071.願い
もうすぐ建国祭。
ウィンチェスタ侯爵は別邸にリリアーナのドレスを持ってやってきた。
建国祭は2日間開催される。
初日は国賓も参列する国の大事な行事。
この日は大臣クラスしか参加できない。
2日目は国内向けであり16歳以上の貴族であれば参加可能だ。
15歳のリリアーナはどちらの日も参加できないが、フレディリック殿下の招待状で初日に特別参加させてもらえるのだ。
ドラゴンに会わせてくれるという約束を本当に叶えてくれそうで嬉しい。
20歳になり正式にフォード侯爵となったエドワードもリリアーナのエスコートとして一緒に招待された。
リリアーナをしっかり見張っておくようにという任務付きだ。
リリアーナは『水の一族』を思わせる薄い水色のドレス、エドワードは少し濃いめの青のタキシード。
同じ柄の刺繍が入っており、色は同じではないがペアだとわかる。
どちらもウィンチェスタ侯爵夫人が選んでくれた物だ。
「私は建国祭の間に、隣国の友人と旅行なのだよ。綺麗なリリアーナが見られなくて残念だ」
ウィンチェスタ侯爵はドレスを侍女のミナに手渡しながら言った。
「旅行?」
「ドラゴニアス帝国にね」
隣国の友人スライゴ侯爵の協力のもと、魔方陣と世界樹・エルフの樹についてずっと調べていた。
彼の息子が伝手を使ってドラゴニアス帝国の魔術師団長と会えるように手配してくれたのだ。
エルフかもしれない人物だ。
それがちょうど建国祭と重なってしまった。
逆に言えば、我が国の建国祭にドラゴニアス帝国の皇太子が来るため、魔術師団長の予定が空いたのだと言う。
世界最強の皇太子からドラゴニアス帝国を守るのが仕事だそうだ。
普通は皇太子を守るのではないのだろうか。
なぜ逆なのだろう?
「ドラゴンの国!」
いいなぁ。とリリアーナが呟くと、ノアールがリリアーナの手を取った。
「新婚旅行で連れて行きますからね」
ノアールが緑の眼を細めて微笑むと、リリアーナは真っ赤になった。
「おや、もう決めているのかい?」
「えぇ、結婚式もドラゴニアス帝国の教会でします」
まだ3年先だというのにもうそんな事まで決めているとは。
ウィンチェスタ侯爵は驚いたが、特に反対することもなく微笑んだ。
ウィンチェスタ侯爵は建国祭を挟んで前後2ヶ月不在だという。
やはりドラゴニアス帝国は遠いようだ。
明後日には出発してしまうらしい。
「体調に気をつけるのだよ」
ウィンチェスタ侯爵はリリアーナの両頬を手で優しく挟むと、そっとおでこに口づけた。
小さい頃からリリアーナが不安な時によくしてくれたおまじないだ。
「父上!」
焦ったノアールが2人に割込むと、余裕のない男は嫌われるよとウィンチェスタ侯爵に揶揄われた。
「いってらっしゃい。おとうさま」
なぜか少し寂しい気がしたのは今まで2ヶ月も離れたことがないからなのか、初めての夜会が不安なのか。
リリアーナはウィンチェスタ侯爵を心配させないように微笑んだ。
建国祭の日、ノアールを始め特殊部隊は会場警備をするそうだ。
ただし、エドワードの茶髪の友人アルバートだけは休み。
フォード邸でゆっくりするらしい。
彼はフレディリックの従弟のため、余計な火種にならないように不参加だとノアールが教えてくれた。
王位継承権はなくてもいろいろあるので王族は大変だ。
「王太子殿下と、ダンスを踊るのですか?」
ファーストダンスは自分が踊りたかったとノアールが言う。
「踊れないと思う。練習したけど下手だから」
リリアーナは笑った。
リズム感のなさが壊滅的なのだ。
国内でも、いや同級生の間でも恥ずかしいレベルのため、当然、国賓の前で王太子殿下と踊れるようなものではない。
「ダンスは無理みたい」
もともと運動神経は良い方ではなかったが、ダンスがあんなにひどいとは思っていなかった。
リリアーナは肩をすくめた。
「良かった」
ノアールは胸を撫で下ろしながら嬉しそうに微笑んだ。
16歳になったらデビュタントのリリアーナをエスコートしてファーストダンスを踊りたい。
自分もダンスは得意ではないが、夜会で1度はリリアーナと踊ってみたい。
きっと真っ白なドレスを着たリリアーナは綺麗だろう。
いつか叶えたい夢の一つだ。
ウィンチェスタ侯爵が持ってきてくれたドレスを侍女のミナが片付け終わったころ、ノアールはリリアーナに声をかけた。
「リリー、そろそろ今日の魔術演習をしましょう」
庭に2人で出て、なんとなくいつもと同じ場所に立つ。
5歳の頃からずっと魔術演習をする時にはノアールが後ろに立ってくれる。
最近は身長差も減り、バックハグに再びドキドキしっぱなしで集中しにくい。
「そう、上手ですよ」
耳元で優しく囁かれると心臓が飛び出しそうだ。
後ろから手を握られ、身体を支えられ、自分だけがドキドキしているかと思うとちょっと悔しい。
「今日は少し変わった練習をしてみましょうか」
リリアーナは両手を前に伸ばすように指示された。
素直に従い腕を伸ばすと、なぜかノアールの手がリリアーナの腰に巻き付く。
「ノア先生?」
この腰の手はどういう事?
