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086.廃嫡却下

 ドラゴニアス帝国の第1皇子ジークハルトと、ウェリントン公爵の養女となったリリアーナの婚約届がエスト国に届いた。


 国賓として建国祭へお招きしたドラゴニアス帝国の皇太子。

 黒髪・金眼でドラゴンを思わせる容姿にたくましい身体付き。

 冷酷な皇子と言われている。

 国の1つや2つ簡単に消せるという噂はイースト大陸の国王達の間では有名な話だ。


 まさか婚約するとは思わなかった。

 世界最強の竜族が、世界最弱の人族に興味を持つとは思わなかったのだ。

 国王陛下は届いた婚約届に驚き、何度もウィンチェスタ侯爵に確認したが、本当ですと困った顔をしただけだった。


    ◇


「すまない、リリアーナ」

 フレディリックは建国祭以降、自身の廃嫡を国王陛下に願い出ていた。


 リリアーナに何をしたのか覚えている。

 なぜあんな事をしたのか。

 辛そうなリリアーナの顔が忘れられない。

 泣いた顔。

 傷ついた顔。

 妃にしたいと願っていたリリアーナを自分の手で国外へ追放したのだ。


 すまない。

 フレディリックは何度も何度も呟いた。


 手元にあるのはノアール・ウィンチェスタから渡されたリリアーナの腕輪。

 あいつも指輪と腕輪を持って泣きそうな顔をしていた。


 護ると言ったのに。


「フレディリック殿下、国王陛下がお呼びです」

 ようやく廃嫡になるのか。

 無実なリリアーナを国外追放にした奴が将来国王になどなれるはずがない。

 次男も優秀だ。

 あいつが国王になればいい。

 フレディリックは国王陛下と大臣の集まる会議室へと向かった。



「廃嫡は認められない。王太子として今後も公務を務めよ」

 国王陛下の言葉に、フレディリックは目を見開いた。


「……なぜですか!?」

 フレディリックが大臣たちを見渡すと、あの日建国祭に参加をしていたほとんどの大臣が自分達も同罪だと言った。


 あの日、リリアーナと面識がない大臣でさえ、なぜかリリアーナを『敵』だと思ったと言う。

 理由はわからない。

 ただ、リリアーナさえいなくなればいいと思ったと。


「もし王太子殿下が責任を取られるのなら、我々、ほとんどの大臣も辞めなくてはなりません。もちろん国王陛下も」

 宰相が大臣達の顔を見渡した。


「俺一人でいいだろう。俺だけが」

 フレディリックが拳を握る。

 握った手からギュッと音が鳴る。

 護れなかった。

 それどころか、自分がリリアーナを傷つけたのだ。


「フレディリック殿下の廃嫡は我が国に決定権がないのです」

 ウィンチェスタ魔道大臣が立ち上がった。


「……どういう意味だ?」

 ウィンチェスタ魔道大臣は建国祭の前後、確か旅行で不在だったはず。

 自身がいない間に後見人を務めていたリリアーナが追放されたのだ。

 彼こそ自分を1番恨み、廃嫡を願うはずではないのか。


 ウィンチェスタ魔道大臣は1通の書面をフレディリックへ手渡した。


 それは廃嫡を望まない書類。

 リリアーナのサインが書かれている。

 ただしリリアーナ・フォードではない。

 リリアーナ・ウェリントンのサインだ。


『いつか国王陛下になられた姿を拝見する日を楽しみにしております。どうかエスト国を豊かな国へとお導きください』


 リリアーナからのメッセージにフレディリックは目を押さえた。


「あの子の願いを叶えられるのはフレディリック殿下、貴方だけなのです」

 だから廃嫡は諦めてくださいとウィンチェスタ魔道大臣は緑の眼を細めて微笑んだ。


 ただの侯爵令嬢リリアーナ・フォードの願いであれば国王陛下は無視できる。

 しかし大国ドラゴニアス帝国の公爵令嬢リリアーナ・ウェリントンの願いは、小国エストの国王陛下では無視できない。


 しかもウェリントン公爵はドラゴニアス帝国の宰相だ。

 公爵令嬢の願いを断るという事は、ドラゴニアス帝国を敵に回すという事。


 全てわかっていてフォードではなくウェリントンでサインしたのだろう?

 こういうお前だから妃にしたかった。

 正妃に。


 リリアーナ……。

 フレディリックの頬に涙がつたう。


「……そうか」

 フレディリックは書面をウィンチェスタ魔道大臣に返すと、国王陛下へ頭を下げた。


 そのまま王太子も大臣も誰も交代する事なく、建国祭での出来事は秘匿とされた。

 リリアーナはドラゴニアス帝国へ留学に行ったと伝えらえ、誰にも疑問に思われる事なくエスト国から姿を消す事になった。


 フレディリックは腕輪をネックレスに通し、肌身離さず常に持ち歩いた。

 入浴も寝る時も。

 常に身に着け、誰にも触らせる事はなかった。


 愛している。

 もっと伝えておけば良かった。

 もっと一緒にいれば良かった。

 建国祭にお前を招待しなければよかった。

 後悔ばかりが胸に広がる。


 将来、お前に見られて恥ずかしくない国にすると約束しよう。


 俺の妃はお前だけだ。

 愛している。リリアーナ。


 時間があれば腕輪を眺め、辛そうな顔をする姿が幾度となく目撃されたが、それを慰められる者は誰もいなかった。

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