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060.贈り物

 ノアールが慌てて訪ねてきてから3日後、暫定措置の指輪がリリアーナの手元に届いた。


「おはようリリーちゃん。はい、旦那さまから婚・約・指・輪」

 なぜか寮長から指輪を渡されて驚くリリアーナに、さらに手紙が差し出される。


「悪い女ね」

 ふふふっと笑って渡された手紙はフレディリック殿下からだった。


 手紙には作戦が書かれていた。

 腕輪は装飾品と見なされるため、着けていると上級生の目に留まりやすい。

 手をケガさせてしまったお詫びに贈った物である事、王太子命令で今年の特別講座のある期間は付け続ける事をアピールすると書かれている。

 奪われたり、隠されたりするのを防ぐためだ。


 そろそろ傷も塞がってきたが、しばらくはケガのお詫びをアピールするため包帯をつけたままにする事と手紙に書いてあった。

 きっとわざとケガをしたとか、大袈裟だとか、嫌味を言われるのを防ぐためなのだろう。


 優しいなぁ。

 リリアーナは手紙を見ながら微笑んだ。


「あら、やだ。浮気かしら~」

「ち、違いますっ」

 リリアーナは慌てて寮の部屋に入った。


 新しい指輪をはめ、左手でギュッと包み込んだ。


 今日の授業の教科書をカバンに詰め、制服を着る。

 授業後はここで着替えて別邸へ戻るという生活だったが、指輪を作ってくれたので、今日からもう別邸へ戻らなくてもよいかもしれない。


 あ、でもご飯の材料がない。

 リリアーナは今日もやっぱり別邸へ行くことに決めた。


「行ってきまーす」

 寮長に手を振り、いつものように高等科と中等科の間の中庭を進む。


 ふと見上げた高等科の2階の窓から綺麗な金髪のエドワードと、兄の茶髪の友人アルバートが手を振ってくれた。

 リリアーナも小さく振り返すが、違う! 違う! というようなジェスチャーをされる。


 首を傾げたリリアーナに、アルバートは中等科と高等科の間の渡り廊下の辺りを指さした。

 エドワードの姿はもう2階に見えない。


 渡り廊下の方を振り向くと、かなりざわついている。

 順番にお辞儀をしていく人々が体育大会でやる組体操の波のように見えた。


 護衛を連れたフレディリック殿下だとリリアーナが気づいたのは、エドワードが2階から駆け降りてくるのとほぼ同時だった。


 エドワードに引っ張られ、慌ててみんなと同じように建物の近くへ寄り、お辞儀をする。

 リリアーナは自分も組体操の波の一部になったのだ。


 フレディリック殿下がエドワードとリリアーナの前で止まると、ざわつく声が大きくなった。


「おはよう。エドワード、リリアーナ」

 2人にお辞儀をやめるように手で合図する。

 周りはまだお辞儀をしたままだ。


 少し離れた位置のお姉様方が怖い。


「おはようございます。フレディリック殿下」

「おはようございます。殿下」

 リリアーナもエドワードに続いて挨拶した。


「リリアーナ、ケガはどうだ?」

 フレディリックはリリアーナの包帯を巻いた手を取った。


 遠くから悲鳴が聞こえる。

 2階の窓からも聞こえたので高等科のお姉様の悲鳴だろう。


「だ、大丈夫です。ご心配をおかけしました」

 いくら作戦通りだとはいえ、さっき読んだばかりの作戦がこんなに早く実践されるとは。


「先日の特別講座でお騒がせしてしまい申し訳ありませんでした」

 エドワードも作戦を知っているのだろうか。

 普通に会話に入ってくる。


「いや、安全に配慮できなかった責任がある。リリアーナ、これを」

 握られた右手に腕輪が通された。


 周りのざわつきがすごい。

 王太子からの贈り物だ。

 男女問わず驚いている。


「こんな高価な物を頂くわけには。不注意だった妹が悪いのです」

 エドワードがリリアーナの方を向いて、そうだろう?と促す。


「ケガは自分のせいです。これは頂けません」

 リリアーナも首を横に振った。


「いや、本来なら令嬢にケガをさせたとなれば責任を取るべきだが、立場上こんな贈り物ですまない」

 フレディリックの手に少し力が入った。


『責任』の言葉に女子生徒の悲鳴がすごい。

 男子生徒の驚きの声も響く。

 みんなどうしたというのか。


「できれば今年の特別講座が終わるまでは毎日つけてくれないか。責任を取れない俺を許してくれるのなら」

 フレディリックは少し目を伏せた。


「……ありがとうございます。では遠慮なく頂きます」

 エドワードが騎士の礼をし、リリアーナの方を見た。


「あ、ありがとうございます」

 リリアーナも右手を握られたまま慌ててお辞儀をする。


「すまないな」

 そう言いながらフレディリックはそっとリリアーナの手を離し微笑んだ。

 リリアーナも綺麗な腕輪をそっと左手で包み微笑み返す。


 大勢の目撃者のいる中、無事に魔道具の腕輪はリリアーナの元へ届けられた。


 フレディリックは、学園長室の方へと歩いて行く。

 再びみんなが波のようにお辞儀をして行くのが見えた。


 腕輪は銀色の土台に茶色の宝石が3つ埋め込まれていた。

 真ん中の宝石が1番大きく、その左右に小さな石が1つずつ。

 シンプルだが品の良さが引き立っている。


「うわっ、アンダリュサイト? マジ??」

 エドワードが腕輪を覗き込み宝石の名前を呼ぶと、チラチラと気にしていた周りの人々が驚いた顔をした。


「アンダル?」

 リリアーナが首を傾げるとエドワードが溜息をついた。

 侯爵令嬢なんだから宝石の名前くらい! と怒られそうだ。


「アンダリュサイト」

 めっちゃ高いよ。と言われる。


 さすが王族。

 こんな高価な物を準備してくれるなんて。


「……もらっていいのかな?」

 指輪で魔力が抑えられなってしまったから2個になったのに、こんな高価な腕輪をもらってしまった。

 ケガはフレディリック殿下のせいではないのに。


「殿下の気持ちでしょ」

 茶色の宝石なんてノア先生が怒るかもね。

 エドワードは困った顔で微笑んだ。


 自分の眼の色と同じ宝石を贈る意味をリリアーナはちゃんと知っているのだろうか。

 常識がないから知らないかもしれない。

 あとで教えなくては。


 予鈴が鳴り、生徒達がバタバタと動き出した。


「あ! 遅れる!」

 エドワードが早く中等科へ行けとリリアーナの背中を押した。


「お兄様、ありがとう!」

 一緒にいてくれて良かった。

 リリアーナは手を振ると急いで中等科へ走って行った。


 ウェーブのかかった黒い髪が左右に揺れ、足がぴょこぴょこ飛ぶ。

 その後ろ姿を見ながらエドワードは切なそうに微笑んだ。

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