもヒドイのではないか。
竜族や獣人に比べて、人族が弱いのは常識。
獣人の爪で引っかかれただけでも致命傷になるかもしれないというのに。
竜族や獣人は自分より強いものには逆らわない。
順位付けがはっきりしているのだ。
ラインハルトはジークハルトからリリアーナを頼まれたはず。
クラスで1番強いラインハルトが守ればリリアーナは襲われなかったはずだ。
それを守るどころか率先して攻撃するとは。
もしリリアーナが魔術を使えなかったら命の保証はなかった。
クリスはぶるっと震えた。
「スライゴも人族。出身地が近いという理由でたまたまテストの監督に選ばれただけだ。彼でなければ誰も真実を知らないままだっただろう」
宰相は今日何度目かの溜息をついた。
「リリアーナが起きたら話をしたい」
宰相の言葉にクリスは頷いた。
◇
薄暗い部屋でリリアーナはゆっくりと目を開けた。
「……ジーク様?」
ソファーにいたはずなのになぜかベッドの上だ。
「今日は疲れたか?」
添い寝のジークハルトがリリアーナの頭を優しく撫でる。
「あ! 夕食! ごめんなさい!」
うっかりソファーで寝てしまったのだ。
リリアーナが慌てて起きようとするとジークハルトに止められた。
「気にするな。隣の部屋に準備させた」
抱っこされ隣の部屋へ行き、ソファーに座るジークハルトの膝の上が定位置。
口に突っ込まれたトリの照り焼きは柔らかくておいしいが、今日この世界で初めて食べた魚も美味しかった。
「今日ランチで魚を食べました。エストには魚がなかったから嬉しかった」
リリアーナが今日の報告をすると、ジークハルトはそうかと微笑んだ。
「テストは、歴史と地理が全くわからなくて」
どうしようと報告すると、気にするなと言ってくれた。
今日は皇帝陛下と夕食にならなくて良かった。
喜んではいけないけれど、リリアーナはとてもほっとしてしまった。




