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036.時差

「エドワードくん、複数攻撃可能かもしれません」

 ノアールはアゴに手を当てしばらく考えると、侍女のミナに使用していないティーカップを4つ頼んだ。


 詠唱をして水の球を出すと1つ目のカップの上に。

 浮かせたままエドワードを見た。


「詠唱をしたら、すぐに使わないといけないと思い込んでいました」

 魔術を発動するのは、攻撃したい時や魔術を使用したい時だ。

 詠唱してすぐ使う状況でしか発動させない。

 そもそも使わずに置いておく発想などないのだ。


 1つ目をそのまま置いておき、ノアールは2つ目のカップの上に新しい水の球を置いた。


「えっ? 2つ目?」

 1つ目が消えていないのに。

 エドワードはよくわからないと2つのカップを見比べる。


「1つ目の罠が発動」

 パシャンと1つ目のカップに水が落ちた。

 2つ目はまだ浮いている。


 以前、リリアーナと湖に行った時、風で水を押し退けた事がある。

 あの時の維持する感覚と同じ。

 魔力は消費するが不可能ではない。


「そして2つ目」

 パシャと2つ目のカップに水が落ちた。

 エドワードがカップを覗き込むと水がゆらゆら揺れている。


「今のどういう事?」

 何で2つも水の球が出るのさ。

 エドワードは意味がわからないと首を傾げた。


「リリーは、穴を開ける。水を入れる。かき混ぜる。を時差でやろうと思っていたのですよね? 発動条件は穴の上に立つ事」

 ノアールが尋ねると、リリアーナはうんうんと頷いた。


 土の魔術で穴を開ける準備、水の魔術で水を出す準備、風の魔術で混ぜる準備をして、そのまま置いておく。

 その間はずっと魔力を消費するが、タイミングを見計らって発動させる。


 もしそれが出来れば、模擬戦の前に可能なだけ詠唱しておき、使いたい時に連続でも個別でも発動可能だ。


「魔力が続くかが問題ですね。まず水の球を1つ出して、どのくらい維持できるか試しましょう」

 ノアールはエドワードに空のカップを差し出した。


 エドワードは『水』属性の中級だ。

 中等科で魔術コースを選んでいたら上級になれたかもしれないが、騎士コースでは魔術を使わないため成長していない。


 水の球は1分と持たずにパシャとカップに落ちた。


「全然ダメだぁ」

 エドワードは頭を掻いた。

 ノア先生とリリーが変で、僕は普通だからね。とブツブツ言いながら練習を続ける。


「リリー、卒業論文にこれを書かせてもらっても良いですか?」

 ノアールが申し訳なさそうに尋ねた。


「え? ノア先生がお兄様のために考えた複数攻撃方法ですよね?」

 私の許可はいりませんよ?

 リリアーナは首を傾げた。


「魔術を使わずに置いておくなんて発想ありませんでした」

 良いテーマが見つかりました。とノアールが微笑んだ。


 博士科の卒業条件は、卒業論文か魔道具のどちらかを提出する事。

 できるまで卒業できないため3年の博士科に、現在4年目の人もいるそうだ。

 ノアールなら魔道具で卒業すると思っていたが。


「エドワードくんの成長も記録させてくださいね」

 ノアールが微笑むとエドワードは嫌そうな顔をした。


「僕の『できない記録』が残るなんて!」

 協力するけどさ!

 エドワードはカップより大きなポットを抱えて溜息をついた。


「忘れないうちにいろいろ書いておきたいですね」

 ノアールはインクと羽ペンがないか見渡したが、置いていなさそうだ。


「先日、インクが固まってしまっていて。申し訳ありません」

 侍女のミナが謝罪する。


 そっか。

 ボールペンもしばらく使わないと書けなくなるもんね。

 インクも固まるんだ。


 前世で当たり前に使っていたけどシャープペンとか便利だったなぁ。

 インクと羽ペンは持ち歩くの大変だし。


 ノアールはインクを取りに部屋へ行こうと立ち上がった。

 その姿をリリアーナはぼんやりと眺める。


 ノア先生が研究内容をメモする時にシャープペンとかあったらどこでも書けるのにね。

 鉛筆でも良いけど。


 そういえば鉛筆なんて小学生以来使っていないなぁ。

 前世の祖母はかわいい鉛筆を買ってくれなくて、クラスの子の鉛筆がうらやましかったなぁ。


「リリー?」

 扉まで行ったノアールが慌ててリリアーナの所へ引き返してきた。


「どうしましたか?」

 リリアーナはなぜか泣き出している。

 顔を覗き込むがリリアーナの黒い瞳はノアールを見てはいなかった。


「どうしたの? リリー」

 エドワードも異変に気づき振り返る。


 目が熱い。

 目を閉じても涙がどんどん溢れてくる。


 目に浮かぶのは鉛筆だ。

 六角形の普通の鉛筆。

 真ん中に黒い芯、周りが木でできた、かわいい絵も何も書かれていないもの。


 手のひらも熱い。

 以前、ヘアゴムを握っていた時みたいだ。


 ノアールはソファーに座ったまま目を閉じて上を向いているリリアーナの手を握った。


 指先が冷えている。

 どんどん急速に冷えている感じだ。


「リリー? しっかりしてください! リリー?」

 両腕を掴み、揺らしてみるが反応はない。


 リリアーナは身体の前に両手を出した。

 何かをもらうかのように左右の手の小指側をくっつける。


 ノアールはその手の指先を握った。

 先ほどよりさらに冷たい指先。


「リリー!」

 エドワードもリリアーナの肩を揺らす。


 リリアーナの両手に薄く何かが現れた。

 ノアールとエドワードが手を見るが、透けていて何かわからない。


「何? これ」

 エドワードが細い棒のような物に触れてみようとするが触る事はできなかった。

 薄く見えているのに触れない。

 実体がないのだ。


 リリアーナの目から溢れた涙が頬から服へ落ちた。


 手の中の棒はだんだん色が濃くなっていく。

 リリアーナは両手で棒を握った。


 同時にリリアーナの身体が横へ倒れる。

 バランスを崩したリリアーナをノアールが慌てて抱きとめた。


 青白い顔。

 冷たい指先。

「……魔力不足……?」

 前回のヘアゴムと同じ?


 何も持っていない手の中に棒が現れたように見えた。

 薄く触れない状態から、実体に。


「ウィンチェスタ家に連絡し、医師の手配を」


 目の前で見た出来事が信じられないエドワードとノアールは顔を見合わせた。

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