040.警戒心ゼロ
新学年になってあっという間に半年。
12歳のリリアーナはようやく身長が140cmほどになった。
クラスの女の子と比べても10cmくらい低いので、いつもリーダー令嬢に見下ろされている。
指輪も今着けているものは2個目。
前回よりもう少し細いものをノアールが作ってくれた。
小さくなってしまった1個目はネックレスに通して持ち歩いている。
初等科卒業後は中等科魔術コースへ行くことが決まったが、クラスの半分くらいの子は平民のため、あと半年ほどで学園を去るという。
中には真面目で優秀な子もいるのに残念だ。
「お前の兄、話題だったぞ」
フレディリックは長い足を組み直しながら優雅に紅茶を飲んだ。
なぜか今日も王宮。
ウィンチェスタ侯爵にまた庭園に連れてこられてしまった。
「3回戦で負けたと悔しがっていました」
エドワードは今年の模擬戦で3年生相手に惜しくも負けてしまったが3回戦まで勝ち進んだ。
魔術はまだ1回しか使用できないが、それでもインパクトが大きかったようで、王宮騎士団の人に『来年期待しているよ』と声をかけてもらったと大喜びだった。
「来年は上位間違いないだろう」
人を見る目がある王子がそう言ってくれるのであれば、大丈夫だ。
フレディリックの言葉にリリアーナは微笑んだ。
お菓子をつまみながら、2人で世間話をする。
2回目以降の王子とのお茶会はずっとこんな感じだ。
特に目的や特別な話題があるわけではない。
友達と喫茶店集合! みたいな感じにしては優雅すぎる環境だが。
「最近はどんな本を読んでいる?」
初めて会ったのは本屋だったな。とフレディリックは小さなリリアーナを思い出した。
「うちにある本はお兄様のものなので、自分のは『金色のドラゴン』と教皇様に頂いた『建国記』しかないのです」
リリアーナが肩をすくめた。
「建国記!」
フレディリックが声をあげて笑う。
とんでもないものを贈られたものだ。
しかも頂いた時は8歳だったので全然読めなかったと伝えると、さらに大きな声で笑っていた。
「もう読めるのか?」
まだ読めない事を知りつつ、笑いながら聞かれる。
あの本は高等科で読み始める者が多い。
表現も独特で文字も旧字のため、初等科・中等科では読めないのだ。
ぷくっと頬を膨らませるリリアーナを見て、さらにフレディリックはお腹を抱えて笑った。
「フレッド殿下~」
笑いすぎです!
「金色のドラゴンは面白かったか?」
俺も昔、読んだと教えてくれる。
「最後が幸せではないので少し残念です」
話自体はワクワクハラハラでおもしろかったのだが。
「仕方があるまい、あればドラゴニアス帝国の実話だから。勝手に話を変えるわけにもいかないだろう」
フレディリックがクッキーを口に放り込む。
サクサクといい音が響いた。
「実話だったのですか?」
リリアーナは驚いた。
ただの冒険フィクションだと思っていたのだ。
「ドラゴニアス帝国の初代、ドラゴニアス一世の話だ。ちなみに二世の話は『黒色のドラゴン』だぞ」
金色のドラゴンの第2話で出てきた息子の話が続編で出ているらしい。
「読みたいか?」
思わず『うん』と頷いてしまった。
「では取りに行こう」
フレディリックが立ち上がり、リリアーナに手を差し伸べた。
スムーズに立たせられ、当然のように肩を抱かれ、王宮の中を進んでいく。
キラキラの廊下を途中で曲がっても目印はなく、迷子になりそうだ。
曲がる時に後ろに騎士が2人いるのが見えた。
1人はノア先生のおにいさまだ。
以前会った時は懐っこい犬のような印象だったが、今日は笑顔がない。
何かあったのだろうか。
「さぁ、ここだ」
フレディリックが扉を開けた。
リリアーナは特に疑問に思うこともなく、普通に部屋に入る。
そして入った後で気がついた。
「ここって、フレッド殿下の部屋?」
リリアーナが驚いて声を上げた。
落ち着いた雰囲気の綺麗な部屋。
本などはたくさんあるが整頓されており、真面目な人柄が部屋に出ている。
ぱたんと扉が閉まってしまった。
「警戒心がないなぁ」
フレディリックがリリアーナの肩を抱いたまま、クスクス笑う。
「さぁ、どうする?」
茶色の眼を細めて、リリアーナの顔を覗き込んだ。
どうすると言われても!
リリアーナは一歩後退りをしようとしたが、肩を掴まれているので下がれない。
あわわわ。と焦っているリリアーナを見てフレディリックはまた声を上げて笑った。
「冗談だよ。嫌われたくないからね」
肩を抱いた手をパッと離すと、1番右の本棚へ向かう。
右下の段から1冊の本を取り出し、リリアーナに手渡した。
「あげるよ。もう読まないからね」
リリアーナはフレディリックを見上げた。
「良いのですか?」
もらってしまって良いのだろうか。
「本棚で寝ているより、読んでくれた方が本も幸せだろう?」
フレディリックの言葉にリリアーナは微笑んだ。
こういう所がすごくカッコいいと思う。
サラッとしてしまうあたり、相当モテるのだろうな。
「ありがとうございます」
リリアーナはありがたく本をもらうことにした。
「さぁ、残念だけど庭園に戻ろうか。いつまでもここにいると騎士が心配する」
ふと浮かんだのはノア先生のおにいさまの顔。
あぁ、あれは部屋に連れ込まれるのでは?と心配してくれた顔だったのだ。
今ならわかる。
また肩を抱かれ、もとの庭園へ。
さっきと同じ道を通ったはずなのに、やはりどこを通って何回曲ったのかよくわからなかった。
恐るべし王宮!
庭園に戻ると新しい紅茶が準備されていたので、氷を入れて飲むと美味しい事を伝えると驚かれた。
そんな飲み方した事がないと、お前はいつも面白い事を言うと笑われてしまったが、今度やろうと約束させられた。
「フレッド殿下はドラゴンに会ったことがありますか?」
テーブルの上の黒色のドラゴンの本を見ながらリリアーナは尋ねた。
「子供の頃に1回だけな。大きくて驚いた」
珍しく少年のように目を輝かせている。
だからこの本も部屋に残していたのか。
きっと今までにたくさんの本を読み、どんどん入れ替えていったはずだ。
それでも隅に残しておいた本。
大切にしようとリリアーナは思った。
「ドラゴンはな、黒色がリーダーなんだ」
「金色ではなくて?」
ドラゴニアス1世は金色のドラゴンなのに、黒がリーダーとはどういう事だろうか。
「金色は突然変異だな。黒がすべてのドラゴンの上位種族らしい。その次が白。知能が高く、己が認めた相手しか乗せないそうだ」
ドラゴンが本当に好きなのだろう。
ドラゴンの話をする時の目はいつもより輝いている。
「私も見てみたい」
リリアーナは本の表紙を撫でながら言った。
「ドラゴニアス帝国からの使者は数年後の建国祭には来るだろう。その時には会わせてやる」
フレディリックの約束にリリアーナはとても嬉しそうに微笑んだ。