081.婚約
本人が目覚めないまま婚約届はイースト大陸エスト国へ届けられた。
世界で1番の大国であるドラゴニアス帝国からの婚約届だ。
本人の同意も、後見人のサインも不要。
決定事項として伝えられた。
同時にウィンチェスタ魔道大臣宛にも書類が届いた。
リリアーナがドラゴニアス帝国の宰相の養子となった事を知らせる書面だ。
ただし本人が望めばウィンチェスタ侯爵も後見人の立場を継続可能と書かれている。
きっとあの眼鏡の補佐官が頑張ってくれたのだろう。
そしてもう1通はリリアーナの帝立学園への入学について。
本人が望めば通学可能だという。
リリアーナは高等科で魔術回路を習う事を楽しみにしていたので、きっと通いたいと言うだろう。
場所は変わるが授業が受けられる環境を与えてくれた事に感謝する。
眼鏡の補佐官からの手紙によると、まだリリアーナは目覚めていないそうだ。
ずっと泣きながら眠っていると。
右足は捻挫で骨は折れていない。
顔は擦り傷程度、ただ魔力滞留による熱がまだ引かないと。
預かった小包はヴィンセント魔術師団長へお渡ししましたと書かれていた。
ウィンチェスタ侯爵はお礼の手紙を書くと、手紙を届ける魔道具の中に入れた。
「おぉ! こうやって届くのですね」
補佐官クリスは今届いたばかりの手紙を手に取り封を開けた。
リリアーナに関するお礼、小包のお礼と、エスト国の状況が書かれている。
エスト国は王宮に青の魔道具と呼ばれる物が配置してあったのに壊されていた事、隣国の姫と騎士が姿を消した事、王宮に闇の魔方陣が発動し全員操られていた事など、現在までに分かった事が細かく書かれていた。
あの茶髪の姫が隣国の姫だったとは。
ジーク様の名前も勝手に呼ぶ失礼な姫だった。
そして会場で剣を抜いた騎士、あの場所で女性を切りつけるとは非常識すぎる。
早朝、ドラゴンで王宮へ近づく事ができなかったので、あの時はまだ青の魔道具というものは壊されていなかったのだろう。
あの変な感覚があった時だろうか。
何か手がかりになればと補佐官クリスはウィンチェスタ侯爵に返事を書き、魔道具へ入れた。
◇
真っ暗な世界。
リリアーナはまた1人で暗闇にいた。
いつものように足には蔓。
もう引っ張るのも飽きた。
リリアーナはその場で横向きに寝転んだ
もうどうでも良い。
何もしたくない。
このまま消えてなくなればいい。
リリアーナは目を閉じた。
『……どうして起きない?』
頭に響く低い声。
ゆっくり目を開けると、目の前には黒いドラゴン。
金色の優しい眼でリリアーナを見つめていた。
「もう、疲れちゃった」
リリアーナは寝転んだまま答えた。
「もう、、、」
顔を腕で抑えて泣き出すリリアーナ。
黒いドラゴンはリリアーナの真横まで近づくと、座り込んでリリアーナに身体をくっつけた。
何かするわけでもなく、話をするわけでもなく、ただドラゴンは横にいた。
黒いドラゴンは暖かくて、お日様のような良い匂いがする。
この世界には太陽がないので、お日様のポカポカした雰囲気をすっかり忘れていた。
このドラゴンの横はなぜか安心する。
「……暖かい」
真っ暗な空間で唯一の安らぎ。
リリアーナは夢の中だと言うのにウトウトし始めた。
また会いたい。
リリアーナはゆっくりと目を閉じた。
◇
「……どうしてまだ起きない?」
ジークハルトは泣きながら眠るリリアーナの隣に寝転んだ。
キングサイズのベッドは2人で寝てもまだ余裕がある。
涙を拭き、頭を撫で、抱きしめて眠る生活は今日で5日目。
いつになったら目覚めるのか。
熱は下がったが1度も目を開けない。
「ずっと一緒だ。離さない」
今日もジークハルトはリリアーナを抱きしめて眠った。
◇
暗闇に寝転び、何もしない。
国外追放、婚約破棄。
考えたくないのに、いろいろと浮かんできてしまう。
リリアーナは今日も暗闇で1人だ。
眠る前は側にいてくれる黒いドラゴンも目が覚めるといなくなっている。
今日も来てくれるだろうか。
リリアーナは目を伏せた。
『……どうしてまだ起きない?』
頭に響く低い声。
黒いドラゴンだ。
今日も会えた。
リリアーナはうれしくて微笑んだ。
今日も隣にいてくれる。
暖かくて良い匂い。
『ずっと一緒だ。離さない。』
頬に擦り寄り、頭に擦り寄る。
「ずっと?」
リリアーナは顔を上げた。
父も母も祖母もユージもみんな側から居なくなってしまった。
侍女長も料理人のおっちゃんも庭師も侍女も、いつの間にかいなかった。
『リリー、私が側にいます、ずっと。』
神託の前、ノアールに言われた言葉を思い出す。
『婚約破棄で構いません。』
建国祭での冷たい視線、冷たい言葉。
信じていたのに。
一緒に居てくれると。
ノア先生もお兄様もフレッド殿下もいなくなった。
みんな居なくなってしまうのだ。
『ずっと一緒だ。絶対に離さない。……約束だ。』
ドラゴンならずっと一緒に居てくれるのだろうか?
夢を見る事くらいは私でも許されるだろうか。
リリアーナは泣きながら笑うと、ゆっくりと目を閉じた。