リリアーナは首をかしげた。
「青の魔道具わかりますか?」
ノアールの質問にリリアーナが頷く。
箱型の結界だ。
「作ってみましょう」
「えっ?」
作り方もわからないのに?
リリアーナが振り返ると、思ったより近くにノアールの顔があって驚いた。
少し上を向いたらキス出来そうな位置だ。
リリアーナは慌てて顔を前に戻した。
その様子をノアールがクスクス笑う。
「うっかり偶然口づけしたかったです」
耳元で囁かれ、リリアーナは真っ赤になった。
なんで色気全開!
困るんですけど!
顔が熱い。
湯気でも出ているのではないだろうか。
ノアールはゆっくり手をリリアーナの腰から手に回すと、何事もなかったかのように、魔術の指導を始めた。
「まず、風でシールドを作ってみましょう」
イメージするのは盾。
風で作った壁だ。
「そのシールドを丸く」
ウォーターボールなど初級魔術は丸が多い。
一般的に魔術は丸いのが1番簡単だと言われている。
「そう、上手ですよ。そこから四角く出来ますか?」
10cm四方の箱をイメージするがなかなか角ができない。
やはり丸から四角は難しいみたいだ。
「氷だったらすぐ四角くなるのに」
リリアーナが何気なく呟く。
パキン!
「あ、」
風のシールドだったはずの丸い壁に氷の破片が混じってしまった。
失敗だ。
部分的に凍ってしまった魔術は、そのまま手の上に落ちて溶けてしまった。
「難しい」
リリアーナが眉間に皺を寄せる。
2回目もチャレンジしたが、うまく四角くならずに風が分散してしまった。
3回目も風が四角くなる前に消えてしまう。
ノアールはリリアーナの指先を握り、今日はおしまいにしましょうと告げた。
「あの~、ノア先生?」
おしまいだと言われたのに、なぜかノアールが離れない。
後ろからリリアーナのお腹に手を回し、顔は肩に埋もれている。
完全に後ろから抱きしめられている状態だ。
「良かったです」
耳元で溜息は反則です!
「リリーはなんでもできてしまうので、もう私は必要がないのかと思っていました」
ノアールはリリアーナが失敗してほっとしたのだ。
魔力量も属性もリリアーナの方が遥かに多い。
学園で演習をしていないので、まだまだ使える魔術は少ないが、普通に授業を受けていたらもう自分など必要ないレベルになっていただろう。
自分より能力が低い男は好まれない。
自分より家柄が低い男も。
ノアールは三男で爵位も領地もない。
通常ならあまり人気のない物件だ。
「全然何にもできないです」
お金もないし、この別邸だってお兄様から借りているし。
今、一人で放り出されたら今日食べる物さえ手に入れられない。
どこで何をすればいいのか知識もないのだ。
「リリー、好きですよ」
耳元で囁かれた言葉にリリアーナは真っ赤になった。
どうか、ずっと一緒にいてください。
ノアールは願いを声に出さないままリリアーナをただ抱きしめた。
ブックマーク、評価ありがとうございます(*゜∀゜*)
今回で第2章「王立学園」は完結です。
次回から第3章「ドラゴニアス帝国」がスタートします。
ようやく前世の元カレと、新しい人物が登場し、物語は急展開を迎えます(>人<;)
引き続きリリアーナの成長を応援していただけるとうれしいです。