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062.兄の卒業

「お兄様、卒業おめでとうございます」

 別邸のリビングで大粒の涙をぼろぼろ流しながらリリアーナはエドワードに贈り物を差し出した。


 2ヵ月前にウィンチェスタ侯爵夫人に刺繍の仕方を教えてもらった剣帯だ。


 毎日寮で刺繍し、なんとか10日前に完成した。

 ウィンチェスタ侯爵夫人にも完成品を見てもらい合格をもらっている。


「これ剣帯??」

 まさかもらえるなんて。とエドワードも目を潤ませた。

 腰につけ剣を通す。

 エドワードは細いのでベルトの穴はもう1つ開けないといけないが、フォード家の家紋は綺麗に見える位置になった。


「ありがとうリリー」

 エドワードはリリアーナを抱きしめた。


 家紋の刺繍は御守りのような意味らしい。

 危険から家が守ってくれるのだとウィンチェスタ侯爵夫人が教えてくれた。

 同時に、私の元に必ず帰ってくるようにという願いが込められているそうだ。

 フォード家でいいのか? あの父だけど。と一瞬悩んだことはエドワードには内緒だ。


 そういえば、エドワードに彼女はいないのだろうか。

 もし彼女からも貰うのだったら、彼女の作った方をつけて欲しい。


「あ、あの、お兄様。今更なのですが、もし婚約者から貰うなら、それはつけなくていいので」

 でも貰ってくださいね。とリリアーナが言うと、エドワードは声を出して笑った。


「いないよ。だからこれを使うよ」

 エドワードはそっと刺繍を手でなぞった。


 これからエドワードはフォード家で茶髪の友人と2人で暮らすそうだ。

 以前、2人で住んでいいかと確認されたが、リリアーナは1度も本邸に行ったことがないのでエドワードの良いようにと回答した。


 王宮騎士団の食堂で朝昼晩食べることができるそうなので、寝るためだけに部屋を借りるのはもったいないとフォード家を使うことを決めたそうだ。


「何かあったらすぐ呼んで」

 もう学園で何かあってもすぐ行ける距離ではないので心配だと言う。

 強そうな寮長で良かったと2人で笑った。


 配属後、半年は第1騎士団の新人研修に参加するため、あまり自由はないそうだ。

 その後は王太子直属の特別部隊へ入るため、大型生物でも捕まえて特別講座に連れて行ってもらうからねとエドワードは笑った。


 フレディリック殿下の特別講座は次年度も継続となった。

 エドワードを含め、卒業生6人分は新たにテストを行い募集をするが、現在のメンバーは本人が希望すれば継続できる。

 リリアーナはもちろん継続だ。

 博士科の5年目先輩は、なんと6年目が確定した。

 学園史上、最長だそうだ。


「ノア先生と一緒だし、うれしいなぁ~」

 エドワードの言葉にリリアーナは驚いてノアールの方を振り向いた。


「あれ? 言っていませんでしたか?」

 ノアールが首を傾げた。


「僕の招待状を見せてもらった時、ノア先生のもあったじゃん!」

 見てなかったの? とエドワードが笑う。


 リリアーナは全く記憶になかった。

 エドワードの就職先が決まって嬉しくて泣いていたため何も聞いていなかったのだ。

 まさかノアールの異動の話もあったとは。


「ノア先生も騎士団?」

 意味がわからないとリリアーナが首を傾げる。


「騎士と魔術師が協力しあう部署なのですよ」

 王太子殿下らしいですね。とノアールが困ったように笑った。

 あまり嬉しくなかったのだろうか。

 魔術師団にいたかったのに権力に逆らえなかったのだろうか。

 それとも新しい試みのため過酷な部署なのだろうか。

 リリアーナはノアールの表情が少し気になったが、理由を聞くことはできなかった。


「エドワード、これを渡しておくよ」

 ウィンチェスタ侯爵は1冊の本をエドワードに差し出した。


「フォード家の地下にあった水の一族の本だよ」

 地下にはもう何もないが新しい鍵がかけられている。

 その鍵も一緒に手渡された。

 20歳になったらエドワードは家督を継ぐことができる。

 それまでは鍵も預かっておこうかと思ったが、友人と一緒に住むのであれば渡した方が良いだろうと判断した。


「ありがとうございます」

 エドワードは古い本と鍵を受け取った。


「君も何か困ったらすぐ相談するのだよ」

 私でもノアールでもいい。ウィンチェスタ侯爵は微笑んだ。


「リリーの事、よろしくお願いします」

 今度はエドワードがリリアーナの寮の部屋の鍵をウィンチェスタ侯爵へ手渡した。


「何よりもリリアーナが学園で1人なのが心配だね」

 ウィンチェスタ侯爵の言葉にエドワードもノアールも頷く。


「大丈夫です!」

 自信満々に答えるリリアーナを見て、3人は余計に心配になった。


 寮の荷物は今週中に運び出さなくてはいけないらしい。

 茶髪の友人アルバートと約束をしているため、1度学園に戻り荷物を持って本邸へ向かうと言う。


 リリアーナも長期休暇は寮で過ごすため、一緒に学園に戻ることにした。


「ノア先生、また月末に」

 リリアーナが微笑むと、ノアールはリリアーナの右手を取った。

 指輪に軽く口づけすると、名残惜しそうに微笑む。


 エドワードはリリアーナを学園の寮へ送って行った。

 送って行くのはこれが最後。

 冷蔵庫から氷グラスを取り出し慣れた手つきで紅茶とミルクを注いだ。

 シャリシャリとして美味しい。


「ねぇ、リリー。冷蔵庫ちょうだい」

「ダメですー!」

 あ、やっぱり? とエドワードは笑った。


「じゃぁ、またね。大好きだよリリー」

「私も大好きです。お兄様」

 きっと大好きの意味が違うよね。

 エドワードは困ったように微笑むとリリアーナを抱き締めた。

 細くて小さな妹。

 父からも、他のどんな危険からも護りたい。


 エドワードはゆっくりリリアーナから離れると、手を振って別れ、騎士コースの寮へ戻った。


「貰ったん?」

 茶髪の友人アルバートが荷物を詰めながら、帰って来たエドワードに声をかけた。

 腰の新しい剣帯を見てニヤリと笑う。


「あぁ、うん。ただいま」

 エドワードは大切そうに剣帯をテーブルへ置いた。

 いつも1番大事にしている剣よりも、丁寧に剣帯を置き、しばらく眺める。


「良かったなぁ、好きな女から貰えて」

「好っ、……あー、……バレてた?」

 エドワードは手で口を塞いで真っ赤になった。


「何年一緒だと思ってんの?」

 アルバートの言葉に、そっか。とエドワードは呟いた。


「……言わんの?」

 卒業式の日だけは本当に好きな人に告白できる。

 学園の伝統行事だ。

 エドワードは首を横に振った。


「兄ならずっと側にいられるでしょ」

 誰と結婚してもさ。

 そうでしょ? とエドワードは悲しそうに微笑んだ。

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